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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
6章 怪腕夏に唸る
139/324

138話

 翌日、午前中には学校も終わり、放課後グラウンドで練習をおこなう。

 明後日17日には、山田高校の夏の県大会初戦がおこなわれる。

 初戦は日曜日。故に有志による応援団がやってくる。グラウンドでは、最終調整とばかりにブラスバンドの音に合わせて応援団員どもが一糸乱れぬ動きを披露していた。


 そんな中、エースの俺はのんびりとグラウンド周辺を走っている。

 ゆっくり目のペースで走ることも調整メニューの一つだ。

 一方、初戦の先発を任された亮輔と、リリーフの松見はブルペンでボールを投げ込んでいる。その様子を羨ましげに見つつも、自分に与えられたメニューをこなしていく。


 明後日には夏の初戦を迎えるとあって、部員たちはみな真剣な面持ちで練習している…。


 「しゃあぁカモンベイベー!!」

 …いや、真剣な面持ちでは練習していないな。

 試合当日、応援団が応援に来ると知って、かなりやる気を出している馬鹿の恭平が、普段以上にハイテンションでノックを受けている。あの馬鹿、試合前の練習で体力を使い切るんじゃねぇか?

 しかし、恭平が無駄にハイテンションのおかげで、選手たちに緊張感はなく、どこかリラックスしているようにも見える。

 ガチガチに緊張しているよりも、少しリラックスしているほうが、試合前の状態としては最適だろう。リラックスしすぎなのも問題だが。


 俺も別段緊張していない。

 この大会が最後になるかもしれないのに、俺は全然緊張していないな。

 確か中学三年生の時は、最後の大会の開会式の前日なんて、緊張しすぎて眠れなかったはずだ。

 まぁ高校二年になって途中から始めたしな。三年間野球をしている連中よりも気が楽なのかもしれんな。もしくは俺が成長したからか?

 なんにせよ、少しアッサリし過ぎじゃないか、俺?



 一時間ののんびりランニングを終え、佐伯っちとストレッチをする。


 「なぁ英雄」

 「あぁ、なんだい?」

 俺の背中をグイグイ押す佐伯っちが話しかけてくる。


 「城東に勝ったとして、次の相手はどこだと思う?」

 「まだ勝つとは限りませんよ佐伯先生」

 「やけに真面目になったな」

 生真面目な発言をしたら、佐伯っちに呆れられた。一体佐伯っちは俺をどんな目で見ているんだ。

 いや確かに、自分でもこんな発言普段しねーなーと思いながら発言したけども。


 「僕が登板しないので、勝てるとは限りませんからね!」

 「まだ控えスタート根に持ってんのかお前。そういう文句は俺じゃなくて佐和さんに言ってくれ」

 ため息をつく佐伯っち。

 いや根に持ってますよそらぁ。今回の大会最初から最後まで投げる気だったもん。

 いくら相手が格下とはいえ、控えスタートにした佐和ちゃんは絶対に許さないからな。


 「それで、三回戦はどっちが来ると思う?」

 話題を戻した佐伯っち。

 今度は真面目に考えてみる。

 三回戦で当たる学校は四校あった。県大会出場をしている丸島商業(まるしましょうぎょう)明星学院(みょうじょうがくいん)、それから龍獄(りゅうごく)森野(もりの)

 その四校による一回戦二試合は、本日の午前中に両方ともおこなわれ、結果はすでに俺の耳に届いている。

 まず丸島商業と龍獄の試合は、1対0で龍獄が辛勝。明星学院と森野の試合は、8対0で明星学院が七回コールド勝ちを収めている。

 つまり、次の龍獄と明星学院の二回戦の勝者が我が校の相手となる。


 「順当に言えば、明星学院じゃないっすか? 県大会出場だし、初戦コールド勝ちだし」

 「まぁ順当通りだな。俺もそう思った」

 「うわ、順当通りしか考えられないなんて、あなたって、本当につまらない男ね」

 「何様だお前は」

 呆れ笑いしつつも、軽く頭を叩く佐伯っち。

 背中側の平手打ちだったので甘んじて受け止めてしまった。



 佐伯っちとのストレッチも終わった頃、父母会の会長と思われる人物がグラウンドにやって来た。

 白髪交じりの髪と小じわが気になるが、顔は凛々しく、「紳士」と言う言葉が似合いそうなおじ様。あれだスーツとか着こなしちゃう感じのダンディズムを感じる。

 そんな紳士なおじ様は、佐和ちゃんと佐伯っちの首脳陣と話をしている。


 「誰の親父さんかな?」

 恭平とティーバッティングをしながら、そんな会話をする。

 今まで様々な部員の両親を見てきたが、あんな凛々しい素敵なおじ様は初めてだぞ。

 ちなみに俺は、三年生の部員全員と二年生は亮輔、耕平君、西岡の両親は見たことがある。


 三村家の両親は、父親が漁師だったのを覚えている。大輔は小さい頃から、そんな親父さんの仕事を手伝っていた為、あんなパワーを得るに至ったと推測できる。

 一方で弟の耕平君は、おふくろさんの意向で、優しく大人しい子として育てられた為、大輔のような、強靭な肉体にはならなかった代わりに、賢く優しく、家事は何でも出来る子に育ったらしい。耕平君曰く、料理や洗濯など家事はあらかた出来るらしい。今流行りのイクメンって奴だな。

 まっ妹が生まれたせいで、耕平君はそのあと、母には目も向けてもらえなかったそうだ。可哀想な奴だ。

 今では兄弟揃って野球をやっているため、親父さんなんかは、よく練習を見に来ている。たまに佐伯っちから、ノックの仕方なんかを教えてもらっていたりする。



 哲也の両親とは、顔見知りどころか家族に近しい関係だ。

 そりゃ俺や哲也が生まれる前から家族ぐるみで付き合いがあったほどだからな。もう親戚レベルの親しさだ。

 確か哲也の親父は、大学時代、我がパパ上と落語研究部の先輩後輩の関係だったはず。確かうちの親父が後輩だったっけか? 母親のほうは、うちのパパ上の高校時代の野球部のマネージャーだったはず。

 んで、哲也の親父さんは高校時代、陸上部だったらしく、我がママ上は哲也の親父さんと同期。

 我がパパ上にママ上を紹介したのも哲也の親父さん。逆に哲也の母親を紹介したのがパパ上ということだ。

 まぁようするに、哲也とは切っても切れない関係って事だ。



 恭平の両親は、意外な事に母親は弁護士、父親は県内有数の大手企業の専務を勤めてる。かなりのエリートな家庭生まれだ。

 事実、恭平の家でもあるマンションは、県内一番の高級マンション。金持ちの家庭ともいえる。

 何故、そんなエリートな家庭で生まれて、あんな変態に育ってしまったのか。まぁある意味、奴の変態度合いは、変態の中ではエリートだけどさ。その変態の原因は専務の親父さんにある。

 この恭平の親父さん、凄腕の変態だ。前に一度恭平の家に行ったとき、親父さんから数本、とあるビデオを渡された。まぁ大人のビデオだ。息子の友人にそういうビデオを渡そうとする変態なのである。

 父、兄、そして恭平。親子代々の変態遺伝子を持つ、変態一家だった。

 ちなみに親父さんの信念は「事実と虚構は同じではない。だから俺は変態でも、誰も襲わない。それが俺の流儀」らしい。恭平と同じくアホな信念だった。



 亮輔の両親は、中学時代から度々話している。

 母親は、中学時代の野球部の時、よく亮輔を応援にきてたし、父親は遠征とかの際に車を出すような、子供に優しい人だった記憶がある。

 高校になってから、遠征なんかはバスや鉄道になったから、あまり会わなくなったが、春の大会なんかは応援にきていたはずだ。



 中村っちの親父さんは元力士。まぁ関取とかまでは行かなかったが、小結まで行ったとか。

 (まげ)を落とし引退した今では、だいぶ足腰が衰えて、減量に成功し痩せて、とても相撲が出来る体ではないらしいが、体は引き締まってるそうだ。

 山田市内の企業で働きながら、子供相撲のコーチとかをやっているらしい。



 誉の両親は揃って教師。父親は中学校の教師で、母親は小学校の先生。

 誉の親父さんは、俺の中学時代の数学担当の教師だった。ユニークな性格だったのを今でも覚えている。


 鉄平の両親は、山田市内にあるラーメン屋を営んでいる。

 前に一度食べに行ったが、結構美味かった。

 ただ店名が「札幌ラーメン」だ。俺達の県は中国地方にある。このネーミングセンスは一体…。


 西岡の親父さんは、俺の親父の高校時代の後輩。同じく野球部に所属していたらしい。

 あまり会話はしていなかったらしいが、西岡の親父にとって、俺の親父は憧れの存在だったそうだ。

 さすが我が父、学生時代、高校ナンバー1スラッガーと謳われていただけあるな。



 さて、こんな感じで、俺の知る部員の家族について思い出したわけだが、あの素敵紳士は一体誰の親父さんなのだろう?

 俺が知らないとなると、一年生だろうか? うーん、一年生であの素敵紳士から生まれた子供がいるとは思えないな…。


 「おーい英雄! ちょっと来い!」

 素敵紳士と話していた佐和ちゃんが、笑顔で俺を呼び寄せる。

 とりあえず、ここは真面目な生徒を意識して、佐和ちゃんのもとへと向かう。


 「はい!」

 しゃきっと返事をしてみせる。普段はこんな返事をしない。

 そして駆け足で佐和ちゃんのもとへと向かう。


 「すまないね、練習中なのに呼んでしまって」

 彼らのもとに行くなり、素敵紳士は俺に謝り、一度頭を下げる。


 「構いませんよ。むしろ、こんな暑いのに飲み物一つ出せず申し訳ないです!」

 俺は好青年のように笑顔を振りまきながら、普段は言わないような発言をしておく。


 「それで佐和先生。ボクになんかようですか?」

 満面の笑みで佐和ちゃんを見る。

 猫をかぶっている事を知っている佐和ちゃんは、呆れた顔を浮かべていた。


 「お前と話したいらしくてな」

 「そうですか、説明ありがとうございます!」

 普段は言わないような言葉遣いで佐和ちゃんに感謝する。

 佐和ちゃんの引きつった顔を浮かべている。最高だ。そういう表情を見たくて猫かぶってるから、頑張ったかいがあった。


 「礼儀正しいね」

 紳士は素敵な笑みを浮かべながら、俺を褒める。

 俺は笑顔で「いえいえ」と返答する。


 「それで、ボクになにか用ですか?」

 「いやぁ用ってわけじゃないけど、ちょっと噂の英ちゃん君を見てみたくてね」

 紳士はニコッと笑った。

 …は? 英ちゃん君?


 「えーっと…。もしかして、岡倉の親父さん、ですか?」

 「おぉ! よく分かったね。そう、私は岡倉美奈の父の岡倉輝政(おかくらてるまさ)です。よろしくね英ちゃん君」

 素敵な笑顔を浮かべる岡倉の親父さん。

 手を差し出されたので、俺は握り返した。


 「しっかし、娘の話よりもずいぶんと男前じゃないか」

 「あはは…。その、岡倉は、なんて言ってました?」

 嫌な予感が、俺の脳内をF1の車のようにサーキットしまくる。


 「あぁ、美奈がな、英ちゃん格好良い! とか、将来はお嫁さんにしてもらうー! って言ってたよ」

 「あはは…」

 なに両親の前で、そんな事言ってんだあいつ。


 「英ちゃん君には頑張って、美奈を甲子園に連れて行って欲しい。よろしく頼むよ」

 「あ、はい。それはお任せ下さい。甲子園どころか、全国の頂まで連れて行きますよ」

 ここだけは猫をかぶることなく、強気発言をしておく。

 それを聞いて岡倉の親父さんは嬉しそうに笑った。


 「美奈の父として、父母会の会長として、甲子園優勝を楽しみしているよ」

 紳士スマイルを浮かべる岡倉の父親。

 何故岡倉は、こんなダンディズム溢れる素敵紳士の娘なのに、あそこまでアホの子になってしまったのだろうか? 本当にこのおじ様の娘なのか?

 っと思ったけど、岡倉の親父さんの笑顔は、明るく優しく、どことなく岡倉の笑顔を彷彿とさせた。やはり岡倉とこの人は親子なんだな。笑顔がそっくりだ。


 「それじゃあそろそろ僕は帰るよ」

 「あぁ、はい。あの娘さんには会っていかないんですか?」

 「うん。さすがに人前で娘に抱きつかれては、たまったものじゃないからね」

 そう言ってハハッと笑う親父さん。つられて俺も笑った。

 岡倉の奴、親父にも抱きついてるのかよ…。


 岡倉の親父さんは、このあと一度佐和ちゃんと佐伯っちに挨拶をしてから、岡倉に会う前に立ち去った。

 親父さんが立ち去ってから十数分後、キャラメルアイスを買ってきた岡倉。

 あいつには、もう少し親父さんの持っていた配慮を分けてやりたいと、心の底から思った瞬間だった。

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