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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
1章 佐倉英雄、二年目の夏
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15話 入部テスト

 7月後半になると、俺はサボっていた夏休みの補習に強制的に参加させられた。

 別にサボっていた訳ではない。いつから補習だったのか、分からなかっただけだ。

 本当に、これはマジでそうなんだ。補習の日程が書かれたプリントを教室に置き忘れて夏休みを迎えてしまっていたのだ。いやまぁ結局、補習の日程を電話とかで聞かなかった俺が悪いんですけどね。


 「何が楽しくて、佐伯っちとマンツーマンの勉強しないといけないんだよ」

 「俺に言うな。お前が来ないのが悪いんだろう」

 「まさか俺が、補習になるとは思わなかったんだよ」

 「体育と保健体育以外、全て赤点のお前が良く言えるな」

 ちっ! バレてたか!


 「ってか、あんた社会科専門だろ? なんで英語教えてんだよ?」

 そう、現在の補習は英語である。

 事実、目の前には英文がぎょうさん書かれたわら半紙のプリントが置かれている。


 「英語の市川先生が今日は法事で来れなかったんだ。仕方がないだろう?」

 「だったら、ほかのやつに頼めばええやん! なんで好き好んで、こんな暑くて、普通なら休みの日に、佐伯っちと会わないといけないんだよ!」

 ぶつくさ文句を言う。


 「お前、よっぽど俺のこと嫌いなんだな」

 「は? 勘違いするなよ佐伯っち。俺は本当に嫌いな奴にはこんなこと言わねぇ。そもそも話しかけないからな。だから安心しろ佐伯っち、俺はお前のこと、好きだぜ」

 ちょっとキメ顔で言ってみた。

 別に男を落とす趣味はないが、この一言で少しでも佐伯っちが俺に優しくなってくれたら嬉しいなって。


 「お前に言われても嬉しくねぇ」

 おい佐伯、俺だってお前にこんなこと言いたくねぇよ。


 「あぁ話が変わるが、佐倉、お前が野球部に入ると言う噂がまことしやかに囁かれてるんだが、本気なのか?」

 「Yes we can。ちなみに意味は知らん」

 「それの意味、私たちは出来るだから、かなり場違いな発言になってるぞ。英語の補習中に、よく間違えられるな」

 佐伯っちの呆れた笑いパート2。

 しょうがないだろ。今まで英語の時間は、貴重な睡眠タイムだったんだから。


 「ってか佐伯ちゃん佐伯ちゃん」

 「先生と呼べお前は……。んで何だ?」

 「このプリントに書いてあるさ、日本語を英訳にしなさいって奴でさ。あれはボブですか? いいえ、あれは机ですって会話あんじゃん。ボブどないやねん! ってツッコむよね」

 「まぁな……。ん? これなんかサムと付き合うくらいなら、ポストと付き合うわって、サムが可哀想過ぎるだろ。ってか市川先生、なんて例文考えてるんだ」

 佐伯っちの呆れは俺だけではなく、ここにはいない市川先生にも向けられた。

 こうして俺達は、市川先生の考えた謎の例文について語らう……。

 わけがなく、案の定、佐伯っちによって話を元に戻された。


 「んで、お前は野球部に入部するのか?」

 「……まぁ……うん。入部しますけど……」

 少し気恥ずかしい。なんか告白するのって恥ずかしいな。

 愛の告白なら恥ずかしくないのに……あれ、それは違うか。


 「そうか。じゃあ補習が終わったら佐和先生の所へ行けよ」

 「うぃーす」

 適当に返事をして、勉強に没頭……出来るわけが無く、脳内一人人生ゲームを補習が終わるまで、ずっと楽しむのだった。



 「んじゃ今日の補習終了! えっと……英語はあと3回来れば、補習終了だな」

 「やっと半分かよ。くっそダリィ」

 「身から出た錆だろう。頑張れよ」

 6回ある補習のうち、やっと半分が終わった。凄く辛かった。

 でも先のことを考えただけで、頭が痛くなった。


 佐伯っちと別れて、外に出る。

 夏の暑さ、蝉の音、空の青さ、雲の深さ。

 夏本番だ。去年の夏は恭平や大輔と遊びまわっていたっけか。

 あの頃、凄い楽しかったな。プールで水着ガールをナンパしたり、夏祭りで浴衣ガールをナンパしたり、旅先で旅行ガールをナンパしたり……。

 あれ、恭平と一緒にいるとき、ナンパしかしてない気がする……。それでいて、高校にあがって彼女が一人もいないとかどういう事だ?

 ……恭平のせいかな?



 なんてくだらないことを考えながら、グラウンドへと向かう。

 来年の夏、俺はどういう夏を過ごしているのだろうか?


 ふとした疑問は、夏の暑さと今からやる事への緊張から、あっという間に意識からかき消された。

 一度深呼吸して、俺はグラウンドへと向かう。



 「ファイトぉー!」

 岡倉の気合が入らなそうな間延びした声が耳に入る。

 グラウンドを見ると、さほど厳しい練習はしていないようだ。

 ただ佐和ちゃんが打った優しいノックを、選手たちが受けているだけだ。


 「みんな頑張れぇー……ってあれ? 英ちゃん?」

 最初に俺の存在に気付いたのは岡倉だった。

 岡倉の声はグラウンドに広がり、一同が俺へと視線を移した。


 「どうした佐倉ぁ。ここは補習の場所じゃねぇぞぉー」

 ニヤニヤしながら俺に近寄ってくる佐和ちゃん。

 まるで俺の考えを読んでいるかのようだ。


 「いや、今回は別件ですよ」

 「なるほど。まさか断っておいて、佐和先生……!! 野球がしたいです……なんて言うんじゃないだろうな?」

 まだニヤニヤと笑っている。すでに俺の答えを知っているかのようだ。

 自分の心は読ませないくせに、他人の心は簡単に読んでくる。

 どうやらこの人には勝てないようだ。


 「そのまさかですよ」

 俺の返答に、佐和ちゃんは待っていましたと言わんばかりの笑顔を浮かべる。


 「ほぉ、どういう心変わりだ?」

 「まぁ、人には言えない事情があるんですわ。あ、これ入部届です」

 「ふーん。ちなみにユニフォームは?」

 「持ってきてますよ。佐和先生が許してくれるなら、今日から参加するつもりでしたから」

 一日でも早く遅れを取り戻したいという思いから、今日は中学時代に使っていた野球道具一式は持ってきた。

 まぁグラブは軟式野球の時のやつだから、もし入部することになれば、新しいグラブを買うことになるだろうけど。


 「よし来た! じゃあ今から佐倉の入部テストを実施するぞぉ!」

 「は!?」

 突然の佐和ちゃんの提案。

 俺は思わず目を見開いて、佐和ちゃんを見つめる。


 「そうだなぁ……二年の途中なんつう中途半端な時期に入ろうとしてるんだ。うちの部員、全員から三振奪ったら合格とするか」

 「おいおい無茶言うなよ! あっちには大輔が居るんだぞ!」

 大輔が本気を出せば、破壊力だけなら強豪校の四番以上だ。城東高校の試合を見た感じ、ただのパワー馬鹿というわけでもなさそうだし、三振に打ち取れる気がしない。


 「じゃあ哲也だけは相手しなくていい。哲也はキャッチャーだ。つまり、哲也を抜いた大輔と耕平、龍ヶ崎に恭平、亮輔の五人全員から三振を取ってみろ」

 また無理難題を……。五者連続三振をやれと言ってるんだぞこの人は。暑さで頭がイカれているのか?

 相手は山田高校の部員とはいえ、打撃力に定評のある龍ヶ崎。当てることに定評のある耕平君、そしてリトルリーグからの野球経験者亮輔。さらにパワーの怪物大輔に加え、変態魔神恭平が居るんだぞ……。


 「やれやれ、佐和ちゃんはずいぶんと面白い提案をしてくれる」

 ……まったく、最高に楽しめそうだぜ。


 「よしよし、まずその度胸は満点だな。よしっ! 準備を始めろ!」

 こうして俺の入部テストが始まった。



 ベンチそばで準備運動をする俺に岡倉が近づいてきた。


 「英ちゃん! 頑張って!」

 「おう」

 「無事合格できたら、私がハグしてあげよっか?」

 「……飲み物一本おごってくれるだけいい」

 岡倉にハグされるとか、何が起こるか分かんなくて怖すぎる。

 下手したら大怪我の危険もある。入部テスト合格して早々大怪我とかさすがに嫌すぎる。


 「英雄。本気で野球に戻る気なの?」

 俺と岡倉のもとに哲也がやってきた。

 真剣な眼差しを浮かべながら聞いてくる彼を見てから、俺は自分の左腕を見つめる。


 俺の左腕には無限の可能性があるんだ。

 甲子園優勝だって、プロで活躍だって、メジャーで活躍だって出来る腕だと信じてる。


 俺は天才だ。だからこそ一年間のブランク程度、ちょうどいいハンデでしかないと言い聞かせる。

 だから今日の入部テストもパパッと終わらせて、さっさと同期を追い越してやる。

 体からどんどんとアドレナリンが放出されている気分。気持ちが高揚していく。


 「あったりめぇだろう。じゃなきゃ補習で疲れた後にグラウンドになんかこねーよ」

 俺は一度、哲也に言った。

 相手が誰だろうと関係ない。俺は俺の投球をするだけだ。


 哲也は笑った。おかえりと言いたそうな顔をしながら。


 「よーし! 二人共ピッチング練習ちょこっとやって良いぞぉー!」

 佐和先生の声。

 俺は一度息を吐いた。


 「哲也、サインはいつも通りで」

 「あぁ」

 小学校の頃から変わらない一言を哲也に告げて、俺はマウンドへと歩き出した。

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