202話
「ストライクバッターアウト!」
「しゃあおらぁ!」
一回の表の三つ目のアウトも三振にしたところで、スタンドから大歓声と大喝采が沸き起こった。
球場全体が震えるような歓声の中、俺は小さくガッツポーズして吠えていた。
ラストバッターとなった六番バッターは悔しそうに天を仰いでからベンチへと戻っていく。
ベンチに戻りながら、バックスクリーンへと目を向ける。
初回の城南の攻撃。いきなり俺がノーアウト満塁のピンチを招いたが、その後、三者連続三振でマウンドを降りた。
見事に立ち直れた。さすが俺と言いたいところだが、今回ばかりは恭平のバカ発言で気づけた。悔しいが恭平に感謝だな。
「初めての甲子園だからってはしゃぎすぎだぞ英雄」
ベンチに戻った俺に佐和ちゃんは呆れ笑いを浮かべて待ち受けていた。
「いや、ちょっと浮ついてましたわ。怪物とは程遠いですね」
「そうだな。だがその後よく立ち直った。そこは褒めよう」
ともあれ、初回のピンチは無失点。
城南にとってみれば初回の大チャンス、1点は最低でも取れた場面で無得点。士気が低下する場面ではないが、間違いなくダメージは受けている。
ならば攻め立てるしかない。そして我が校のトップバッターはおあつらえ向きの超超積極打法の恭平だ。
「頼むぞ恭平!」
「甲子園でもやっちまえ!」
「任せろやぁ!」
ベンチからは威勢の良い声援が送られる。
そして恭平も威勢の良い声で吠えた。
城南の先発ピッチャーは福永。
一塁ベンチからだと、左投げの福永の表情がよく確認できる。
昨年夏の城南のエースに比べれば劣るが、それでも神宮、選抜と投げてきているピッチャーだ。経験値なら俺を上回っているだろう。
だが、それでも我が校ならなんとかなる。そんな気がする。
≪一回の裏、山田高校の攻撃は、一番ショート嘉村君。ショート嘉村君≫
「しゃあ! おらぁ! 来いやぁぁぁ!」
バットを向けて知能の低いの雄叫びをあげている恭平。
あまりに酷すぎたせいか、球審から注意されている。何をやってるんだあいつは…。
頭を抱える哲也、大笑いする大輔。呆れる佐和ちゃん。
良いぞ恭平。さすがは天性のムードメーカー。お前がなんかやるだけで我が校のベンチは一気に和む。
さぁ甲子園の第一打席。
超絶積極打法の恭平は果たして打ちに行くのか。
ノーワインドアップモーションの福永は腕を振り上げることなくピッチングモーションに入り、そして一連の動作の後、力強く左腕を振るった。
初球はストレート。それを恭平は迷いなく打ち抜いた。
快音と同時に打球は一二塁間をライナーで抜け、ライト前でワンバウンドする当たりとなる。
あの馬鹿やりやがった! 甲子園でも初球打ちの姿勢は崩さないか! それで結果を残すんだから大したもんだ。
一塁ベースに到達した恭平は、右手を高々と挙げてみせる。そういう行動、甲子園だと厳しく注意されるから気をつけろよな。
まぁ良い。初球ヒットでノーアウト一塁。いつも通りだ。
続く耕平君はバントの構え。
初球は外れて高めへのボール、二球目は低めのボールで、これを見送りストライク。
三球目、ここで恭平が走り出した。二塁のベースカバーへと向かう相手のショート。
と同時に耕平君がバットを引いた。
バスターエンドラン。佐和ちゃん、甲子園でも相変わらず強気なサイン出してくるな。
耕平君は、鋭いスイングでボールを三遊間へと打ち返す。耕平君も相変わらず佐和ちゃんの強気なリードに応えて結果を残した。
三遊間にはぽっかり空いた穴。そこを打球は簡単に転がり、レフトへと転がっていった。
恭平は二塁を蹴飛ばし、三塁に行こうとしたところで転んだ。
「はぁ!?」
中村っちが驚いた声をあげた。
マジでなんであそこで転ぶんだよあの馬鹿!
頭をかかえていた哲也が、さらに深いため息が追加された。大輔は腹をかかえて大笑いし、佐和ちゃんは呆れを通り越して笑っている。
もう、なんなんだあいつは。俺も呆れ笑いを浮かべながら頭を抱える。
でも、ノーアウト一二塁だ。
そしてバッターは龍ヶ崎、大輔、俺へと続く。
せめて1点は欲しいな。
三番龍ヶ崎が右打席へと入る。
落ち着いた表情でバットを構えており、緊張している様子は見られない。
「達也君! ファイトォ!」
一際大きな声をあげて応援する岡倉。
県大会の時にはなかった光景だ。
やはり甲子園出場を決めた日の夜の出来事は、岡倉の中で何かを一区切りさせたのだろうか。
もしあの時、俺が断らなかったら、彼女の今の声援は俺へと向けられていたのだろうか?
少しそんな事を考えて、すぐさま意識をグラウンドへと戻す。
未練はないし、後悔もない。今考えたのはただの好奇心。やっぱり俺は彼女の想いに応えられるような輩じゃない。
そんな事をウジウジ考えていると、龍ヶ崎のバットから快音が轟いた。
打球は一二塁間を抜くライト前ヒット。
三者連続ヒットにスタンドの熱が高まっていく。
表の攻撃と同じくノーアウト満塁で四番を迎える。
≪四番レフト三村大輔君。レフト三村大輔君≫
甲子園の球場に、大輔の名前がコールされた。
一塁側スタンドはここぞとばかりに大歓声と拍手を起こし、右打席に入る大輔にエールを送る。
一方の城南は、表の我が校と同じくタイムをかけて内野手をマウンドへと集めた。
数十秒の作戦会議の後、内野手は各ポジションへと散っていき、マウンドに残ったのはエース福永のみ。
福永は俺のように気持ちを切り替えられたか?
彼の表情からは、なにも読み取れない。
さぁ試合再開だ。
「大輔! 頼むぞ!」
ネクストバッターサークルに腰を下ろした状態で右打席にいる大輔に声援を送る。
大輔は何にも返事を返さない。すでに集中している。
構えからは緊張や不安は感じられない。
来た球を打つ、いつも通りの泰然自若の構え。
丘城スタジアムだろうと甲子園球場だろうと、大輔にとってみれば関係ないのかもしれない。
初球は低めに外れるカーブを見送る。
タイミングは完璧に取れている。あとは奴の得意コースに来るかどうかだな。
見ているほうも緊張してしまうほどの場面。だというのに大輔に緊張はない。
あいつは今何を考えてるんだろうか? 案外、今日の夕飯のメニューは何かな? とか考えてそうだ。
二球目は内角低めに外れるチェンジアップ。
相手バッテリーも、さすがに慎重だな。2球連続外してきたか。
三球目、今度は外角高めに大きく外れて、キャッチャーが立ち上がるほどのボール球。
うん…もしかしてピッチャービビってんのか?
ここで押し出しはどう考えてもまずいだろう。
カウントはスリーボールノーストライク。ピッチャーはなんとしてもストライクを入れたいだろう。
当然、意識は抑えることよりもストライクを決めることに向く。
制球の悪い福永のことだ。ストライクに入れようとするボールは、間違いなく棒球になる。
四球目、クイックモーションからボールが放たれる。
行け! 大輔!
胸の内でエースを送ると同時に、大輔は迷わずバットを振り抜いた。
金属バットの甲高い音が球場を支配した。
観客の声も、応援団の応援も、吹奏楽部が奏でる楽器の音色すらも覆い隠すほどの快音。
その音はたまらなく観客を興奮させ、魅了させた。
今度は観客の歓声が球場を支配する。
打ち上げられた打球は、ぐんぐんと天を突き刺すように飛んでいく。
夏の雲を切り裂くように、勢いよく飛んでいった打球は、大歓声に後押しされるようにレフトスタンドに飛び込んだ。
地鳴りのように球場が歓声で震える。
大輔はその中で、さも当然と言わんばかりにガッツポーズ一つせず、のんびりとダイヤモンドを走る。
グランドスラム。
野郎やりやがったな。マジで本当大輔頭おかしいわ。
ありえねぇって、確かに福永の投じたボールは甘かったが、それでもスタンドまで運んじまうのかよ。
あいつの辞書に力むの文字は存在しないのか? 本当…。
「バケモンだな」
俺は怪物になりきれていないのに対し、あいつは怪物になりきっている。いや怪物そのものだ。
…あいつの存在が、俺自身の妥協を許さない。
今の自分ではやっぱりダメだ。自己最速記録を出しても、ノーアウト満塁から三者連続三振にしてみせても、薩摩の怪童なんつう高校屈指のスラッガーを三振に討ち取っても、まだまだダメなんだ。
もっと高みへ。常人で到らない地点へ…!
大輔は四つ目のベース、ホームベースを踏みしめたところで、ようやく笑顔を見せた。
「大輔てめぇ! なにやってんだよ!」
「さすが兄さん! ナイスバッチ!」
「さすが三村だ!」
恭平、耕平君、龍ヶ崎と大輔を褒め称える。
もちろん俺もだ。
「さすがだな。今回も来た球をただ打ったのか?」
「いいや、今回はホームランを狙ってた。絶対甘いボールが来ると思ったからな」
などと冷静に話す大輔。
さすが怪物君。当たり前のように話すなんて、マジクールだぜ。普通の奴は分かっててもホームランなんか早々打てねぇんだよ。
グランドスラムを打たれた福永だが、これで吹っ切れたのか、続く俺をセカンドゴロ、六番山田高校の怪童こと中村っちを空振り三振、七番秀平をファーストフライに打ち取りスリーアウト。
さすがに満塁弾一発程度で崩れるピッチャーではなかったか。
だがそれでも初回から4点。最高に良い流れだ。
あとは、俺が打たれなければ勝てるわけだな。
よっしゃ! 気合入れてくか!




