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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
7章 聖地、怪物立つ
215/324

214話

 吉井にホームランを打たれて逆転された後はきっちり三者凡退に抑えて七回のマウンドを降りる。

 一塁線をまたいだところで、一度振り返り、センター後方にある電光掲示板へと目を向けた。

 「七」という数字の下には2という数字。

 よみがえるのは先ほどの吉井のバッティング。思わずゾクリと背筋に冷たい何かが走り、思わずニヤけしまう。

 相手ベンチから三塁へと向かう吉井と目が合った。遠目からでも睨みつけているのが分かった。

 吉井にとって、俺はどう見えるのだろうか? ホームラン打たれてもヘラヘラ笑ってる変態野郎とか思われてるかな? それとも野球にそこまで熱意を向けていない半端者に見られているかも。

 どちらにせよ。真面目に野球に取り組んでいる彼からしたら、俺達山田高校は異質そのものだろう。


 「英雄! 早く来い!」

 っと一塁線そばでボケッとしていると佐和ちゃんの怒号が響いた。

 振り返りベンチへと走る。腕を組む佐和ちゃんは珍しく怒っているようだ。そりゃ終盤に逆転されたら佐和ちゃんとて怒るか。

 佐和ちゃんのそばに立つ哲也も凄い申し訳なさそうな顔をしていた。


 「わりぃな佐和ちゃん。吉井マジでやべぇわ」

 ベンチに戻り佐和ちゃんへの第一声。

 それを腕を組んで聞いていた佐和ちゃんは深いため息を吐いた。


 「…まさか英雄のあのボールを打ってくるバッターがいるとはな。真鍋監督、どうすりゃあんなバッター育てられるんだよクソ! ノウハウ聞きたいぜちくしょう!」

 珍しく悪態をつく佐和ちゃん。どうやら俺と哲也には怒っていないらしい。

 ってか相手の監督に悪態ついているが佐和ちゃん。あんたも大輔とかいう化け物生み出してるからな?


 「まぁなんだ。打たれてへこんでる様子はないな」

 「もちろん。むしろあんなバッティングされちゃ手放しに褒めるしかないだろ?」

 「…そうだな」

 悔しそうに表情を歪めながらうなずく佐和ちゃん。

 そして数秒後、ニヤッと破顔して俺の右肩をバシッと叩いた。


 「だがあの打たれた時のボールは悪くなかった。いくら吉井とて次にあのボールが来たところで、またホームランには出来んだろう」

 「あぁ、次は打たせねぇよ」

 そう、次は絶対に打たせない。

 阪南学園は残り2イニング。また吉井に打席は回ってくる。次は絶対に抑える。もちろん三番バッターの松井もだ。

 打たれぱなしで終わるわけにはいかない。

 怪物になると決めた以上、俺以上のバッターがいてはならないんだ。



 七回の裏の攻撃は七番秀平から始まったが、あっという間に三者凡退で終わった。

 秀平は初球の変化球をすくい上げてしまいセカンドフライ。八番哲也はピッチャーゴロ。九番誉はショートフライとわずか8球で松井はこの回のマウンドを降りる。


 「英雄、次は三者凡退で抑えろよ。ここで打ち込まれたら試合の流れが余計に悪くなる」

 「分かってるよ。任せとけ」

 佐和ちゃんに一言難題を押し付けられたが、そこは俺。軽快な返事を一つしてマウンドへと走る。

 ここでグダグダとランナー出してたら、佐和ちゃんの言う通り完璧に相手に流れを掴まれてしまう。そうなると残り2イニングで逆転ないしは同点にするのは難しい。

 エースとして、怪物としての本領を発揮しちゃいますか。



 八回、俺はここぞとばかりに全力で投げ込む。

 八番三好は三球ストレートで追い込み、最後はスライダーで空振りを奪い三振。九番川上は二球ファールの後、低めいっぱいに決まるストレートで決めて見逃し三振。一番田村はストレートとボールを投げ分けてフルカウントからアウトロー一杯に決まるストレートで三振。


 「しゃっ!」

 フルカウントからの六球目、田村のバットが空を切った瞬間、俺は小さくガッツポーズをして吠えていた。

 そして一度相手ベンチを睨みつける。選手たちの多くが俺を見ていた。松井や吉井、相手監督も俺を見ている。

 なめんなよ阪南学園。たかだかホームランで逆転したぐらいで勝った気になってんじゃねーぞ。

 負けるわけにはいかない。まだこれが春優勝校の隆誠大平安なら諦めはつくだろう。だが相手は春準優勝校の阪南学園。てっぺんをとっていない相手に負けるわけにはいかない。


 「ナイスピッチ! 見事だ英雄! さすがは俺が育てだけあるな!」

 ベンチに戻るなり大げさに手を叩いて迎え入れてくれる佐和ちゃん。

 それに俺は脱帽しながら頭を下げる。


 「三者連続三振。阪南学園に傾いた流れをこっちに引き寄せてくれた」

 嬉しそうにうなずく佐和ちゃん。

 ここはどうしても三者連続三振で終わらせたかったから、全力で投げた。

 流れはわずかだがこっちに来ているのは確か。この回で逆転あるいは同点に追いつかなければ勝利は絶望的になるだろう。それは俺だけじゃなくチーム全員が思っている事だ。


 「さて攻撃だが…この回は「おっしゃああ! 行くぜぇぇぇ!」

 佐和ちゃんの声を覆うほどのバカでかい声。

 声の主は分かっている。呆れつつもバットケースからバットを引き抜く馬鹿へと視線を向けた。

 この回の先頭バッターは今日3打数2安打と当たっている一番の恭平。


 「見てろよ英雄! 俺のホームランで逆転してやるぜ!」

 なんか俺を指差しながら決め顔を浮かべて宣言する恭平。

 お前がホームランを打ったところで同点になるだろうが。おそらく馬鹿発言ではなくジョークだと思うのでツッコミは入れない。下手なギャグをツッコむと冗長するからなこいつは。


 「そうか、頑張ってこい」

 「っておい英雄! 俺がホームラン打っても同点だろうが! ワッハッハッ!」

 そういって一人でツッコミを入れて笑う恭平。いや大笑いするほど今のネタ面白くねーよ。

 どうやら今日はヒットを打ちまくってご機嫌のようだ。普段以上に面倒くさくなっている。

 こういう日の恭平ほど、どうでもいいところでやらかすから不安だ。


 「…恭平。この回のお前はフリーだ。ヒットで出塁した後は好きなようにしろ」

 …何を言っているんだ佐和ちゃん?

 今日の恭平ほどフリーにさせたらやらかしそうなんだが?


 「ふふっさすが監督。俺の力を良く分かってらっしゃる」

 したり顔を浮かべる恭平。

 お前、調子乗ってると初球アウトやらかすからな?


 「英雄、俺この打席でヒット打ったら、千春ちゃんと結婚するんだ」

 なんだその下手な死亡フラグの立て方は。大体お前に俺の妹は絶対にやらねぇからな。


 「グダグダ言ってないでさっさと行け」

 面倒くさいので恭平の背中を押してベンチから追い出す。

 最後まで不敵に笑いながら打席へと向かっていった。

 そうして彼がいなくなったあと、俺は佐和ちゃんへといぶかしげに見る。


 「良いんすか? あいつただでさえ好き勝手やってるのに、あんなこと言ったら止められませんよ?」

 「構わん。今日の恭平は当たりに当たってる。という事は阪南学園とあいつの相性は最高に良いという事だ」

 「ですけど、あいつ調子に乗るほど打ち損じますよ?」

 恭平とは高校一年の時からの付き合いだから分かるが、あいつは調子に乗らせるほどポカをやらかす。


 「大丈夫だ。あいつの野球には基本がない。基本しか知らない阪南学園の選手たちには予想がつかないようなプレーをしてくれるはずだ」

 だと良いんだがな…。

 正直、今日の試合で一番打てる見込みがあるのが恭平だからな。

 ここは彼を期待するほかないだろう。


 「よしよし、こっちも準備していかないとな。西岡ぁ! いつでも行けるようバット振っとけ!」

 「はい!」

 続いて佐和ちゃんは、控えの西岡に指示を飛ばす。


 「耕平。お前は面倒くさい恭平の世話をしてもらう。あいつは何をしでかすか分からんから、上手いところ合わせてくれ」

 「はい!」

 さらに二番耕平君にも指示を送る。

 耕平君は思いのほか良い返事だ。まぁ今年の春からずっと恭平の後ろを任されてきたからな。あいつのおもりはだいぶ得意になってきただろう。

 一番恭平、二番耕平君が機能すれば、チャンスで中軸に回る。龍ヶ崎、大輔、そして俺。この三人でなんとか逆転したいところだ。



 八回の裏の攻撃が始まった。

 打席には恭平。ベンチから分かるぐらい恭平はニヤニヤ笑っている。

 お前、もうちょい真剣にやらないと打ち損じるぞ…。

 そう思った瞬間だった。松井の投じた初球を恭平のバットが捉えたのだ。


 低めのボール気味の変化球。それを恭平が打ち抜いた。

 快音を響かせて、打球はピッチャーを強襲する。松井の顔面目掛けてとんだ打球。ボール避けつつグラブを出す松井だったが、ボールはグラブに収まることなく二遊間へと飛んでいき、そのままセンター前の芝生へと落ちた。

 初球センター前ヒット。今日3本目になるヒットだ。

 マジかよ。あいつ決めやがった。ってかこのままだとマジで千春と結婚する事になるぞ。絶対に許さないからな。


 「ナイバッチ恭平!」

 「いいぞー!」

 ベンチ、スタンドが恭平の鮮やかなヒットに沸いている。

 俺の三者連続三振からの初球ヒット。恭平の超積極打法のおかげで流れは一気にこっちのものだ。

 そして打席に入るのは二番の耕平君。

 佐和ちゃんのサインはフリー。まぁ恭平に任せている以上、ここは好きに打たせるべきか。だがしかし…。


 「佐和ちゃん、ここは確実に一点取るべきじゃないか?」

 不安になってしまい佐和ちゃんに提案をしていた。


 「心配性だな英雄は。恭平の馬鹿を信用できんのか?」

 「信用できるわけないだろ。あいつだぞ? マジで何をしでかすか分からないんだぞ?」

 「一年の頃からずっと仲良くしてたやつを信じられんとはな。安心しろ英雄。恭平はお前が思っているほど馬鹿じゃない」

 佐和ちゃん、ちょっと彼を買いかぶりすぎでは?

 …正直、ここはあいつをフリーにすべきではないと思うんだが。


 「仮に確実に一点取るとして、耕平は送りバントか? そしたら一死二塁で中軸だな。あれ? そういえば四回、六回も同じ状況だったな」

 ぽつりとわざとらしく呟く佐和ちゃん。

 その言葉に俺は黙った。今日の試合、一死二塁のチャンスで中軸という場面が二回あって、点をとったのは俺の1点のみだ。


 「お前や大輔、龍ヶ崎を信頼していないわけじゃない。だが今日の試合、お前らは松井と相性が悪いのは確かだ。同じ攻め方をし続けても意味はない。だとすれば恭平を動かすしかない」

 腕を組み試合を見守る佐和ちゃん。

 一塁ランナーの恭平を一瞥する。目立った動きはない。


 「そして俺が動かすよりも恭平自体が動いたほうが相手の意表をつくはずだ。お前ら中軸は松井と相性が悪いが、阪南学園のほうは恭平と相性が悪い」

 佐和ちゃんの作戦は分かった。だがこういうのは思った通りに動かないのが基本。

 さて、恭平のバカがどういう動きをするのか…。



 初球から恭平は動いた。

 二球けん制を入れてきた松井に動じることなく、恭平はリードを大きくとり、そして初球、投球モーションに入った瞬間、恭平は走り出していた。警戒されまくっているのに盗塁だ。

 相手バッテリーも予期していたのか、初球は高めに外れるボール球。恭平の盗塁を援護するように空振りをする耕平君。

 キャッチャー三好はボールを捕球すると同時にスローイング体勢となりボールを投じる。

 矢のような送球。だが恭平の足が優った。

 滑り込む恭平と、ボールをキャッチしてから素早くタッチするショート芝本。判定はセーフ。

 盗塁成功。これでノーアウト二塁。前二回のチャンスと状況が変わった。


 さらに続く二球目、またも恭平が走り出した。

 だがさすがにこの盗塁は無謀だ。左バッターの耕平君ではキャッチャーが三塁に送球するのに障害物がいないことになる。三好は肩は悪くないし、さすがの恭平でも難しい。


 「何やってんだあのバカ!」

 さすがの佐和ちゃんも思わず驚いた声をあげた。

 ほら、だから言ったじゃん。あいつはマジで調子乗らせるとポカやらかすって。


 だがここは耕平君がいた。

 上手くボールに合わせて打ち抜く耕平君。打球はセカンド正面のゴロになった。結果的に進塁打となり恭平は三塁へと進む。


 「…俺はちょっと恭平の奴を買いかぶりすぎてたか」

 腕を組み悩む佐和ちゃん。そのまさかだぜ佐和ちゃん。

 なんにせよ、進塁打にはなった。これでワンアウト三塁。打席には三番の龍ヶ崎。

 龍ヶ崎は基本バントはしないが、バントが下手というわけではない。部内ではわりと上手いほうだ。確実に行くならばスクイズで1点。


 さて、ここはどうするか。

 佐和ちゃんは腕を組みつつも試合の状況を見定めている。


 「…ここは、フリーだな」

 「佐和ちゃん、作戦考えるの放棄してない?」

 「龍ヶ崎も恭平もレベルが低いわけじゃない。俺が逆に一つに絞らせたら相手チームに読まれる可能性もある。好きにやらせたほうが、相手チームも作戦を絞りづらくなる。そうなると得点のチャンスもあるというわけだ」

 言い訳じみている気がするが、最悪打ち損じても後ろには俺と大輔がいる。



 この打席、龍ヶ崎は粘った。

 初球、二球目はスクイズを警戒してかボール球となったが、三球目はストライク。四球目はボールからの五球目、六球目と龍ケ崎はファールにした。

 どれも厳しいコースに投げられたボールだが、龍ケ崎は泥臭く食いついていく。そのバッティングは、昔の少々高飛車で簡単に色々と物事を諦めていた龍ヶ崎からは想像できないプレーだ。


 「龍ヶ崎! いいぞ!」

 「達也君頑張って!」

 俺、岡倉が声を張り上げて、続いてベンチの選手たちが口々に声援を送る。

 龍ヶ崎は荒く呼吸を繰り返しながらこっちへと視線を向けた。

 俺と目が合った気がしたが違う。あいつが見ているのは俺や佐和ちゃんのそばでスコアつけながら応援をしている岡倉だろう。

 頼むぞ龍ヶ崎。岡倉の夢を俺たちの夢を繋いでくれ。


 迎えた七球目。投じられたのはストライクゾーンからボールゾーンへと落ちる変化球。龍ヶ崎のバットは動きかけたが寸前のところで止めた。

 そのままキャッチャーのミットに収まる。スイングの判定はない。フォアボールだ。

 歓声がうねりとなってスタンドから降りそがれる。ワンアウト一塁三塁。ここで迎えるのは我らが期待する四番バッター。


 ≪四番レフト三村大輔君。レフト三村大輔君≫

 場内アナウンスが高らかに大輔の名前を告げる。

 だが佐和ちゃんの表情は固い。そして「英雄」とネクストバッターサークルに行こうとする俺を呼び止めた。


 「なんですか?」

 「この勝負、お前が決めろ」

 「はい?」

 「相手は大輔と勝負する気なんてない。だからお前が決めろ」

 佐和ちゃんは念を押すように俺へと告げる。

 この人にはどれほど先が見えているのだろうか? …まぁ今日の試合相手は大輔との勝負を避けている節があるし、最初から大輔と俺で決めるつもりだったから、今までと大差はないか。


 「分かったよ。任せとけ」

 「あぁ頼む」

 そうして佐和ちゃんはほがらかに笑った。

 さぁ八回の裏、今日最後の大勝負と行こうか。

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