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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
7章 聖地、怪物立つ
211/324

210話

 一回の裏、我が山田高校の攻撃。


 ≪一番ショート嘉村君≫

 そして先頭バッターは押しも押されぬ切り込み隊長の恭平を迎える。


 初球から打ちに行く確率は8割は越えているだろう。

 ストライクゾーンギリギリのボール球ですら打ちに行く程だし。去年まではここまで積極的じゃなかった。一番を任されるようになってからかなり積極的になった。

 しかも積極的に打ちに行く割には、空振りを中々しない。そして結果を残す事が多い。色々と問題はあるが、結果を残している以上、俺や哲也、佐和ちゃんですら文句は言えない。


 対してマウンド上にいるのはエースナンバーをつける松井。

 投打で野球センスを発揮する阪南学園の顔。もうちょい顔がイケメンなら、今頃なんとか王子とか呼ばれて、今まで以上に世間の注目を浴びていたことだろう。


 松井のピッチングフォームはワインドアップのオーバースロー。

 基本に忠実なフォーム。自己流を取り入れている様子はなく、まさに参考にしたいピッチングフォームだ。

 そこから繰り出されるのは最速140キロのストレート。府大会では防御率3点台だが、調子がいい時は二桁奪三振の完封勝利とかしているので、油断はできない。



 松井の右腕から初球が放たれた。

 案の定、恭平は打ち抜いた。


 ライナーで三遊間へと飛んでいく鋭い打球。

 誰もが抜けると思った瞬間、乾いたミットの音が響いた。ショートの芝本が横っ飛びでキャッチしたのだ。

 いきなりのファインプレーに、阪南学園のスタンドのみならず、バックネット裏の高校野球ファンのおっさんどもからも歓声が上がった。

 相手チームだが、今のは上手かった。こっちも褒めるしかない。


 「クッソぉ! 捕りやがった! ふざけやがって!」

 一方で恭平はお怒りの様子。


 「あの野郎、ぜってー彼女いねー! ぜってー童貞だ! ちくしょう!」

 そういってギャーギャーわめきながら、ヘルメットを脱いでいる。

 負け惜しみが酷いぞ恭平。ジャストミートした打球をキャッチされて、相当機嫌が悪い様子だ。


 ショートの芝本は、ユニフォームについた黒土を気にするでもなく、笑顔でナインと声をかけあっている。

 イケメンというほど顔は整っていないが、爽やかな顔をしている。少なくとも下ネタばかり言う恭平よりかは彼女がいそうだ。



 二番バッターの耕平君の打席。

 足が速いだけの印象が強いが、中々バッティングもさまになってきている。これでまだ二年生なんだから将来有望だ。

 さすがは大輔と同じ血を引いているだけある。


 初球打ち上等の恭平とは違い、耕平君はとにかくボールをしっかりと見る慎重なバッティングをする。

 確実にヒットにできそうな打球を狙いすませて打つバッティングは、荒々しさが目立つ我が校の打線の中では極めて異彩を放つ。

 初球、二球目とあっという間に追い込まれるが、そこからの驚異的に粘りまくる。

 松井も機嫌悪そうに表情を歪めている。分かる、分かるぞその気持ち。俺も耕平君とは勝負したくない。それぐらいねちっこいバッティングをしてくるからな。


 そうしてフルカウントまで粘った末に十球目のボールを見極めてフォアボールで出塁した。

 耕平君は塁に出ても面倒くさい。その脚力と高い盗塁技術で、相手ピッチャーにプレッシャーをかける。たとえ盗塁しなくても、耕平君が一塁にいるだけで、だいぶピッチングにも影響を与えてくる。

 一歩、二歩とリードを取るたびに、松井が嫌そうに一塁を気にする。


 右打席に入る龍ヶ崎。こっちもこっちで面倒くさいバッターだ。

 一時は恭平みたいに暴れ馬なところがあったが、今ではだいぶ落ち着いた。岡倉と話すようになってから、龍ヶ崎の性格はだいぶ柔らかくなった気がする。

 ってかバッター専念してから、だいぶ落ち着きを手に入れた。


 初球は高めへのストレートが外れてボール。

 相手バッテリーは耕平君の盗塁を気にしているようだ。

 相手チームにとってここで最善なのはゲッツーに仕留めること。四番の大輔とランナーを置いた状態で勝負したくないだろうしな。


 二球目は変化球。これも見送ってボール。


 そうして三球目、投じたのは低めへのボール。

 これを龍ヶ崎が手を出した。

 快音を響かせて、打球はセカンド正面へと転がっていく。


 「あ」

 そんな声が無意識に出た。

 セカンドは危なげもなくキャッチし、二塁へ。二塁に入った芝本が素早くキャッチしファーストへと転送する。

 ファーストもこれを難なくキャッチしスリーアウト。


 まさかのゲッツープレイ。

 まぁ初回だしこんなものか。

 気持ちを入れ替えて、俺はマウンドへと走る。



 ≪二回の表、阪南学園高校の攻撃は、四番サード吉井君≫

 二回、選手の名前が告げられると、スタンドからは拍手が起きた。

 佐倉二世対佐倉Jrの一騎打ち。

 右打席に入るのは佐倉二世と呼び声高い吉井優馬。マウンドのプレートを踏むのは佐倉Jrと巷で話題の天才イケメンピッチャー事、俺佐倉英雄。


 右打席でゆっくりとバットを構える吉井。


 「…おぉ」

 なるほど、確かに威圧感はある。

 高校生でこれだけ威圧させるような雰囲気をまとうのは相当なバッターの証だろう。

 だけど…。


 「親父には届いてねぇな」

 去年の文化祭。催し物で親父と戦った時はもっと凄かった。

 息ができないぐらいの威圧感。どこに投げても打たれると感じてしまうほどの絶望感。

 お前に佐倉二世なんて呼び名は勿体無い。親父…佐倉和樹はもっと凄かった。

 もっと言うなら、大輔にすら届いてねぇ。


 まったく、甲子園には大輔よりスゲェバッターがゾロゾロいるもんだと思ったが、城南の中村も阪南の松井、吉井も大した事ねぇな。


 初球、インコースへとストレートを放つ。

 乾いたミットの音が、球場に鳴り響いた。

 打席上の吉井は表情一つ変えず見送る。判定はストライク。


 続く二球目はアウトコースへのストレート。

 これを打ちに来るが、バットは空を切って空振り。

 エースと四番の対決にスタンドは大いに沸いている。

 吉井はバットを振り抜いた状態で俺を見つめる。鋭い眼光で俺を見据える。

 どうした吉井? お前まで大したことがないと、甲子園がつまんなくなっちまう。


 哲也が三球目のサインを送る。低めへのスライダー。俺は小さく頷いた。

 先日の城南戦で面白いように空振りを奪ったスライダー。それをここで決める。


 ゆっくりと腕を振り上げる。

 見据えるのは哲也のミット。左手の指先を感覚を研ぎ澄まし、ボールを投じる。


 左腕を力強く振るい一球を放つ。

 低めへと放たれた白球。そしてバットに当たる間近で鋭く変化するスライダー。


 快音が鳴り響いた。

 耳の奥で木霊するのは金属バットが白球を捉えた音。

 目の前で打ち抜く吉井の姿に、かつて見た父のバッティングが重ねて見えた。


 慌てて振り返る。

 バットの真芯で捉えられた打球は面白いように飛んでいき、もうまもなく左中間を綺麗に割った。

 大歓声のスタンド。同時に「あぁ…」と言うような落胆する声が耳に入った。


 吉井は一塁を蹴飛ばし、二塁を楽々と陥れた。

 ツーベースヒット。俺の甲子園ノーヒットノーラン記録は10イニングで途絶えてしまった。


 「…そうだよ」

 だけど、俺に落胆の気持ちはない。むしろ嬉しかった。

 俺が求めていた甲子園がここにあった。大輔なんか比べ物にならないぐらいのバッターが闊歩する大会。それが俺にとっての甲子園だった。

 今の一撃は間違いなく、大輔と双璧をなしてもおかしくない一撃だった。いや大輔ならホームランにしてただろうから、まだまだ双璧をなしてはいないか。

 だけど…あのスイングは、間違いなく俺の親父の二世だと言われても文句がない。


 佐倉二世、吉井優馬。

 やる気が沸いてきた。正直初戦からノーヒットノーラン果たして、ちょっと萎えていたところだ。

 気合を入れ直す。ここは全国大会、油断すれば敗れる紙一重の大会。

 帽子を一度脱いでかぶりなおす。これでスイッチが入った。良し、行こう。



 五番バッターのレフト石原(いしはら)が入る。

 右投げ右打ち。府大会では2本のホームランを放っており、松井、吉井がいなければ注目されていてもおかしくないバッターだ。

 打率こそ2割台だが、当たればな一発もある油断できないバッター。


 どんどんとピッチャーとしての闘争心とやる気が溢れてくる。

 心臓の鼓動が早まり、楽しいという感情が意識を支配する。

 甲子園という最高の舞台で、この学校と対決できる喜びを体で感じる。

 俺は今、高校球児が憧れ焦がれる場所に立っている。そう再確認して、興奮していく。


 打たれる訳にはいかない。

 今ここで投げれる全身全霊の一球をもってしてねじ伏せる。


 投球モーションに入った。右足を前へ。上体は動き、体全体が一つのからくり人形のように動作をこなしていく。

 腰が回れば腕を回り、左腕が振るわれれば左手から白球が放たれる。


 まっすぐに白球はバッターのインコースを貫いた。

 乾いたミットの音。それは今日一番、心に響いた音だった。

 思わず口元を歪ませる。さぁ、勝負はここからだ。

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