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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
6章 怪腕夏に唸る
156/324

155話

 夜、練習も終わり、夕飯を食堂で食べ終えて、二階の広間にやってきた。

 今日も今日とても外では大輔たちが素振りを勤しんでいる。


 今日の四試合でベスト8が出揃った。

 我が校と丘城、佐々岡商業(ささおかしょうぎょう)と理大付属。反対ブロックでは酒敷商業と斎京学館、丘城南と荒城館。

 明日には反対ブロック四校が激突し、明後日にはベスト4が揃うことになる。

 ここまでシード8校のうち6校が勝ち進んでおり、言うほど波乱は起きていない。ノーシードで勝ち進んでいる丘城と佐々岡商業は、県内では強い部類に入るし、シード校になってもおかしくない実力は備えている。


 「斎京学館と酒敷商業か。どっちが勝つかな?」

 「やっぱり酒敷商業じゃね?」

 「いや斎京学館もこえぇだろ」

 広間では一年生どもが明日の注目カードで盛り上がっている。

 斎京学館と酒敷商業。昨夏の決勝の対戦カードであり、県内三強のうちの二校。

 今の県内の高校球児にとって憧れであり畏怖すべき二校が準決勝前にして潰し合う。

 過去にも三強が全て決勝戦までに潰し合う状況は何度もあった。しかし、ここ十数年、一度として三強以外が夏の甲子園に出場した経験はない。

 ゆえに、県内の子供たちは三強に憧れ、同時に畏怖し、打倒したいと願う。


 「英雄はどっちが勝つと思う?」

 近くでテレビを見ていた哲也が聞いてくる。


 「斎京学館」

 「即答するんだ。でも酒敷商業も十分強いと思うけど」

 哲也の言うとおり酒敷商業は強い。

 春の県大会こそ俺たちが破ったが、あのエース、夏を前にして欠点を修正したらしい。

 体力をつけ、疲れても出所がわかりづらいフォームが崩れないようにしたらしく、ここまで安定したピッチングを見せている。

 だけど…。


 「どんなに酒敷商業が強くても斎京学館がくる。約束したしな」

 「約束?」

 俺の言葉に首をかしげる哲也。

 俺はここにはいない人物を睨みつけるように虚空を見つめた。


 鵡川良平。

 あいつとは4月に約束した。

 必ず今年対戦するという約束だ。

 だから、酒敷商業が相手でも負けて欲しくないし、俺だって明後日の試合で負けるつもりはない。

 決勝戦で必ず斎京学館と戦う。



 「英雄! そろそろマッサージ始めるぞー!」

 っと佐伯っちが広間にやってきた。

 先程まで監督室となっている部屋で佐和ちゃんと丘城高校についての作戦会議をしていた。


 「うっす! 佐伯先生、お願いしゃっす!」

 「お前、俺がマッサージする時だけかしこまるな」

 そりゃ筋肉をほぐしてもらうんだからな。かしこまって当然だ。


 「英ちゃん! 今度私がマッサージしてあげようか?」

 「全力でお断りだ」

 岡倉の提案を即答で断る。

 なんか「えー! なんでよ!」と驚いているが無理に決まっている。岡倉にマッサージされたら絶対に体のどっかが故障しそうだしな。


 「岡倉にマッサージとかエロいな!」

 そして貴様は黙れ恭平。

 ってか、岡倉がそばにいるのにエロいとか言うな。

 案の定、志田が恭平にドン引きしている。


 「え? 岡倉先輩ってマッサージ出来るんすか?」

 「うん! 私はなんでも得意だよ!」

 松見が岡倉に聞くと、岡倉は自信満々で胸を張って答える。

 料理一つ出来ないくせに何がなんでも得意だ。もうちょいお前は言葉を選べ。

 胸の内でぶつくさ文句を言いつつも、佐伯っちからマッサージを受ける俺。


 「へぇー! じゃあ今度俺をマッサージしてくださいよ!」

 松見が感心したように言っている。なんだろう松見からは恭平から感じられる下劣な下心が見られない。

 間違いなく松見は今、純粋にマッサージして欲しいと思っているらしい。ガキかお前は。


 「松見! お前も所詮男だな! 岡倉にマッサージして欲しいとか!」

 「は? なにがっすか?」

 恭平が同志を見つけたとばかりに喜んでいるが、松見は恭平の言っている意味を理解していない様子。


 「松見って、そういう目で美奈先輩見てたんだ」

 「は? なにが?」

 引いた目で見る志田にアホ面浮かべて聞き返している松見。

 なんだろう。松見から岡倉と同じ臭いを感じる。松見ってもしかして天然か?


 「なんだ? 今日はやけに盛り上がってるな」

 ここで監督室から佐和ちゃん登場。


 「あ! 佐和先生! 岡倉がマッサージするって言うとエロい妄想はかどりますよね!?」

 「恭平、お前は何を言っているんだ?」

 恭平の質問に呆れる佐和ちゃん。

 志田がめっちゃドン引きしている。うん、お前の気持ちは良く分かる。


 「それより英雄、身体の状態はどうだ?」

 「さすがにちょいと疲れは残ってるけど、全然ヘーキ。一日空きあるし、これぐらいの疲れは楽々取れるだろうさ」

 佐伯っちにマッサージされながら、佐和ちゃんに体調を聞かれ、平気と答える。

 龍獄程度の打線で、疲れるほどやわな佐倉君ではないですよ。


 「そうか、さすがに完全試合なんて偉業を成し遂げたからな。精神的にも疲れが残ってるかもと思ったんだが、その様子なら平気そうだな」

 「龍獄打線で完全試合なんか朝飯前っすよ。アレだったら次の試合も完全試合しますよ?」

 「おう、そうしてくれると助かる」

 俺の大口発言に佐和ちゃんは呆れることなく不敵に笑って答えた。

 いい加減、俺の発言に慣れてきた様子。



 和気あいあいとする広間に、俺のスマートフォンから鳴る着信音が響く。


 「誰だ?」

 広間にいた連中が一斉こっちを見てくる。こっちを見るな。

 時刻は9時前、いったい誰だ? 俺は着信相手を確認する。


 そこには鵡川梓と書かれていた。

 …なんで、こんな人がたくさん居るときにかけてくるんだよ。


 「佐伯っち、ちょっと電話出たいからマッサージ中断してもらっていい?」

 「ダメだ。中途半端にすると、疲労感が抜けない。あとで折り返し電話しろ」

 佐伯っちはクソ真面目に言ってきた。

 そこはもうちょい融通利かせてくれ。かといっても鵡川の電話を無視したりするのもアレだし…まぁどうせお祝いの一言とかそれぐらいだろう。

 まぁいいや。ここで電話をするか。


 「もしもし?」

 ≪あっ佐倉君。ごめんね、こんな時間に電話して≫

 「大丈夫、どした?」

 俺の電話の相手に、一同の注目が集まった。

 こっちを見るな貴様ら。


 「おっ? これか?」

 そういって小指を立てる恭平。ニヤニヤしやがって。うぜぇ。


 「英ちゃんにはそういう人いないよ恭平君!」

 そして何故怒っている岡倉。

 お前はちょっと俺を神格化しすぎだ。


 ≪いや、ただおめでとうって言いたかっただけなの。今日の試合のあと言い忘れちゃったし、メールで送ろうかと思ったけど、やっぱり自分の口から言いたかったから≫

 「そか。センキューベリーマッチ」

 祝福のお言葉を言われて悪い気分にはならない。感謝をしておく。


 「えっ? 相手パツキン美女なの?」

 俺の発言聞いて、相手が外人なのかと勘ぐる恭平。相変わらずのアホっぷりだ。

 大体、センキューベリーマッチぐらいで相手を外人だと思うなよ。しかも何故動揺している。


 「えぇ!? 英ちゃん外人さんのお友達いるの!?」

 そして岡倉も恭平の意味わかんない発言を鵜呑みにして驚くな。


 ≪その佐倉君…≫

 「うん?」

 ≪その…もし、もしだよ! もしだけど…もし良かったら、今度から英雄君って呼ばせてくれる?≫

 「………はい?」

 思わず耳を疑った。っと同時に無性に恥ずかしくなる。

 みんなから見られてる中で、なに聞いてんだよこいつは!


 「英雄ぉ顔赤いぞぉ!」

 「どんな会話してるんだ…まず男で顔は赤くならねぇだろう」

 どうやら顔が赤くなっているようだ。

 恭平と誉がはやし立てる。クソどもが、クソうぜぇ、ってかクソ恥ずかしい。なんだ? なんだこの羞恥プレイは?

 ってか、なんで鵡川は急にこんな事を言い出したんだ? 理解に苦しむぞ?


 「…別にかまわないけど、なんでまた?」

 ≪え、えっと…その…≫

 そうして口ごもる鵡川。

 分からん。この行動だけはさすがの俺でも分からない。


 ≪百合と佐倉君が話している所見たら、私も下の名前で呼びたいなーとか思ったりして、あはは≫

 電話の向こうから鵡川の笑い声が聞こえた。

 電話越しでも鵡川の完璧すぎる笑顔を思い出した。


 なるほど、そういう事か。

 確かに仲良くなったら下の名前で呼び合うのは悪くないことか。

 だいたい、岡倉や沙希、百合にも下の名前で呼ばれてるんだし、今更鵡川に呼ばれた所で慌てる事じゃない。

 それでも英雄君。…アレ? 須田が思い浮かんでしまった。


 「なるほど、理解した」

 ≪うん…そのありがとう…ひ、英雄君≫

 …か、可愛い。

 思わず呟きそうになるも堪える。ここで呟けば最後、ずっとこのネタでからかわれる。こいつらはそういう奴らだ。そして俺もそういうタイプの人間の一人だ。

 恭平とか誉がニヤニヤしながらこちらを見ている。今すぐ目潰しの一つやりたいところだが、今は鵡川との電話を楽しもう。


 それにしても、なんだこの新鮮な感覚。照れながら呼ばれるなんて中々無いぞ。

 さすがは萌え製造機であり、屈指のあざとさを持つ男キラー鵡川。やばい、衝撃がデカ過ぎる。


 「へいへいへいへい! 英雄ぉ! ニヤけてんじゃねぇぞぉ~」

 「おいおい熱々じゃねぇかぁ」

 どうやらニヤけているようだ。しかし、この状況誰でもニヤけてしまうはずだ。

 そのせいで恭平と誉にはやし立てられた。あとで恭平だけぶっ飛ばす。


 ≪そ、その! 私、もう寝るから! 電話切るね≫

 「…おぅおやすみ」

 鵡川も恥ずかしくなったのか、早口気味にそんな事を言った。

 ちょっと残念な気持ちになってしまった。もうちょい鵡川に下の名前で呼ばれたくなってしまった。


 ≪う、うん! おやすみ! ひ、英雄君!!≫

 最後、叫び声交じりに俺の名前を呼んで電話を切る鵡川。

 そのテンパり具合に、余計にグッと来てしまう俺であった。

 緩んだ頬のまま、俺は息を吐いた。


 「英雄くぅ~ん! モテモテですねぇ~」

 「人前で電話するなんて、熱々ですなひ・で・お・く・ん! ははははっ!」

 「大会中に恋愛はまずいんじゃないですかねぇエースさぁん!」

 どうやら最後の鵡川の叫び声は、周囲に聞こえていたようだ。鵡川のやつ、どんだけ大声張り上げているんだ。

 恭平やら、誉やら、中村っちやら、様々な奴から馬鹿にされた。


 文句の一つや二つ言いたいところだが、鵡川に癒されたので今日は許しておこう。


 と思ったけど、やっぱり恭平だけは、きっちり関節技決めて締めておいた。

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