217話
試合終了後の記者会見。前の試合同様、俺はお立ち台のヒーローだ。
今日も佐和ちゃん、それから勝ち越しタイムリーを放った西岡が壇上に上がっている。
前の試合の時よりかはまともな返答が出来た気がする。西岡のほうは相変わらずの能天気ぶりで記者を困らせていた。
記者たちはまさか山田高校が三回戦突破するとは思ってもいなかったようだ。どこかラッキーな勝利だという意味を含んでそうな質問をちょいちょいされた。
正直その言葉は不機嫌極まりないが、だからと言ってそっけない態度をとるほど俺は子供じゃない。将来的にはプロ野球、メジャーで活躍すると決めてるんだ。記者の質問にいちいち囚われる必要もないだろう。
試合後、バスで宿舎へと帰る。
程よい疲労と勝利の余韻に浸る部員たち。佐和ちゃんの試合後の反省会もこれと言って目立った反省点はなかった。
「今日の試合はラッキーでもミラクルでもない。お前たちが、お前たちの実力で勝ち取った勝利だ。世間がどう言おうが、そんな評価は気にするな。お前らの事は俺達が一番よく知っているだろう? 以上だ。三回戦の相手も一筋縄ではいかない相手だが、絶対勝てない相手でもない。次も勝つぞ!」
そう佐和ちゃんは締めくくった。そうだ。世間の評価なんて気にしなくていい。世間の評価ほど七変化するものもない。俺達は結果を残すだけだ。
気づけば車窓の向こうは暗くなっている。俺たちの三回戦の相手は明日の第一試合の勝者。愛知の愛翔学園高校と宮城の郁栄学院の勝者となる。
どちらもこれまた優勝候補と来た。山田高校にとってみれば一難去ってまた一難。俺からすればこう続けて強い所と戦えるとか幸せすぎてこの夏終わったら死ぬじゃないかと思ってしまう。
「英雄、どっちが勝つかな?」
隣の座席に座る哲也が聞いてきた。
こればかりは俺も読めない。どっちも優勝するだけの地力は持っている。
「どっちだろうな。まぁどっちが来ても俺の相手じゃねーけどな」
「英雄はまたそんなこと言って」
呆れる哲也。
俺は窓に反射する自分の顔を見ながらにやりと笑うのだった。
夜、佐伯っちにマッサージをされながら、今日の高校野球の番組を見る。
佐和ちゃんの部屋には選手一同勢ぞろいして見ている。おかげで暑苦しくてたまらない。クーラーはきかせているが、ツインルームの部屋に選手が一同もそろうとむさくるしくてたまらん。
そんな状態で見る番組はまず第一試合、静岡の駿河第一が連打で秋田の羽後商業を5対1で破った事をダイジェストで伝える。
続いて第二試合。十数年ぶりの甲子園に出場に沸く栃木の宇都宮西工業が49代表最北の出場校、北北海道代表の武翔館にサヨナラ押し出しフォアボールで3対4で敗北を喫した事を伝える。
第三試合の弁天学園紀州が徳島の鳴門東を蹂躙するように14安打10得点の猛攻で10対4で圧勝した事を紹介して、最後は山田高校と阪南学園の試合結果が流れる。
≪今大会一番の番狂わせが起きました≫
試合結果をダイジェストで報告する前、司会を務めるアナウンサーはそう口にした。
確かに初出場校が選抜準優勝校を破ったのなら、番狂わせと評価してもおかしくないか。個人的には納得いかない響きだが…。
試合結果はダイジェストで流れていく。
俺と松井による投げ合いで六回の表まで膠着状態だった所から始まり、俺のタイムリーヒットで先制をあげた事。
七回の吉井の見事は逆転ツーランホームランは、テレビで見ててもその一発には驚嘆の声をあげてしまった。
そして八回の裏の我が校の攻撃。恭平の意表を突くホームスチールはやはり取り上げられてて、調子に乗る恭平がウザかったこと。
そこからの代打西岡の勝ち越しタイムリー。
最後は俺と吉井の一騎打ち。最後の空振りを奪うシーンでダイジェストは終了。
≪4対2で山田高校の勝利。選抜準優勝校阪南学園を破る大金星をあげました! ミラクル山田、健在です!≫
やはり司会の言葉には納得できない所がある。
まぁ世間から見れば大金星だろうけどさ。ミラクルに見られてもおかしくないけどさ。
ってか、大体ミラクル山田って名前はどうも体が受け付けない。なんか売れない芸人みたいな名前じゃないか。ダサすぎるにも程がある。
≪さて、明日の日程です。第一試合は去年の夏の覇者愛知代表愛翔学園と宮城代表郁栄学院の試合。第二試合は西東京代表帝光大三高と茨城の常翔学園土浦の関東勢対決。第三試合は沖縄の浦添水産と福岡の北九州短大付属。第四試合は奈良の弁天学園と京都の隆誠大平安の近畿勢同士の対決となります≫
画面には明日の試合日程が表示され、それを司会が淡々と伝えていく。
明日も注目のカードが揃っている。また甲子園球場は満員御礼だろう。
そういえば弁天学園は明日か。南浦君にはぜひとも隆誠大平安の楠木に投げ勝ってもらいたいものだ。難しいだろうけど。
佐伯っちにマッサージされながら、俺は携帯電話の操作をする。
男女問わず友人からの祝勝メールに短いながらも返信していく。
そんなことをしていると実家から電話がきた。表情を一度歪めつつも通話ボタンをおして耳に当てた。
「もしもし?」
≪英雄お前…≫
電話の向こうから聞こえてきたのは父上殿の声だ。
低く唸るような声で俺の名前を呼んできた。先日の一件もあるし、阪南学園が敗れたことを相当恨んでるのかもしれん。
父上殿に悟られぬよう、小さくため息を吐いた。
さて、どんな罵詈雑言が飛ぶか。父上の罵声のバリュエーションに負けぬよう、こちらも言い返す言葉を考えとかねば…。
≪成長したな≫
「え?」
どんな罵声が来るかと思ってみれば、予想外の言葉に呆気に取られてしまった。
≪今日の試合、テレビ越しだったがしっかりと見ていた。見事なピッチングだった。選抜準優勝校を相手にしても堂々としたピッチングだった。本当…成長したな≫
素直に褒められた。凄く、気恥ずかしい。
父上殿は昔から俺を手放しで褒めるような人じゃなかった。
妹たちには優しいが、俺や兄貴には褒めはするものの必ず手厳しい一言をつけるような人だった。
だからこうして、手放しで褒められるのはなんか珍しくて凄く気恥ずかしい。
「お、おう…あぁ親父、悪かったな阪南学園破っちまって。でもあいつら強かったよ、マジで強かった。あそこになら負けても悔いはないって思っちゃうぐらいには強かった」
そうして俺も思っていたことを口にする。
本当、阪南学園は強かった。斎京学館以上に苦しい戦いだった気がする。
「さすがは親父が育った学校だ。あそこと戦えたのは良い自信になったよ」
≪…そうか。それなら俺の後輩も救われるというものだ。…三回戦も頑張れよ。ベスト16おめでとう≫
そうして通話が切れた。父上殿も手放しで褒めるのが気恥ずかしくなったのだろう。最後の方はどこかぶっきらぼうだった。
まったく男からの通話でにやけてしまうとは我ながら情けない。
そして父上殿の最後の言葉を思い出す。
そうか、俺達ベスト16か。
気づけば全国四千校の中の十六校の一つになっていたのか。
実感は…あまり沸かないな。まぁなんにせよ。次も阪南学園の奴らに笑われないような結果を残さないとな。
翌日の新聞のスポーツ面は阪南学園を破った我が校の功績をたたえていた。
主役は俺。阪南学園打線から13個の奪三振を奪い、被安打は4本に抑え、失点は吉井のホームランのみ。「ドクターK佐倉」などと異名を付けられるほどには俺の評価も高まっているというものだ。
さて練習前には今日の甲子園第一試合をテレビ中継見ることとなった。
愛知の愛翔学園と宮城の郁栄学院。
どちらも今大会、隆誠大平安や横浜翔星、弁天学園紀州、浜野などと並んで注目されているチームだ。
一塁側ベンチを陣取る愛翔学園のエースの増井大樹は昨年の夏、三年生エースが大会怪我し二年生ながら主戦投手として甲子園で力投し優勝ピッチャーとなっている。
今年はプロ注目右腕の一人。最速は143キロ。技巧派右腕としての評価が高い。
チームとしての総合力だと、昨年の夏の優勝メンバーに比べるとはるかに劣るというのが下馬評といった所か。
県大会前は甲子園出場も怪しいとすら言われていたが、さすが激戦区愛知県の強豪校だけあって地力はあるらしい。無事二年連続の甲子園出場を果たしている。
二年連続の夏優勝を目標としているが、総合力だけ見れば難しいだろう。
三塁側ベンチに陣取るのは宮城の郁栄学院。
東北最強と呼び声高いチームで、選抜甲子園にも出場している。チームの総合力は高く、攻守ともに隙はない。特に投打でプロ確実と評される優れた選手をそろえている。
それがエースの畑中靖、攻守の要の門馬修作だ。
畑中靖は今大会屈指の右腕。楠木に次に秀でているとも、大会ナンバー2右腕とも呼ばれている。
変化球はスライダーとカーブの二つ。どちらも切れはイマイチ。
調子の波も激しく、調子が悪いときはめっぽう悪いというピッチャーだ。
そんな欠点も多く目立つピッチャーだが、こいつがナンバー2右腕と評される所以は、その右腕から放たれるストレートにある。
今年の選抜甲子園で最速154キロを記録。県予選では最速155キロを何度も計測しているぐらい豪速球を最大の武器とする。
速球派ピッチャーという枠組みで評価するならば、今大会ナンバー1は確実だろう。
調子が良ければ、150キロ台のストレートがコース一杯に決まってくる。そんな球を打てる奴は高校球児じゃ早々いないだろう。
攻撃の要を任されている門馬修作は、宮城県大会の打率8割3分3厘と言う脅威の打率を誇る。今年の選抜甲子園でも一回戦で一試合の最多安打タイ記録に並ぶ6本のヒットを放ち、続く二回戦は敗れはしたが5本のヒットを放った安打製造機。
その割には結構長打も多い。ホームランも高校通算で20本ぐらい打ってるらしい。長距離砲というよりは中距離砲という評価の方が妥当か。
彼の武器はバッティングだけじゃない。
足の速さ、肩の強さ、守備の上手さ、盗塁や走塁の技術、もちろんバントの技術も。どれをとっても超高校級、現役の高校球児の中でもトップクラスの実力者。総合力だけ見れば大輔や吉井なんかよりも上かもしれない。
走攻守三拍子揃えた選手とも、5ツールプレイヤーとも評価される今プロ注目のスラッガーだ。
今大会も春のような活躍を期待されている。
さて試合が始まった。
今日の畑中は調子が悪いらしく、初回から四死球が目立っている。調子良ければ150キロ連発するストレートも、今日は140キロ前半、130キロ台のストレートまで出ている。相変わらず調子の波が激しいようだ。
対して門馬は絶好調。今日の打順も定位置となっている一番センター。
そして一打席目からいきなり、プロ注目ピッチャーの増井の初球をライト線に引っ張り、スリーベースヒットで出塁している。
テレビ越しでもわかる門馬のバッティングの凄さ。ストレート、変化球問わず柔軟に対応できている。バッティングが柔らかい割に、そこから強烈な打球を放ってくる。
「上手いバッティングだな」
一緒に試合観戦をしていた大輔も納得するほどのバッティング。
「へっ! 俺よりもスゲェ切り込み隊長なんていねーよ」
一方同じく試合観戦をしている恭平はどこか不満げ。
自分よりも凄い一番バッターがいるのが嫌らしい。まさか恭平が自分よりエロい奴だけではなく自分より野球が上手い奴に関しても敵対心を持つようになるとは、二年前じゃ考えられなかったな。
郁栄学院は一番バッター門馬の出塁を起点に初回から4点を奪う猛攻を見せる。
門馬というインパクトのある選手がいるからか、そのほかのバッターは低評価にされがちだが、他の選手も個々の力が強い。
打線が繋がっている一方で畑中は調子が上がらない。
四回には四死球を絡めた失点で3点、五回にも四球からの失点で1点を献上させてしまい同点。
そうして六回には二番手ピッチャーと交代した。今日はとにかく調子が悪かったようだ。
一方の打の要の門馬は絶好調。というよりいつも通りこなしていると言うべきか。
五回にはヒットで出塁後、初球盗塁。そこから二番バッターの送りバントで三塁に進塁し、三番バッターの内野ゴロの間にホームに生還し勝ち越し。
七回、八回にもヒットを放ち、今日の試合5打数4安打とヒットメーカーぶりは春の頃から変わらずといった所か。
試合は結局8対5で郁栄学院。
増井は決して悪くはなかったが郁栄打線が強すぎただけだ。
特に郁栄打線は門馬の出塁から爆発したように点を取ってくる。それは門馬だけじゃなく打線の中軸も優秀だからだ。
三番藤坂、四番佐藤は特に高校通算記録とかでは目立ったものは残していないが、今日の試合を見てても上手いバッティングをしていると思った。この二人だけじゃない。郁栄打線は皆警戒すべきだろう。
なんにせよ三回戦の相手は決まった。
九州勢、近畿勢ときて、今度は東北勢か。郁栄学院、悪くない相手だ。




