205話
夜、高校野球のテレビ番組を俺と哲也の部屋で見る。
俺と哲也のほかに、大輔、恭平、誉、龍ヶ崎、中村っち、鉄平、岡倉の三年生全員集っており、和気あいあいとした雰囲気の中で番組が始まった。
このテレビ番組は甲子園の時期しかやっていない特別番組だ。
毎試合事に各校、各選手にスポットライトを当てて、高校球児の本当の素顔を紹介する番組。毎年恒例となったこの番組は、高校野球ファンから根強い人気を持っている。
今日から始まったこの番組。最初は開会式の様子をダイジェストで流し、早速第一試合の弁天学園紀州と越後農業から順にスタートした。
最初は越後農業の話題。
当然触れるのは「逆転の越農」について。
この逆転劇は全てキャプテンの一打から始まっていたらしいので、そのキャプテンについて取り上げている。
番組を見ていると着信音が鳴った。俺のスマートフォンだ。
電話の相手を確認する。「マイホーム」と画面には書かれている。自宅からだ。
「女か!?」
「ちげぇ、自宅からだ」
過敏に反応する恭平。
変な勘違いされても面倒くさいので正直に答えておく。
「なに!? 自宅!? 千春ちゃんと電話させろ!!」
しかしこれはミステイクだった。
正直に答えても恭平は面倒くさかった。
「うるせぇ黙っとけ」
試合の疲れもある俺は淡白な切り返しで恭平を黙らせつつ、通話に切り替えて、俺は耳元にスマートフォンを当てた。
「もしもし」
≪おぅ英雄! 甲子園楽しんでるか!≫
電話の主は父上からだった。
ってか父上、最初にそれ言うのか。まずは試合お疲れ様とか、ノーヒットノーランおめでとうとか、そういうの言うんじゃないのか?
いや、甲子園楽しんでいるけども。
「あぁそれなりにね」
≪そうか。それより、次の相手決まったな≫
どこか嬉しそうに父上が口にする。
次の相手、阪南学園は父上の母校だ。
「あぁ、阪南学園とはいつか対戦したいと思ってたけど、まさか二回戦で当たるとは思わなかったよ」
≪そうだな。俺もできれば決勝戦とか、そういうところで当たって欲しかったな。息子が早々と敗れる姿なんて見たくなかったよ≫
なんでこの人、嬉しそうに言ってるんだろう…。
ってか、なんで敗れること前提だし。
≪甲子園の土はお前の分だけで良いぞ! 俺はもう自分の分あるし、母さんも博道も千春も恵那もいらないだろうしな!≫
「待て父上。何故俺が負けること前提なんだ?」
さすがにツッコミを入れざるをえなかった。
どんだけこの人、俺に負けて欲しいの? さすがに息子よりも母校を選ぶなんて父親失格と言わざるをえないぞこれは。
≪え、負けてくれないのか? 阪南学園はお父さんの母校なんだけど?≫
「いやそれは知ってるよ。だけど俺、負ける気ないんだけど?」
≪じゃあ負けてくれ。今日ノーヒットノーランして十分満足しただろ? お父さん、母校が久しぶりに夏の甲子園に出てウキウキしてるんだ!≫
なんて父親だこの人は。
息子の活躍よりも母校の活躍を取るのか。
今、俺の父上への評価が大暴落している。これはいくらなんでも酷すぎる。
「いや無理。親父には悪いけど、俺甲子園優勝する気だし」
≪英雄、阪南学園の四番は佐倉二世…つまりお父さんの二世と呼ばれていること知ってるか?≫
「うん」
≪なら、わかるだろう?≫
「いや分からん」
ここで電話越しからでも分かるぐらいの舌打ちをされた。
そうして深いため息。露骨すぎるぞ父上。
≪俺はこんな親不孝な子供に育てた覚えがないんだがなぁ≫
「俺もこんな息子思いじゃない父親だとは思わなかったよ」
電話越しなので表情は分からない。だけど今の父上は間違いなく笑っている。
父上とはそういうお方だ。生まれてから18年間、あの人の息子の俺だから断言できる。ここまでの父上との会話は冗談話だ。
お父上の事だ。きっと本心では手放しで褒めてやりたいんだろうけど、息子を褒めるのはちょっと照れがあるんだろう。だからこんな嫌がらせみたいな事をしているんだ。そういう子供っぽいお茶目なところが父上の良さでもある。
≪英雄、単刀直入に言おう。次の試合、負けろ≫
…とか考えたけど、ちょっと本気で怪しくなってきた。
マジで父上、俺を負けさせようとしてない? スゲェ不安になってきたんだけど…、
「嫌だ。佐倉二世とか言われてる四番三振にしてやるからな。自宅のテレビの前で悔しがってろ」
浅ましい子供の口喧嘩の様相を見せ始めてきた。
もうこれ以上はろくな口論にならない。父上の返事を待たずに、俺は通話を切った。
そうして深い溜息。
「おじさん?」
「あぁ、次は俺の母校だから負けろとかほざきやがった」
「あはは…おじさんらしいね…」
呆れ笑いを浮かべる哲也。
本当、良い父親ではあるけど、時たまスゲェ面倒くさいところあるんだよなぁ。
このあと、番組は我が校と城南の試合も取り上げる。
試合前のエピソードは敗れた城南の四番中村。二年の夏に薩摩の怪童と呼ばれ、そこからキャプテンを任され、神宮、選抜での敗北を経て迎えた今大会に懸ける想い。
≪目標はあくまで全国制覇です!≫
意気込む中村。きっとこの映像を撮影した時は、初戦で消えるなんて思ってもいなかっただろう。
そしてこのあとダイジェストでノーヒットノーランに抑えられるわけか。なんだろう、スゲェことしちゃったんだな俺。
案の定、番組はこの後、俺のノーノーピッチングをダイジェストで伝えるものへと切り替わった。
まさに彗星のごとく登場した甲子園のニューヒーロー佐倉英雄の圧巻のピッチングがこれでもかと伝えられていく。
≪ミラクル山田、甲子園でも薩摩の怪童中村を破るミラクルを起こして二回戦進出です!≫
そう番組のアナウンサーが伝えて、我が校の試合ダイジェストは終了。
最後の一言、若干気分を害された。
いや、ミラクル山田なんて言われ始めた時から薄々予想はしていたが、まさか本当にこうなってしまうとはな。
どんなに実力で勝ち取った勝利も、ミラクルという一言で片付けられてしまう。
きっと次の阪南学園戦に勝利してもミラクルだとメディアは取り上げられることだろう。
今日の試合、あれは奇跡なんかじゃなかった。俺も大輔も他の奴らも、青春のほとんどを費やして極めた技術による必然だった。
たとえ相手エース福永が初回から調子が良かったとしても、今日の試合は勝てた。そう自信を持って言える。
だから、ミラクルという一言で俺たちの努力を片付けられてしまったのは、凄い悔しかった。
「次こそは実力で勝ったんだって認めさせたいな」
龍ヶ崎も思うところがあったのか、珍しく自分の意見を口にした。
岡倉と仲良くなり始めてから、だいぶ龍ヶ崎も感情を見せ始めるようになった気がする。
「だな! ってかミラクル山田ってダサすぎだろ! 売れないお笑い芸人かよ!」
誉が冗談交じりに相槌を打つ。
彼の言葉に俺達は笑い声をあげた。
翌朝、スポーツ新聞の一面は俺だった。
≪佐倉、ノーヒットノーラン!≫
でかでかと三重のフチ取り文字で書かれた大見出し。
この他にも「圧巻13K」とか「甲子園でもミラクル山田!」などの文字も書かれている。
中央の写真は、マウンドからボールを投じる瞬間の俺。なんてこったい、イケメンすぎて眩しすぎるぜ。
「お前にしてはこの写真格好いいな。凄腕のカメラマンもいたもんだ」
隣から新聞記事を覗き込んできた佐和ちゃんがなんか言っているが無視だ。
高校野球を特集するページへと移動する。
昨日の三試合の結果を写真と記事で事細かに伝えている。
≪弁天紀州12得点発進!≫
≪西川、大会第一号ホームラン≫
≪逆転の越農発揮できず完敗≫
≪三村大、甲子園初打席グランドスラム弾≫
≪薩摩の怪童、敗れる≫
≪選抜準優勝阪南、快勝≫
≪函実北村「仲間に謝りたい」≫
それぞれの中見出しのタイトルは、各校について言及している。
さすが夏の風物詩。スポーツ新聞も大々的に取り上げているな。
「なぁ佐和ちゃん」
「なんだ?」
「ミラクル山田って言われるの、佐和ちゃん的にあり?」
ふと唐突に沸いた疑問。
俺は普段は気にしていないが、ミラクルを強調されると不快に感じる時もある。
なので、監督的にありなのかなしなのか聞いておきたかった。
「注目されるという点ではありだろう。普通春夏通じて初出場校がここまで注目されるなんて無いしな」
「そりゃそうだけど、俺的に実力で勝ったのに、奇跡とか言われんの嫌なんだけど」
「本当に野球を知ってる人なら、お前の実力は昨日の試合で十分伝わっただろう。ノーヒットノーランは実力が無きゃできない。奇跡だけで達成できるほど、野球は甘くない」
確かに佐和ちゃん言うとおりか。
昨日の試合で、俺は十分実力を見せつけられたと思う。
「あとミラクルって格好良いし、俺は好きだぞ?」
そういって笑う佐和ちゃん
マジで? ミラクルを本気で格好いいと思ってるのこの人? いや待て、そういえばこの人スーパーミラクルハイパー佐和スペシャルとか言うクソみたいなネーミングセンスだったっけか。
…なるほど、佐和ちゃんは感性が若干人と違うということか。ここまで来て、まさか佐和ちゃんの新しい一面を発見してしまうとは…。




