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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
2章 天才、七転八起する
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19話 佐和式スパルタ指導

 「んじゃ8月に入ったし、面白い練習を増やしていこうか」

 8月最初の練習の始め、佐和ちゃんの口からそう告げられ、面白いという練習が始まった。

 確かに面白い練習になった……いや、なってしまったと言うべきか。


 まずアップでは、股関節を鍛えるトレーニングが増量された。特に反復横飛びが新しく導入され、30秒やって15秒休むと言うインターバルを10セット行う。

 さらに、ダウンの時にはエアロビもやる事になった。これがすごい恥ずかしい。


 続いて打撃面。

 バットは特注の物にかわった。1mの長さがある1600gのバットで、先端が少し重くなっていると言う特徴のあるバットだ。

 しっかりとバットを振り切る事で体がぶれなくなるらしい。さらには腰の回転がしっかりしてないと上手に打てないので、普通のバットよりもバッティング技術が必要となる。


 大輔と龍ヶ崎、俺は特別素振り時間が設けられるようになった。

 実に設けて欲しくないのだが、佐和ちゃんいわく「お前らはこれからの打撃の中軸だ。チームの中心にいる選手は、誰よりも多く練習する義務があるんだぞ」

 という事で、半強制的に行うことになった。

 まず2.5kgの鉄棒を200回素振り。その後、3mの竹竿で200回素振りと厳しい。ってか腕が死ぬ。

 龍ヶ崎も「佐和は俺達を殺す気か」とか、いつもの彼じゃ考えられないような悪態を口にしている。

 大輔は相変わらず弱音一つ吐くことなく、むしろ当然だと言わんばかりに、ぶんぶん素振りを行う。ってか俺たちよりも50回ぐらい多く振ってる。化け物め。


 続いて守備面。

 まず内野手のミットが変わった。どう変わったかと言うと、捕球面が平らになった特注のグラブをつけて練習している。イメージとしてはグラブが木の板になった感じだ。これによって捕球してから送球体勢に入るスピードが速くなるらしい。

 外野手は外野手で、タイヤを引っ張ってのノック。しかもアメリカンノックに近いため、外野を縦横無尽に走らされている。遠目で見ていても厳しそうだ。



 んで俺はと言うと……。


 「それじゃあ英雄は、今から自転車を貸すから砂浜に行って来い。岡倉も同伴させるから、岡倉の指示通り動いてくれ」

 って事で、自転車に乗って2キロ先にある海水浴場へと岡倉とサイクリング。


 「ってか、佐和の野郎、何が自転車貸すからだよ! こんな自転車初めて見たわ!」

 一度後ろに付けられた物を見る。そこには紐で荷台と繋がれたトラック用のタイヤがあった。

 つまりタイヤを引いて自転車を漕ぐ状態。しかも安全性を考慮してか、人通りが少ない道を選んでるようだ。そのせいか、たった2キロの砂浜への道のりが、長くなっている。やられた。



 結局30分かけて砂浜へ。だいたい3キロぐらいは漕いだと思う。

 疲れてその場に倒れこむ俺に、岡倉は「早くしないと暗くなっちゃうよ」と笑顔でえげつない言葉を発する。

 仕方なくパンパンになった足を動かして、浜へと向かった。


 砂浜では夏真っ盛りという事で、カップルとか家族連れが集まり水着になってワイワイやっている。

 それを遠目に見ながら、俺は人があまりいない砂浜で岡倉と二人で話す。


 「んで浜に来て何するんだ? 岡倉とカップルごっこすんのか?」

 砂浜に座りながら、紙を見る岡倉に質問する。


 「そうだねー……うん! カップルごっこするみたい」

 マジかよ。冗談で言ったのに当てるとか、天才すぎか俺。

 いや待て。なんで岡倉とカップルごっこするんだ? すげぇ嫌なんですけど。


 「って事で、まずは腿上げ10回を10セットだって」

 嘘だろ……岡倉にとってのカップルごっこはこういう事するのかよ。

 お前、どんな家で育ったんだ。


 どうやら、カップルごっこをするというのは嘘らしい。

 岡倉特有のふわふわした返答だったみたいだ。

 それを知らないまま、俺は地獄へと突入することになった。



 砂浜に行った事が無い人間には分からないと思うが、砂浜は足が食い込んでいく。そんな場所で腿上げをするという事は、足に大きな負担が掛かると言う事だ。

 そんな事を平気でやらせる佐和ちゃんに、殺意が芽生えながらも、必死にメニューをこなしていく。


 腿上げ10回10セットに始まり、12秒以内のおよそ50m走を10本、25秒以内のおよそ100m走を15本やらされて、足が限界の状態で、再びタイヤつき自転車に乗って、地獄の帰宅ロード。

 今度は若干坂道を登る事になるので、マジで死にそうになった。


 戻ったら戻ったで、ポール間のダッシュを延々とやらされた。

 今日一日で足が5回はつった気がする。



 翌日、今度は背筋とスナップを鍛える練習。

 トレーニングルームでは、佐伯っちの監視の下、しっかりと汗を流し、筋トレをおこなっていく。

 さらにチューブを使ったスナップ強化のメニュー、鉄球を地面に叩きつけ、腕の振りで一番良いリリースポイントを覚えさせるメニューなど、バリュエーション豊かな練習メニューをこなしていく。

 どんどんと練習メニューが出てくる佐和ちゃんの知識にちょいと恐怖を覚えてしまう。

 佐和ちゃんってまだ年齢が30手前だろうに、どうやったらここまで色んな練習メニューを覚えられるんだよ。化け物か。


 恭平は恭平で、遅球マシン練習なる物をやらされている。

 山なりになる程の遅い球を打つ打撃練習なのだが、遅く緩い球を引き付けてスイングする事で、速球が来ても体が前に流れないようになるそうだ。

 あまりにも遅いので、恭平が「我慢しろ俺! AV女優の名前を思い出すんだ!」などと叫んでいる。女優の名前を思い出したところで我慢できるわけねぇだろ。二重の意味で。



 八月に入ってから、一気に練習の厳しさが倍増した。

 これなら中学時代の練習以上だ。だってどんなに厳しい練習でも最後は笑顔を浮かべていた哲也から笑顔が無くなる時点でマズい。彼がここまでされるなんて……。

 食事が趣味と豪語する大輔が、最近食事量が減ったと言っていたし、変態の恭平すらも「シコる元気がない」とかいうくらい疲れている。これだけでかなりやばい。


 しかし、チームの雰囲気は前よりも良くなっている気がする。。

 何故なら、休みたいときは休めるというのが、うちのチームの方針なのだが、誰一人として休もうとしない。

 昔ならきっと、途中で全員来なくなっていただろう。

 俺が入部したことで、大きく変わったのだろうか? いや、それはさすがに大げさすぎるか。

 やはり練習をして、結果が出ているのが大きいのだろう。

 みんな、確実に力をつけてきている。それも一段抜かしのペースで。これも佐和ちゃんの指導力と、厳しい練習にも耐えて常に集中する部員たちとが上手く噛み合っているおかげだろう。


 結局、何が言いたいかというと、佐和ちゃんが鬼畜だったって事だ。

 あの人は人間じゃない。きっと人の皮をかぶった鬼に違いない。

 疲れ果てた状態で、そんな事を確信するのだった。

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