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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
1章 佐倉英雄、二年目の夏
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13話 怪物は一日にして成らず

 「じゃあ英雄。私、バスケやってくるから」

 「おぉ、頑張ってこいよー!」

 しばしの雑談ののち、沙希は自身の競技の為に木陰をあとにする。

 俺はそのまま残り、野球が行われているグラウンドを見つめる。


 「よぉ英雄」

 少しして声をかけられたので、俺は後ろを振り向く。そこにはなんと……。


 「あ、あなたは……平成のエロ機関車さん!?」

 「……何言ってんだお前?」

 俺のつまらんジョークに呆れたように薄ら笑いを浮かべる男。その正体は野球部顧問の佐和先生。

 そうして沙希のように俺の隣に座る。


 「ちょっと距離近いんすけど」

 「これ以上距離空けると俺が日向に出るだろうが。少しは教師に気を遣え」

 理不尽に怒られた。意味わからん。


 「そうやって距離詰めても、俺のガードは緩くなりませんからね!」

 「お前は何様だ」

 ちょっと乙女っぽく胸元を左腕で隠したところで、佐和先生が笑いながら頭を叩いてきた。

 急に叩かれたので、対処できずモロにくらって地味に痛い。

 なんなんだこの人は? 本当に教師なのか? 今の行動を体罰行為だと教育委員会に言ってやろうか?


 「そういや昨日の試合の事だが」

 「ごめん忘れた」

 もちろん冗談だが、嫌な予感しかしないので話に触れさせないようにする。

 だって満面の笑みの佐和先生だぞ? どう見ても俺に不都合な事しか言わなさそうだもん。


 「忘れたじゃ済まさねぇよ。てめぇは昨日、俺の心を動かしてくれたんだからな」

 「……マジで?」

 冗談だろうと言いたい。

 まさか昨日の投球で、バッターから奪三振のみならず、佐和ちゃんのハートを掴み、佐和ちゃんの心を奪ってしまうなんて……。なんて罪深い男なんだ俺は。


 「インコースだろうと、自身の最高のボールを投げようとする度胸。一球一球、気迫のこもったボール。打たれる事を恐れない傲慢不遜な態度。まるで生きているかのように最後までスピードの落ちないストレート。なによりも……マウンドに登った時の、全ての選手の気持ちを背負い投げる姿。どれもが満点だった」

 「なにをご冗談を」

 ストレートは確かに自慢だが、それ以外のものは全てのピッチャーが本来持っているものだ。

 俺から言わしてもらえば、度胸も態度も責任感も、その全てを背負って投げれない奴はピッチャーになるべきじゃないと思う。

 ピッチャーはグラウンドで誰よりも一番高い場所に立っているんだ。誰よりも度胸をもって、誰よりも強気な態度を誇って、誰よりも責任感を背負うものなんだ。それが俺の持論でありピッチャーの姿だと思っている。

佐和先生、揺るがされやすいハートなんですね。わかりますわかります。


 「どうだい佐倉。俺の下で、もう一度野球をやらないか?」

 「ご遠慮しときます」

 佐和ちゃんの誘いは丁寧にお断りをする俺。


 「なんでだ? お前ほどのピッチャーなら、俺が本気を出して指導すれば甲子園でも通用するピッチングが出来るようになると思うぞ?」

 自分の指導力に大層な自信がお持ちのようで。

 俺が言うのもアレだが、そういう発言は色々とフラグになるからな。覚えとけよ佐和。


 「そうっすねぇ。天才は、打たれ弱いですから。一度のミスが後遺症になっちゃうんですよ」

 冗談っぽく弱音を吐いてみる。



 哲也には言ってないが、中学の県大会準決勝の敗戦後、しばらくの間、マウンド恐怖症になっていた。

 そしてマウンド恐怖症が治ったと思ったら、今度はバント処理がまともに出来なくなっていた。


 相手バッターがバントの構えをするだけで、体が強張り、目の焦点が合わなくなる。体が自分の物じゃないと錯覚してしまう。一塁ベースが遠く感じ、冷や汗がドッと吹き出る。

 落ち着けと心の中で言えば言うほど、頭から冷静と言う文字が欠落していく。

 今まで存在していた集中力は霧散し、研ぎ澄まされていた五感は失っていく。

 素早く脈打ち、心臓はバクバクと大きく早いテンポを刻み、呼吸がしづらくなる。

 言葉で言うには難しい状況に陥り、その後の投球もまともにできなくなる。


 そんな情けない自分の姿が嫌で、野球から遠ざかっていた。

 今だって、そんな自分を誰にも見せたくないから、野球を遠ざけようとしている。


 「傷持ちの天才か。漫画に居そうじゃないか。どうだ? 主人公になる気はないか?」

 何言ってんだこいつ?


 「楽観的な男は嫌い」

 「だからてめぇはさっきから何様だ」

 俺の態度に佐和は笑みをこぼしながら、俺の頭をまた軽くはたいた。


 「まぁ俺から言わせれば、お前は天才だが、怪物じゃない。まだ怪物の卵にすらなってない」

 「はい?」

 急に佐和ちゃんが真面目な顔をして、俺を見つめながらそんな言葉を放った。


 「生まれつきの才能を持つ奴が天才。人並み外れた力量を持つ奴が怪物。お前は才能こそ持っているが、人並み外れた力量は持っちゃいない」

 「…………」

 おっしゃる通りだ。俺は天才かもしれないが、怪物じゃない。

 所詮、自分の才能に溺れているだけの人間で、この才能が傷つくのを恐れて逃げているだけの軟弱者だ。


 「……ローマは一日にして成らず」

 「は?」

 急に何を言ってるんだ佐和ちゃんは? 何事も飛躍は良くないぞ。


 「意味知ってるか? 赤点佐倉君?」

 「うっ……」

 にやにや笑いながら聞いてくる佐和ちゃん。

 意味など知らない。そもそも、ことわざなんて「猿も木から落ちる」とか「犬も棒に当たる」とか「君子危うきに近寄らず」ぐらいしか知らん。


 「そりゃあ知ってますよぉ! あ、あれでしょう? ローマは一日じゃ出来ないから、しっかりと毎日頑張りなさい的な感じの奴だったり、そうじゃなかったりする奴でしょう?」

 「おぉ大体正解。お前意味知ってるのかぁ。意外だな」

 意外で悪かったな。適当に言ったんだよクソが。


 「まぁ正確には、大きなことを成し遂げるには、長い年月が必要だって事だ。怪物も同じだ。怪物になるには、長い年月が必要なんだよ」

 「はぁ」

 「だから、お前の今日からの座右の銘は「怪物は一日にして成らず」でどうだい?」

 「はぁ?」

 思わず俺は聞き返していた。

 野球の試合終了の号令が鳴ると同時に、野球の応援をしていた女子どもの黄色い歓声が耳に入った。


 俺の運命は刻一刻と本来あった場所へと戻りつつあった。

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