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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
7章 聖地、怪物立つ
207/324

206話

 俺のノーヒットノーランなど初日から波乱の展開で始まった甲子園は、二日目も順調に試合を消化した。

 優勝候補に挙げられる愛翔学園と郁栄学院、帝光大三が登場し、愛翔学園は山形代表酒田南陵(さかたなんりょう)を5対1で破り、郁栄学院は高知代表鷹城商業(たかしろしょうぎょう)を4対2で破った。

 これで三回戦の相手は愛翔学園か郁栄学院かのどっちかとなるわけだ。

 ちなみに帝光大三も勝利した。激戦区西東京を制しただけあり、総合力の高さは今大会屈指、下手すりゃ一番の学校だろう。エース、四番はもちろんのこと、一番、三番、五番、二番手ピッチャーもプロから注目されているほどだ。



 そして三日目、今日もプロ注目選手が登場する。

 その中で第四試合。俺は哲也と甲子園に来ていた。

 第四試合は、山口の柳田学園と、京都の隆誠大平安の試合だ。


 「隆誠大平安と柳田学園。この戦いは見逃せないね」

 哲也もどこか楽しそうに口にした。

 彼の言うとおりだ。どちらも好投手擁する強豪同士。

 隆誠大平安の楠木か、あるいは柳田学園のWエースか。


 柳田学園の先発ピッチャーは左の松西(まつにし)。エースナンバーをつけており、柳田学園の本当のエースとも言える好投手。

 対する隆誠大平安は当然ながら楠木。



 まずは柳田学園の松西。

 去年の11月頃練習試合で戦ったが、あの時も十分好投手だった。

 そして今のピッチングを見たが、やはり好投手であることは間違いない。俺や神田が同期でいなければ、大会ナンバー1サウスポーなんて呼ばれて騒がれていただろう。

 ドラフトに出れば指名は確実。それぐらいの実力者だ。


 対する隆誠大平安の楠木。

 幼少期、俺にもう二度と投げ合いたくねぇと思わせるほどの彼はとんでもなく成長していた。


 まず変化球。縦に割れるカーブは柳田学園のバッターのバットを幾度となく空を切らせ、大きく曲がるスライダーはバッターの打ち気を逸らし、右打者のインコースをえぐるように曲がるシュートはバットを出させない。

 どれも超高校級にふさわしい一級品だった。


 くわえてストレートは、伸びと切れがあり、常時140キロ中盤が出るうえに、そんな球がストライクゾーンギリギリ一杯に決まる。

 最速は150に行っていないが、あの球質なら体感速度は150を間違いなく越えているだろう。

 このストレートだけでも、プロから指名されるレベルだ。


 「こりゃあ…高校生ナンバー1ピッチャーって言われてもおかしくないな」

 七回の柳田学園の攻撃も三者凡退で抑えマウンドを下りる楠木を見ながら、俺は呟いていた。

 最高球速なら俺が勝ってる。だが、他は勝ってるだろうか? コントロール、変化球、マウンドの振る舞い。楠木はまさに高校野球において最高レベルのピッチャーだ。

 俺のほうが強いと言いたいところだが、楠木相手ではそう言い切れないところがある。

 同等、あるいは紙一重楠木が上。客観的に評価したらこうなるか。それぐらい俺と楠木の実力は拮抗している。


 「大輔は打てるかな?」

 哲也も独り言のように呟いた。


 「打てるだろ」

 少しの間があったあと、搾り出すように俺が口にした。

 正直微妙だ。楠木は間違いなく川端以上のピッチャー。今まで戦ってきたピッチャーの中でも一番の実力者。あの大輔でも打てるか微妙だ。

 だが大輔は試合を重ねるごとに経験を積んでアホみたいに成長するからな。今回の甲子園は高いレベルのピッチャーがたくさんいる。大輔にとっても良い経験になってるはず。

 楠木との対決までには、楠木を打ち崩せるバッターになってることを信じるしかない。

 そして俺も同様、今回の甲子園で経験を積んで、楠木に投げ勝てるピッチャーにならないとな。



 試合は終盤まで0対0で続いた。

 貧打同士の争いというよりは、好投手同士の息詰まる投げ合い。いわゆる投手戦だ。

 どちらも高いレベルのピッチャー。まさに一つのミスが命取りになるようなレベルの争い。



 八回の裏、隆誠大平安の攻撃が始まる。

 この回の先頭は一番バッターと好打順。楠木の様子を見る限り、ここで点を取れず延長戦に突入しても大丈夫だろうが、あまり長いイニングを投げさせると次の試合、ひいてはこれからのトーナメントに影響が出てくるだろう。

 隆誠大平安としては、延長戦突入前には得点が欲しいはずだ。


 初球の変化球を一番バッターが打ち損じた。

 打球はショート後方へのフライ。

 何気ない内野フライ。誰もがアウトと確信した瞬間、ショートの選手が落球した。グラブに収まるはずだった白球は、芝生に落ちた。


 騒然とするスタンド。

 歓声と驚愕の声が入り混じり、異様な空気が球場に流れ始めた。


 ショートの選手はスタンドから見ても分かるぐらいに動揺している。

 落下地点にはしっかりと入っていた。だとすると、油断、あるいは緊張から来たミス。

 ノーアウト一塁。バッターは二番バッターが入る。


 「決まったな」

 「え?」

 俺の言葉に哲也が反応した。


 「隆誠大平安の勝利だ。俺のシックスセンスがそう告げている」

 「え、でも…」

 哲也の言いたいことは分かる。

 だけど俺の直感が、隆誠大平安の勝利だと叫びまくっている。

 球場の空気が変わったのは肌で感じている。そこから俺は隆誠大平安が勝つと予想した。


 続く二番バッターは送りバントでアウト。三番バッターの一二塁間へのセカンドゴロでアウト。

 この二つのアウトの間に、エラーで出塁した一塁ランナーは三塁まで進んだ。

 そして迎えるは四番。


 ≪四番ファースト奈川(ながわ)君。ファースト奈川君≫

 場内アナウンスが四番の名前を告げる。

 右打席に入る四番バッター。


 「奈川って…選抜の時いなかったよね?」

 「あぁ、あいつ一年生だもん」

 「え!? 一年生!?」

 大げさに驚く哲也。

 前に彼を紹介する記事を高校野球雑誌で読んだ覚えがある。

 そのときは、まだ夏の大会開幕前だったし、流して見た程度だったが、確かに一年生だった。


 選抜優勝校、隆誠大平安に突如現れたスーパー一年生奈川。今年の夏は四番に抜擢!

 大雑把な記事の内容だ。


 結局俺には気にも留めなかったから、彼が夏の京都府大会でどんな活躍をしたかは知らない。

 だけど、いざ自分の目で見てみると、確かに興味が沸いてきた。

 奈川にとって初めての甲子園。だというのにまったく動じていない。今日の試合の立ち振る舞いを見る限り、まったく緊張せずむしろリラックスしているようにも見えた。相当な肝っ玉があることは確実。

 それになんだろう。あいつから大輔と同じにおいを感じる。


 今日の奈川は今のところノーヒット。

 だが、この打席は打ちそうな気がする。



 初球、二球目、三球目とボールを見送る奈川。

 マウンド上の松西はここに来てギアを入れてきたようで、終盤の八回だというのに投じるボールも初回よりも力がこもっている。

 さすがのスーパー一年生でも、これは打てないか。

 そう思った瞬間だった。


 金属バットの快音が鳴り響き、打球はライナーとなって二遊間を抜いていった。

 大盛り上がりの隆誠大平安応援団。拍手と歓声が甲子園を震わせる。

 三塁ランナーは右手を高々と上げながらホームベースを踏みしめた。


 試合が動いた。いや、もう動いていたというべきか。

 たった一つのエラーから始まった失点劇。マウンド上の松西に動揺の色はない。だが、この1点はあまりにも大きい。


 次は九回。あと1イニングで柳田学園の打線が楠木から1点をもぎ取るのは難しい。

 それぐらい楠木は高いレベルのピッチングをする。高校ナンバー1ピッチャーの称号は伊達ではない。



 そうして最終回、楠木はぴしゃりと三者凡退に抑えて試合終了。

 1対0で隆誠大平安の勝利。楠木は被安打2本打たれたのみで、あとは無四球の完封勝利だ。


 1対0。点差だけ見れば隆誠大平安の辛勝だったが、試合は終始隆誠大平安が押していた。

 だからこそ、八回の一番バッターの打席で起きたミスのダメージが大きかった。

 あそこでもしエラーせずアウトになっていたら、試合はまだ続いていただろう。柳田学園が延長戦に入って勝てるかどうかは別としてな。


 「凄いレベルだ」

 哲也も感心してしまうほどのゲーム。

 あぁ、本当に高いレベルの戦いだった。


 「隆誠大平安に勝つには、最低でもこれ以上の戦いをしないといけないわけだな」

 「…そう考えると、凄い厳しいね」

 戦う前から弱気の哲也。

 頼むぜキャプテン。お前が最初に弱気になってどうすんだよ。


 「とりあえず次の阪南学園だな」

 「そうだね。阪南学園も十分強敵だし…」

 そんな話をしつつ、俺と哲也は球場を後にする。



 今年の甲子園はレベルが高い大会になると大会前から言われていたが、その予想通りだった。

 間違いなく今年の甲子園はレベルが高い。下手すりゃ過去最高のレベルの高さだ。それぐらい優れた選手が揃いすぎている。さすが俺の世代。

 だけど、レベルが高いからこそ、いい経験になるだろうな。

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