204話
ベンチ前で一礼し、ベンチを後にする。
次の第三試合の一塁側ベンチを陣取るのは阪南学園。
すでにライトのほうでキャッチボールを始めているから選手たちの様子は分からない。
選手通用口のほうで、佐和ちゃんと俺、大輔の三人は設けられた壇上にあがり、記者たちから質問を受ける。
佐和ちゃんは今日の試合について、初出場ながら甲子園常連校城南高校を破った感想、俺と大輔についての話など、様々な質問を上手く対応して答えている。
一方で大輔は初回の満塁ホームランについて。こちらも淡々と答えている。
「佐倉君! ノーヒットノーランおめでとう!」
「ありがとうございます!」
そして俺は、やはりノーヒットノーランについて。
「やっぱり最終回は意識してた?」
「もちろんです。だけど、緊張せず最後まで投げれて良かったです!」
爽やかなイケメンスマイルを浮かべながら明るく答える。
今の俺は大輔にはできない芸当をしている。大輔の奴は、こうやって笑顔で答えるなんてしないからな。俺と違い、大輔は器用な方ではないからな。
「ノーヒットノーランはどこから意識してたの?」
「やはり終盤の…七回とかそこらへんですかね。初回に満塁のピンチ作っちゃったんで中盤辺りまではまったく意識してませんでした」
ハキハキと丁寧に受け答えする俺。
記者はそれを聞いて、手に持つ手帳に素早く何かを書いている。
明日の新聞は間違いなく俺が一面に載るな。間違いない。
このあとも何個か質問されたが、どれも上手く対応して終了。
そうしてやっとのことで解放されて、佐和ちゃんと大輔とバスへと乗り込んだ。
バスは甲子園から宿舎へと向けて走り出した。
「まずは初戦突破だな」
しばらくして最前列の座席に座っていた佐和ちゃんが立ち上がり総評を始めた。
「今日は英雄のワンマンショーだったから、バックの奴らの守備機会が少なかったが、それでも甲子園初戦にしては緊張せずプレーできていたと思う」
確かにバックの選手は言うほど緊張していなかったな。
いや性格には秀平とか中村っちは緊張しているようだったけど、足が動かないほど緊張はしてなかったと思う。
「二回戦は一週間近い余裕がある。阪南学園、函館実業。次、どっちが勝ち上がってきても良いように、しっかりと調整していこう」
「はい!」
という事で、宿舎につくまでの間バスに備え付いているテレビで阪南学園と函館実業の試合を観戦する。
≪阪南学園の先発はエースの松井君。対する函館実業の先発はこちらもエースナンバーをつけています北村君です!≫
解説が両校の先発ピッチャーを紹介する。
松井は阪南学園の投打の軸、北村は函館実業甲子園出場の立役者だ。
松井は右投げ左打ち。
ピッチャーとしては最速140キロのストレートとスライダー、カーブ、フォークの球種を持つ。
投手としても素質は十分あるが、彼の場合はピッチングよりもバッティングの方がイメージが先行しやすい。やはり高校通算33ホーマーの印象が強いからだろう。
その上ピッチャーとしては対して好成績は収めていない。府大会では防御率3点台で四死球も目立つ。
対する北村は最速147キロのストレートを武器にした速球派右腕。
南北海道大会では函館地区予選も含めて3度の完封を果たしている。
道大会準決勝で選抜出場校の海北学園戦では、九回ワンアウトまで完全試合をしており、彼の評判は今年の夏で一気に高まったと言っても過言ではない。
その両エースの投げ合い。
注目はやはり北村 VS 阪南学園打線と言ったところか。
阪南学園と函館実業の試合を見ながら、俺はスマートフォンに来ていたメールをてきぱきと返していく。
やはり友人からのノーヒットノーラン祝福のメールが多い。
メールが多すぎるので「ありがとう!」とか「サンキュー!」とか「アリが十匹!」とか簡素な文面で送り返していく。
その中で、沙希と鵡川からのメールも見つける。
英雄ヽ(*´∀`)ノオメデト─ッ♪ ノーヒットノーランなんて凄いじゃん! +.*サスガァ━━━d(≧U≦●)━━━★*.+゜
沙希の奴は相変わらず顔文字が多い。
だけど、この顔文字ばかりのメール文を見ると沙希だなって思うようになってしまう。
他の奴らよりも少し悩んでからメールを打ち返す。
続いて鵡川の文面。
こちらは顔文字よりも絵文字が乱立している。
お疲れ様。次の試合頑張ってね! ノーヒットノーラン格好良かったよ!
絵文字さえなければ簡素な文面になることだろう。
こちらも少しメール文に悩んでからメールを打ち返して、送信した。
「英雄、阪南と函実、どっち勝つと思う?」
「九分九厘阪南だろ」
哲也の質問に即答する。
正直函館実業が勝ち上がって欲しい。やはり初出場校仲間だから、応援したいんだよ。
だけど現実的な戦力から考えて、阪南学園のほうが有利だ。
「阪南は北村を攻略する打線を備えているが、函館実業は松井を攻略する打線を備えていない。点を取られなきゃ負けないが、同時に点を取らなきゃ勝てない。守り続ける野球なんてのはいずれジリ貧になる」
函館実業は北村頼りのチームだ。
南北海道大会でも一試合の最高得点はわずか2点。北村が毎試合1点か0点かで抑えてきたから勝ち上がれたチームでもある。
おそらく打線の火力に関しては、今大会最下位と言っても過言ではないだろう。
俺の予想通り、試合は阪南学園優勢で進んだ。
函館実業は失点と紙一重の展開を繰り返しながら、なんとか無失点で守り続ける。
一方で函館実業打線は、府大会防御率3点台の松井の攻略ができず、両者0点行進が続いていく。
バスで宿舎に到着し、部屋のテレビで改めて試合観戦をおこなう。
試合が動いたの七回。ノーアウトから二番バッターがヒットで出塁し、続く三番松井もライト前ヒットで出塁、ノーアウト一二塁で打席には四番吉井。
≪さぁこのチャンスで四番吉井を迎えます! 真鍋監督が佐倉二世と呼んで注目するスラッガーです!≫
実況がそんな事を口にした。
佐倉二世。この佐倉とは我が父上殿の事だろう。まさかプロにも行ってないおっさんの二世呼びかよ。そこはもうちょいプロ行った選手の名前つけてやれよ。
確かに父上は、名門阪南学園の歴代最強メンバーと呼び声高い世代で一年の頃から四番を任されていたが、それでも今は地方のしがない公務員だぞ。
≪函館実業エース北村。この回もなんとか抑えられるか! 初球、ストレート! あぁと! 打ったぁ!≫
実況がやかましくなった。
映像は吉井がストレートを捉え外野へと運んだシーンへと慌ただしく切り替わる。
ライナーでショートの頭上を越して、左中間を真っ二つにした。
≪レフト、センターが必死に追いかけているが、これは二塁ランナーホームまで帰って来れそうだ! 一塁ランナー松井も三塁を蹴飛ばしたぁ!≫
実況が盛り上がると同時にバスの車内も盛り上がる。
二塁ランナー、一塁ランナーともにホームに生還し、四番吉井は二塁に到達した。
≪ついに試合が動きました! 阪南学園! 吉井の走者一掃のツーベースヒットで2点先制!≫
二塁ベース上でエルボーガードなどを外す吉井を映したあと、映像はマウンド上でうなだれる北村を捉える。
これでゲームは決まった。函館実業の今日の様子じゃ、阪南学園から2点は取れないだろう。
「次は阪南学園か」
「英雄、まだ決まってないよ」
哲也が忠告してくるが、もう決まったも同然だ。
マウンド上の北村の心は今の一撃で間違いなく折れた。中学時代、俺も貧打線のチームでエースやってたから分かる。打線が取れる得点よりも失点したら、間違いなく心が折れる。
そしてエースの心が折れるということは、チームの負けに等しい。
甲子園の魔物が大暴れでもしなきゃ、函館実業がここからゲームをひっくり返すのは難しいだろう。
「またも注目スラッガーと対決か。最高だな」
「だから英雄、まだ決まってないって」
哲也、お前はどんだけ函館実業に勝って欲しいんだ。
いや確かに初出場校同士だし、相手の好投手擁しているし、阪南学園よりかは戦いやすいけど、ここから函館実業が勝つには、それこそ大輔クラスのスラッガーがいないと難しい。
七回の終盤、道大会での最高得点と同じ失点をして、打線はここまで相手エースを攻略していない。
この条件下で選手たちが最後まで諦めることなく、なおかつ活路を見出すのは至難の業だ。
よって、函館実業は勝てない。
試合は案の定、阪南学園が押し切った。
函館実業エース北村は、七回の2点のみの失点で投げ抜いたが、結局打線は相手エース松井を攻略できなかった。
2対0で阪南学園の勝利。
よって次の相手は高校通算33ホーマーの松井と42ホーマーの吉井擁する阪南学園に決まった。




