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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
7章 聖地、怪物立つ
201/324

200話

 翌日、八月六日。

 ついにこの日がやってきた。


 甲子園球場。

 今日も朝から空にはギラギラと真夏の太陽が昇り、たっているだけでもクラクラしてしまいそうだ。

 予報では猛暑にまでは行かないらしいが、グラウンドは通常の場所よりも気温が高くなる。体感温度では40度ぐらいまで行きそうだな下手すりゃ。

 スタンドは超満員。例年に比べてレベルの高い大会になると前々からメディアのほうで報じられており、また高校野球のスターとも言える選手が多く存在しているからだろう。


 選抜ノーノーを達成し優勝した隆誠大平安の楠木。

 甲子園最速を叩き出すんじゃないかと騒がれている郁栄学院の畑中。

 高校通算60本オーバーの強打者、横浜翔星の園田。

 十数年ぶりの夏の甲子園出場の立役者。阪南学園の松井と吉井。

 五度の甲子園出場を果たした甲子園の申し子、弁天学園紀州の西川。

 薩摩の怪童、城南の中村。

 これまでの全国大会で名を挙げてきた選手たちを一目見に、今日は観客がお越しになっているのだろう。

 なんて言ったって、今日は第一試合で弁天学園紀州、第二試合で城南、第三試合で阪南学園と人気の学校がそろい踏みなのだからな。


 だからこそ、今日の試合が楽しみだ。

 今言ったスターどもの中に「天才無敵の怪物左腕、山田の佐倉英雄」の名前を掲げてやるぜ。



 開会式前だというのに、我が校の選手たちに緊張の色は見られない。

 正確には一部の選手は緊張している。秀平とか哲也なんかは今にも吐きそうなぐらい顔が青い。

 一方で、西岡や誉はいつもと同じぐらいのテンションで馬鹿話をしているし、大輔は眠そうに大あくびを掻いている。

 恭平にいたっては学校名が書かれたプラカードを持つ女子生徒に話しかけている。あの野郎、俺の妹を惚れさせておいて何してやがる。許せん、俺も一緒に話しかけて恭平がハメを外さないように見張らなければ!

 って事で、開会式が始まるまで、恭平と仲良くプラカードを持つ女子に話しかけるのだった。



 そして、ついに開会式が始まる。

 どっかの学校の吹奏楽部による演奏の中、これまたどっかの学校の生徒が学校名を告げ、49の代表校が次々と行進していく。

 一番先頭は、昨夏の覇者であり今年の夏も甲子園へと戻ってきた愛知の愛翔学園。そこから北から順に入場をしていく。


 順番が近づくにつれて自然と緊張してきた。

 徐々に選手たちの顔から余裕の笑みが消えていく。


 そうして次は我が校。


 「よし、行こう!」

 哲也が青い顔をしながら力強くいう。

 それに合わせて青い顔した選手たちが返事を返した。



 グラウンドに出た瞬間、盛大な拍手と歓声が耳に入り、同時に眩しいぐらいに太陽の光を受けるグラウンドが目に入った。

 青々とした天然芝、黒い内野グラウンド、全席満員御礼のアルプススタンド、夏の暑さと観客からの応援の熱が入り交じり、悪くない熱気となって、俺たちに降り注ぐ。

 リハーサルの時とは比べ物にならないぐらいの熱気だ。なんだこの熱? 酔いそうだ…。


 これが甲子園…。これが…高校野球の聖地。


 「イチ! ニ! イチ! ニ!」

 どんなに掛け声を張り上げても、他の選手の声がかすかに聞こえるぐらいの歓声。

 それでも足がバラバラにならないよう、必死に声を張り上げてテンポを合わせる。


 ライトからホームへ、そしてレフトへと行進を歩む。

 そしてセンターで49校一列に並ぶ。

 スゲェ熱気だ。改めて甲子園の注目度の高さを痛感させられる。

 今から俺はここで試合をするのか…なんだろう。夢見心地だ。



 49校の行進も終えて、お偉いさんの長々とした話を聞き、愛翔学園のキャプテンによって優勝旗が返還が行われる。

 優勝旗も返還され、これまたお偉いさんの長々とした話を聞き終え、最後に選手宣誓。

 選手宣誓は先立っておこなわれた抽選で勝ち取った長野の松聖学園(しょうせいがくえん)のキャプテンが宣誓をおこなう。

 これまたありきたりな宣誓をおこなって終了。


 最後に退場し、開会式も無事終了だ。

 暑かったからか、テレビで開会式を見ている時よりも長く感じた。


 開会式終了後には、室内ブルペン場にて記者に話しかけられる。

 今日の意気込みに始まり、メディアで度々取り上げられたミラクル山田についての話題。

 正直、ミラクルだとか奇跡だとか言われるのは心外だ。俺達は実力で勝ち上がってきたんだから、ミラクルでも奇跡でもなんでもない。

 だからといってそんな事、記者の前では口にはしないけども。さすがにそれをいうのは空気読めなさすぎるし、メディアから注目されるのも悪くないしな。


 「甲子園でもミラクル山田見せます!」

 なんて思ってもないことを笑顔で口にできるあたり、やはり俺は天才なのかもしれない。


 「甲子園でもいつも通りのバッティングをしたいと思います」

 一方の大輔は相変わらずマイペースというか、周りの注目に合わせようとしない。

 大輔も結構今大会の注目スラッガーではあるのだが、あまりこうやってメディアの前で発言しないせいか、他の選手よりも注目度が低い。

 まぁ大輔はそれで良いだろう。口より実力で魅せる。大輔はそういうプレイヤーで有り続けて欲しい。俺の勝手な願いだがな。


 俺や大輔が複数の記者に囲まれる中、キャプテンである哲也のところには地方新聞の記者のみ。

 キャプテンなのに…どんまい哲也。



 記者の質問攻めから、なんとか終えて、今大会最初の試合が始まった。つまり開幕ゲーム。

 和歌山の弁天学園紀州と新潟の越後農業による試合だ。


 弁天学園紀州は6季連続甲子園出場と言う異常な強さを発揮している学校だ。

 もちろん野球強豪校。おそらく全国でも屈指の強豪校と言っても過言ではないだろう。

 この6季連続出場の間に甲子園優勝は一回。現キャプテン西川が入学する直前の選抜甲子園でだ。

 つまり、5季連続でスタメンとして出場を続けた西川は、まだ優勝経験がないということだ。

 最後の大会となった今、西川はなんとしても甲子園優勝を経験したいことだろう。


 対する越後農業は、春夏通じて初めてとなる甲子園。

 夏の県大会では逆転の越農(こしのう)なんて呼ばれていたはずだ。

 三回戦、準決勝、決勝戦の三試合で逆転勝ちを収めているからつけられた異名のはず。



 さて試合が始まった。

 甲子園の大会初日の第一試合、つまりこの開幕戦には何かあるとは良く言われているが、今大会も起きた。


 弁天学園紀州は初回から打者一巡の5得点をあげると、その後も点を取って行く。

 トドメは8対0で迎えた七回の弁天紀州の攻撃。ノーアウト満塁でバッターは四番西川。

 すでに満身創痍の越後農業のエースの初球を西川はライトスタンドまで運んだ。

 大会第一号ホームランとなるグランドスラムで4点。一気に12点差と広げた。


 「やべぇな」

 「あぁやべぇ」

 選手通用口で試合の速報を聞きながら、俺と誉はやべぇやべぇと言いまくる。

 正面には城南高校の選手。通路を挟んだ形で対面している。

 あっちも弁天学園紀州の打線の強力具合に驚いているようだ。


 うん? ここでメールが来た。

 沙希からだ。


 もうすぐ甲子園着くよ! 頑張ってねp(´▽`o)ノ゛ ファイトォ~♪


 顔文字が以下にも沙希らしい。

 思わず頬が緩んだ。


 おぅ! 任せろ!


 短く、絵文字も顔文字もつけずそう書いて送信する。

 現在試合は七回。もうすぐで俺たちの番か。



 おぅ! 任せろ!


 甲子園行きのバスの車内。

 英雄からのメールに私は微笑んでしまった。


 ≪越後農業、八回の攻撃に入ります≫

 ≪点差は12点差ありますが、逆転の越農と県大会では言われていましたし、弁天学園紀州も油断できないでしょうね≫

 バスに備え付けられているテレビでは、開幕試合となる新潟の越後農業と和歌山の弁天学園紀州の試合が流れている。

 あまりの点差に実況の人も解説の人もコメントに困っているようだ。


 「英雄君…大丈夫かな…」

 隣に座る梓ちゃんが心配そうにしている。

 この前、英雄と電話したときは凄く調子良さそうだったし、きっと大丈夫だと思う。だけど…。


 私はもう一度テレビを見る。

 この越後農業高校も春夏通じて初めての甲子園だった。

 もしかしたら英雄も甲子園の熱気に飲まれて打ち込まれてしまうんじゃないか? そんな不安がよぎる。

 英雄なら大丈夫だと思うけど、でも甲子園は他の球場とは違う何かがあるって哲也が言っていたし、やっぱり不安だ。


 車窓から景色を見る。

 先ほど甲子園最寄りのインターチェンジを降りて、甲子園に向かっている。

 もうじき甲子園球場が見えてくるだろう。


 私にとって初めての甲子園。

 どんな場所なんだろうか? そして甲子園で投げる英雄はどれくらい格好いいんだろうか。

 思わず胸が高鳴った。



 試合終了のサイレンを選手通用口で耳にする。

 弁天学園紀州と越後農業の試合は、12対0で弁天学園紀州が圧倒した。


 打っては15安打12得点の猛攻。

 投げては県大会直前にエースの故障によって、急遽エースナンバーを付けることになった丹羽(にわ)が力投し無失点。

 逆転の越農は、最後までその真価を発揮することなく、野球名門校に打ち破れた。


 さすが大会ナンバー1の火力と言われている弁天紀州の打線だ。

 むしろこの打線を良く12点で抑えられたと褒めるべきか。

 今大会の弁天紀州、エース不在で弱体化したなどと言われているが、まったく弱体化しているように見えないな。



 通用口を通り、俺達は一塁側ベンチに出た。

 瞬間、目に映ったのは目の前のファールグラウンドで一心にスパイク袋に土を詰める越後農業のナイン達。

 土を集めない選手がベンチいて、すすり泣く声が響く。


 今から試合だってのに、嫌なものを見た。

 敗者の末路。

 ファールグラウンドで一心に土を集める姿を目の前で群衆となったカメラマンに撮られまくる惨めな姿。

 数時間後、下手すれば俺たちもこうなる。

 そう考えて、気持ちが嫌に引き締まった。


 初出場校同士、できれば一緒にダークホースとして勝ちあがりたかった。

 だがもう負けてしまったから仕方ない。俺たちだけでも勝ち上がるしかない。

 同じ初出場校でも、俺達は敗者にはならない。


 「行こう!」

 哲也が気分を変えるように声をあげた。

 良いぞキャプテン! その姿勢が大事だ!


 「おぅ!」

 俺たちも気分を変えるように声を上げて、グラウンドへと一歩踏み出した。

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