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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
2章 天才、七転八起する
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20話 一ヵ月の成果

 8月もあっという間に過ぎていく。

 練習が辛すぎて、休みの日はどこにも出かけられず、ずっと寝てばっかのせいか、時の流れも早く感じてしまう。

 去年の夏は、恭平や大輔と遊びっぱなしだったからな。

 遊び惚ける夏、部活に打ち込む夏。どっちの夏の過ごし方が学生として正しいかは分からないが、どちらも俺にとって充実したものであることは変わりない。


 山田高校野球部部員一同は日々「佐和ちゃんいつかぶっ飛ばす」と胸の内で毒を吐きながら練習する中、兵庫県西宮の甲子園球場では夏の高校野球全国大会が開催されていた。


 ちなみに我が県の代表として甲子園に出場した斎京学館の活躍だが…。

 一回戦は熊本代表のシェーラー学院高校とぶつかるが、エース川端の好投もあり盤石な強さを発揮して3対0で快勝。

 続く二回戦は奈良代表の強豪校天明(てんめい)と対戦し、これを5対2で破った。

 川端は甲子園でもその実力を遺憾なく発揮し、スポーツ新聞一面なんかにもデカデカと乗る一方で、もう一人の二年生主力の良ちんは平々凡々の成績。

 四番としては十分働いているが、ホームランは出ていないし、長打も少なく、話題性に欠けている様子だ。


 このまま斎京学館が勝ち進むと思っていたが、三回戦で群馬代表の藤生第一(とうせいだいいち)高校に3対4の僅差で敗れ、斎京学館はベスト16という結果に終わった。

 しかしながら、斎京学館のエースと四番は二年生だ。この甲子園での経験で彼らがさらに飛躍すれば、これからも強敵である事は変わらないだろう。



 甲子園のほうで連日白熱している中、山田高校野球部は今日も今日とて練習。

 八月も中旬に入り、来週26日からは地区予選が始まる。と言っても、我々の初戦は30日からだが。

 俺にとってみれば野球部員となって初めて迎える公式戦となる。

 さて同じグループに入った相手を紹介しておこう。


 酒敷商業とは同じグループには入らなかったが、死のブロックに入ってしまった。ありえん。

 俺たちが所属するCグループのメンツは、まず夏大ベスト4の丸野港南(まるのこうなん)高校。夏大ベスト8の荒城館(こうじょうかん)高校。同じく夏大ベスト8の兼光学園(かねみつがくえん)高校の三校。

 はっきり言うと、泣きたい。


 これなら酒敷商業と、同じグループに入った方がマシだと思う。

 ってか、そうして欲しかった。

 だって相手は、県内三強の一角に数えられ、夏の大会では準決勝で酒敷商業と延長14回をやりあった丸野港南。

 夏の大会の準々決勝で、斎京学館のエース川端から6点を奪った荒城館。

 準々決勝での酒敷商業との試合で、最終回までリードしており、結局敗れたものの延長までもつれ込ませた兼光学園だ。

 勝てる気がしないという程ではないが、哲也のくじ運の悪さに泣きそうになった。



 さてさて、そんな中で俺は今日からブルペン入り。

 八月に入ってから、ボールを一球も触らせてもらえなかったので、久しぶりの投球だ。

 と言う事で、哲也を立たせた上で投げ込み50球、あとはノックなど、球を多く使う練習に参加させられる。

 投げ込みをずっとやっていなかっただけに、フォームを忘れてしまってるかも……と心配したが、そもそも一年間野球から離れてたのに、体がフォームを覚えていたので、心配が無かったでござるの巻。


 つうか、キャッチャー立たせて七割程度の力で投げているのに、前よりも球威のある球を投げれている実感がある。哲也のミットを響かせる音もだいぶ力強く聞こえた。

 思わず自分の左手を見た。


 「この夏、お前の弱い箇所だった足腰や背筋、手首をしっかり鍛えたからな。前よりもストライクゾーンギリギリに、130キロ後半のストレートが来るぞ。しかも、最後までボールに力を伝えるリリースポイントになってるからな。来年の夏には140キロ中盤ぐらいまでは行くんじゃないか?」

 そう佐和ちゃんが言う。

 なるほど、ようは一夏かけてピッチャーとしての土台を再構築したわけか。確かに、フォームが完成しかけている俺に注文を付ける部分は土台のみだもんな。


 「凄いよ英雄の球! 力強いよ英雄の球! 前よりも球が格段に良くなってる!!」

 こら哲也! 英雄の玉なんて言ってはしゃぐんじゃあない! 卑猥過ぎるだろう!

 まったく、これだから哲也はむっつりと言われるんだぞ。

 だが確かに今の俺の球は凄くなっている。わずか一ヵ月程度でここまで改善するとは、佐和ちゃんのことを過小評価しすぎていたようだ。


 「バッティングじゃ、お前を含めたクリーンナップの三人の打撃力も格段に上がったし、内野の守備もグラブ(さば)きが良くなってる。外野もだいぶ足腰を鍛えられただろう。俺の練習に付いて来た、お前らはスゲェよ」

 そう褒める佐和ちゃん。なんか照れるじゃねぇか! 鬼畜野郎! 褒めるならもうちょっと練習量減らせや!


 「俺は才能、哲也は野球馬鹿、恭平はただの馬鹿、大輔は人外、亮輔や耕平君は健気に、龍ヶ崎はプライド。みんな自分らしさで乗り越えましたね」

 「そうだな。お前が相手打線を完璧に抑え込めれば、甲子園に行けるって事だな」

 そう佐和ちゃんは俺を見る。俺は、思わず不敵な笑みを浮かべる。


 「俺が居れば、甲子園は確実ですから。ぶっちゃけちゃいますと、今の俺、全国クラスのピッチャーだと思ってますよ」

 「そうか……それじゃあ……」

 そう佐和ちゃんは、俺以上に不敵な笑みを浮かべた。



 ってな事があり、俺は現在バッティングピッチャーを務めている。

 キャッチャー立ち投げは、ただの準備運動に過ぎず、本番はこちらだったようだ。

 俺にとってみれば実戦の練習で、バッター陣からしたら、そこらの学校よりも優れたピッチャーである俺と対峙させることで、経験値を高める狙いらしい。


 「全国クラスのピッチャーの佐倉くーん! 一本打たれる事にポール間走一本づつ追加するからなー!」

 ベンチから佐和ちゃんが嬉しそうに言っている。

 本当、あの人酷い、鬼畜、人外、ド変態、ドSめ。


 だが、どんなにバッター陣が成長していても、俺が打たれるはずがない。

 バッタバッタとなぎ倒していく俺。

 さすが俺だ。どんなに打撃力が向上したとしても、所詮は山田高校に過ぎん。



 「よし! 次は俺か!」

 そして打席に入るのは大輔。

 あ、こいつは無理っす。


 案の定、大輔にパカスカ打ち込まれる。こっちは比較的全力で投げているつもりなんだがな。

 しかし大輔は凄いな。奴もこの一ヵ月で格段に成長していた。

 大輔専用の特注練習用バットである1m2000gのバットで軽々と打っている。

 何故、こいつが今まで野球をやらなかったのか? そんな疑問が、頭の中でグルグル回る。

 ってか、大輔の野郎、いい加減打つのやめろや。お前のせいでどんどんポール間走増えてんじゃねぇか。


 初戦は30日、丸原球場(まるはらきゅうじょう)で行われる第二試合だ。

 相手は兼光学園。ちなみに助っ人は、我が友の誉、ガチホモの須田、卓球部唯一の部員である今井、柔道部主将の中村、テニス部主将の前田の5名が召集されるらしい。

 単純計算で助っ人2名がレギュラー入りする。

 うわ、こんなチーム状況で大丈夫なのか? いや、大丈夫だ。俺がいる限りな。



 そんな大会間近、この一夏でどれくらい選手が成長したかを語ろう。

 まず大輔だが、先ほども話した通り一夏を越してヤバくなった。いや、前々からヤバかったけど、さらにヤバくなった。一昔前の流行語で言うならばチョベリヤバって奴かな。

 まずこいつのピッチャー強襲を避けれる気がしない。それぐらい打球スピードがとんでもなく速くなった。

 マジで打球がやばいんだよ! もうライナーとか絶対選手を殺す気満々だもん。良ちんに負けず劣らずってか、おそらく良ちんを越えてるよ、大輔の奴。

 その上、三振かホームランかみたいな大味なバッティングにはならず、確実性もあったりする。おそらくこいつの考え方である「個人技よりもチームプレイ」ってのが要因だろう。

 ホームランを打つためのフルスイングではなく、次に繋ぐためのミートバッティングが、三振や凡打が少ない要因なのだろう。まぁミートバッティングにしたところで、大輔のパワーは衰えないがな。

 あとは試合での経験値を重ねる事で、さらに大輔は怪物へと成長していくだろう。奴もまた怪物は一日にして成らずといったところか。


 恭平は持ち前の馬鹿さとエロスパワーで何とか乗り越えたおかげか、何も上達しているようには見えない。

 だが、改めてみると結構成長しているところがある。

 打撃ではしっかりと引きつけて打っているため、前のような大味なバッティングは鳴りを潜めた。さらにこいつの持ち味である器用さも良い感じに作用し、前よりもミート力が上がり、長打は期待できないが、出塁する確率は高まっただろう。

 さらに厳しい練習を乗り越え、前よりも足が速くなった。

 守備でもこの一夏で鍛え上げられたスローイングの的確さ、グラブさばき、さらに足の速さも上がったのもあり、前からの積極的な守備と合わさり、今まで以上に守備範囲が広くなった。


 耕平君はさらに脚力が強くなり、スピードが増した。技術面、身体面ともに全体的にレベルが一段上がった気がする。

 亮輔も変化球に切れが増したと、哲也が言っていた。

 その哲也は、スローイングにさらに磨きがかかった。優れた捕手へとまた一歩階段を上っているようだ。


 龍ヶ崎は、外野という慣れない守備位置のせいか、それとも真面目に取り組んでこなかったのが原因か、守備はあまり上手くないが、打撃のほうは近距離ノックのストレスによって、憂さ晴らしのように必死に取り組んだため、前よりも上達したようだ。

 やはり打撃力なら、中堅校のクリーンナップをはれる力はあるだろうし、正直、俺のバッティングよりも上手だと思う。悔しいが認めざるをえない。

 地肩も強いので、強肩強打の外野手に成長している。


 チーム力は格段に上がった。

 あとは試合経験を重ねる事。どうしても素人集団だ。試合経験に関しては他校よりもはるかに少ない。

 だからこそ、この秋の大会でたくさんの試合を経験する必要がある。

 一試合でも多く試合を重ねる事が、来年の夏の甲子園につながると俺は思っている。

 そのために、俺が頑張って投げて、俺が頑張って抑えて、俺が頑張って勝利に導く。


 まもなく地区大会が始まる。

 練習試合を一度もすることなく、地区予選を迎えるというのは少々気持ち的に不安はあるが、まぁ頑張っていこう。

 目指すは県大会出場、ひいては県大会優勝、地方大会優勝、そして神宮大会優勝からのセンバツ出場だ。

 助っ人部員を入れているようなチームでセンバツに出場して、山田高校旋風を高校野球界に吹き荒らしてやるぜ!

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