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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
7章 聖地、怪物立つ
208/324

207話

 甲子園大会は順調に日程を消化していく。

 今年の大会のレベルが高いからか、それともスター選手が多いからか、毎日客席は埋まり、大勢の観客が見守る中、高校球児たちは熱い戦いを繰り広げる。

 初日、我が校のノーヒットノーラン、阪南学園登場など波乱溢れる展開が始まった大会は、二日目に昨夏甲子園覇者愛翔学園や、東北最強と噂の郁栄学院などが登場し、三日目には選抜優勝校隆誠大平安と続いた。

 その後も注目校の登場が続き、四日目には大会屈指の好投手神田率いる浜野が登場、五日目は園田、箕輪と大会注目選手擁する横浜翔星といった感じに、日々注目校の対戦カードが組まれ、例年以上の盛況の中、大会六日目を迎えた。


 昨日一試合だけ二回戦の試合がおこなわれたが、今日から本格的に二回戦へと突入する。

 まずは二回戦から登場の学校同士の対決がおこなわれ、明日大会七日目には、一回戦から登場した学校も対決する。つまり明日が我が校の二回戦だ。


 明日に備えて、今日の練習は入念な調整。

 と言っても俺の調子は依然好調だ。さすがに城南戦の時ほどの絶好調ではないが、それでも好調なのは変わりない。

 どうやら俺は夏男らしい。自覚はなかったが、こうも好調が続くと夏男なのではと疑いたくなる。

 それとも県大会で不調だったから、その反動で今好調なのかもしれない。

 どちらにせよ、今の俺は調子がいい。そして調子のいい俺なら、阪南学園が相手でも好投を演じられるはずだ。



 練習後、自室と化したホテルの部屋で哲也、大輔、恭平、誉、中村っち、鉄平などと高校野球観戦をする。

 今日も三年生が揃っているが、龍ヶ崎と岡倉はいない。さっきまでロビーラウンジにいた誉達の話によると、龍ヶ崎と岡倉はロビーラウンジで談笑していたらしい。

 なので、今現在も二人で仲良く知能の低い会話をしていることだろう。まぁ今の俺にはどうでもいい話だ。

 

 さて、現在テレビ中継を通じて、本日第三試合、広島の承徳と石川の楓学館(ふうがっかん)の試合を観戦をしている。

 今年はレベルの高い大会ではあるが、全ての学校がそうとは言っていない。

 やはり例年通り、あるいは例年以下の実力しかない学校だって甲子園に来ている。それでも甲子園に来るだけの実力はあるけどな。

 それでも、レベルが違う学校は確かに存在している、先日試合観戦した隆誠大平安もその一つ。隆誠大平安だけではなく浜野や横浜翔星もそう、そして我が校もだろう。

 いつの大会だって、レベルが違う学校は一校か二校かは存在している。ただ今大会は、そんな学校が十校以上いるというだけの話だ。


 「承徳、勝ちそうだね」

 哲也はどこか楽しげにいった。

 現在、承徳は5対3の2点リードのまま最終回を迎えている。エース末国は序盤三回で3失点したが、あとはしっかりと抑えきっている。

 一方の打線も四番村中を中心に奮起し、七回に同点に追いつき、八回に勝ち越しを決めた。

 今日の試合、高野は八回に代打で出場。ノーアウト一塁からヒットで出塁。見事5点目のランナーとしてホームに生還し、現在レフトのポジションについている。


 九回のマウンドを任されたのは末国。序盤こそ不安定だったが、回を増すごとに安定感を出してきている。そこらへんは春の中国大会で対戦したときと変わっていないようだ。

 楓学館は三回以降、ヒットはわずか3本のみに抑えられている。ここから同点、逆転するのは難しいだろう。


 「そうだな」

 試合の展開だけ確認して、俺は視線をスマートフォンへと落とした。

 現在見ているのは高校野球の記事、それも阪南学園のことを紹介した記事だ。

 明日の対戦校となる阪南学園の情報は少しでも多く持っておいたほうがいい。そこに弱点が書かれていなくても、相手を知ることは重要だ。

 彼を知り己を知れば百戦(あや)うからず。古代中国の兵法に書かれている大変有名なことわざだ。役に立つ立たない関係なく、情報は欲しい。



 阪南学園は高校野球ファンなら誰しもが知っている超有名な野球名門校だ。

 1976年の甲子園初出場を皮切りに、幾度となく激戦区大阪を制して甲子園に出場。

 1982年には春夏ともに甲子園優勝を果たすなど、その名を全国に知れ渡らせた。

 また多くのプロ野球選手を輩出している事でも有名。その多くが球史に残る偉業を果たしている。

 特に1981年に三年生を迎えた世代は、阪南学園のみならず、高校野球で見ても歴代最強クラスの世代だった。

 それを示すように、その世代でプロに行った選手は五人。エース、キャッチャー、一番、三番、五番の五人。

 その五人はみな、プロ野球史に名を刻んだ。エースは通算300勝。一番バッターは2000本安打と通算400盗塁。三番バッターは2000本安打、500本塁打、1600打点。五番バッターは600本塁打と1500打点。キャッチャーは2000本安打などの打撃タイトルと同時に、名捕手と呼ばれた。

 とにかく、今でも伝説と語り継がれる世代だ。

 そしてこの世代で四番を任されていたのが、我が父上、佐倉和樹だ。


 今でも父上は高校野球ファンの記憶から消えていない。

 高校時代の高校生離れし、プロ野球で歴史に残る偉業を果たした同期達よりもプロ入りを熱望されていた活躍。だが高校卒業とともにあらゆる野球界から姿を消した伝説の高校球児。


 何故、ここで父上の話題を出したかというと、今読んでいる記事に父上の話題が載っていたからだ。


 現在、阪南学園で指揮を執るのは、父上と同期だった真鍋(まなべ)と言う監督だ。

 この監督、当時の我が父上の活躍が記憶に残っており、現在阪南学園で四番を打っている吉井に「佐倉二世」と言う呼び名をつけてしまった。

 その為、この記事では我が父上の話題に触れているわけだ。


 吉井優馬(よしいゆうま)

 高校通算42本を放つ強打者。ポジションは我が父上と同じくサード。

 一年の夏から四番を任されており、同じく注目選手の松井とともに一年の頃からチームを引っ張ってきている。

 阪南学園の近年の目覚しい活躍は、吉井と松井の二人のおかげと言っても過言ではない。

 真鍋監督も二人にはかなり期待をしているようだ。


 阪南学園は今年春夏出場を果たすまで、長らく甲子園とは無縁の学校だった。

 1996年の夏の大会を最後に15年も甲子園出場を果たせなかった。

 理由は複数あるが、一つは部内での暴行事件が表面化し大会の出場停止などの措置がくだされた事だろう。さらにその当時、大阪府内では打倒阪南の機運が高まっており、多くの私立高が阪南学園を倒すために優れた選手を集め始めていた。

 そして1998年の府大会で当時新興勢力だった私立高に完敗してトドメを刺された感じだ。

 以後、阪南学園は長い冬眠期に突入した。


 現監督の真鍋監督が就任するまで、阪南学園は府大会決勝戦にすら顔を出せなくなっていたそうだ。



 「英雄、さっきからなに見てんの?」

 誉が不思議そうに聞いてきた。


 「そりゃ決まってんだろ誉! エロに強い関心を持つ英雄のことだからエロ画像だろ! そうだよな?」

 なんか恭平が言っている。

 悪いがお前と一緒にして欲しくない。さすがに俺はTPOをわきまえている。いくら気心の知れた仲間達しかこの場にいないとしても人前でエロ画像などは見ない。


 「違う。阪南学園について調べてた」

 「阪南学園のチアガールについて調べてたのか、納得だ! 確かに阪南のチアガールはエロい子多いからなぁ!」

 なんで阪南学園という言葉から、チアガールのほうに話題が飛ぶんだ。

 大体、チアガールの情報なんていらんだろう。いややっぱりいる。エロ神様である恭平がエロいというからには、かなりのエロさなのだろう。あとで調べておこう。


 「そっか、明日にはもう阪南学園なんだ…」

 ここで哲也が思い出したように呟いた。だいぶ気が緩んでたなこいつ。

 でもまぁ仕方ない。城南戦から中五日以上空いているから、気が緩むのも仕方がない。


 「…勝てるかな」

 そして不安になる哲也。相変わらず覚悟を決めないと弱気になるなお前。


 「だから大丈夫だって、俺と大輔がいれば負けねーよ」

 毎度のことながら弱気になる哲也を励ます。

 明日の試合、俺たちには十分勝ち目がある。


 阪南学園は確かに松井、吉井と優れたバッターを揃えているが、投手陣は揃えきれていない。


 エース松井は府大会防御率3点台。四死球も目立つ。

 先日の函館実業戦では完封勝利をしていたが、ピッチャーとしての能力なら並程度。斎京学館の川端はおろか、城南の福永にも劣っている。

 つまり、十分の攻略の余地はある。なんて言ったってこっちには大輔という化け物がいるんだからな。


 相手打線は俺が抑え、松井は大輔が攻略する。

 作戦は以上だ。なんて簡単な作戦なんだ。


 「明日も頼むぞ大輔」

 ってことで、我が校の頼れすぎる四番様に声をかける。

 大輔も俺と同様、携帯電話に視線を落としていた。

 そういえば、さっきから大輔が静かだったな。


 「大輔、誰かとメールしてるのか?」

 興味本位で聞いてみる。


 「里奈だ」

 興味本位で聞くんじゃなかった。


 「あ、電話きた」

 さらに大輔は言葉を続ける。


 「悪い。ちょっと里奈と電話してくる」

 そう嬉しそうに笑いながら、俺の部屋から出て行く大輔。

 残ったのは彼女がいないむさくるしい男達のみ。


 「…彼女、欲しいな」

 ぽつりと鉄平が呟いた。

 その言葉に虚しくなっていく男達だった。

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