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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
6章 怪腕夏に唸る
138/324

137話

 夜、時刻は9時半を過ぎた。

 10時には消灯と決まりがあるため、テレビを見ていた部員たちもゾロゾロと就寝する準備を始めた。

 そんな中、俺は何一つアクションを起こすことなくテレビを見続ける。


 「英雄も早く歯を磨いたほうが良いんじゃないの?」

 歯ブラシで歯を磨きながら、哲也が声をかけてきた。


 「いや、今日は熱闘高校野球を見てからにするよ」

 今日は県内五つの球場で一回戦11試合がおこなわれた。

 俺が気にしている試合は、その11の中で唯一つ。


 「斎京学館の試合は早めに見ておきたいんだ」

 「…そっか」

 俺が理由を述べると、哲也は察したように頷いた。

 規則に厳しい哲也も今回ばかりは見逃してくれるようだ。

 この後、何も言わず哲也は寝床へと向かっていった。


 時計の針は刻一刻と10時へと進んでいく。



 「おいおい英雄、消灯時間だぞ? 早く寝ろ。合宿所では早寝早起きが基本だぞ」

 「あっ? あぁ佐和ちゃんかぁ」

 ふと後ろから声をかけられたので、振り向くとそこにはパジャマ姿の佐和ちゃんが居た。

 手には2つの缶コーヒー。1つを俺に投げ渡した。


 「早く寝ろって言う割には、コーヒー渡すのな」

 「うっせ、俺の趣味だ」

 などと佐和ちゃんは言いながら、俺の隣に座る。

 そして指をプルタブにかけて、缶コーヒーを開け、一口すすった。俺も缶コーヒーの口を開けて一口すする。缶コーヒー独特の甘みあるコーヒーの味が口に広がった。


 「ってか佐和ちゃん、なんだそのパジャマは? 乙女か?」

 もう一つ疑問をぶつけておく。

 佐和ちゃんの着ているパジャマ。模様がデフォルメされた猫の顔が無数に散乱しているもの。どう見ても30過ぎた野郎が着るものじゃない。


 「姪っ子からのプレゼントだ。文句あるか?」

 「いや、文句しかねぇーよ」

 キッと睨みつける佐和ちゃんにたじろぐ事はせず、容赦なく意見をぶつける。

 それを聞いて佐和ちゃんは苦笑い。


 「うるせぇ、こっちは俺の趣味じゃねーよ」

 苦笑いを浮かべながら佐和ちゃんは缶コーヒーをすすった。


 テレビでは、何気ないニュース番組が流れている。

 時刻は9時56分。あと4分後には熱闘高校野球が始まる。


 「それにしても、斎京学館と丸野港南が初戦でぶつかるか。驚きだな」

 「まったくだ。三強同士が初戦でかち合う時代が来るとはな。」

 佐和ちゃんの言葉に同意しながら缶コーヒーを飲む。



 ――現在、我が県は三強の時代だ。


 俺が小学生だった頃から、我が県の夏の高校野球事情はそうだった。

 丸野港南、酒敷商業、そして斎京学館。この三校が常に甲子園の座を回しあっている状態が続いている。

 確か、俺が生まれてすぐ、まだ1歳や2歳の頃に、丘城東工業が夏の甲子園に出てからは、夏の甲子園に出場する学校は決まってこの三校となった。

 選抜甲子園でも三強以外が最後に出たのは俺が11歳の時の、城東高校。以降は今年の春、理大付属が代表に選ばれるまで、三強と呼ばれる三校が独占していた。


 古豪は名家復興とばかりに、勝つ為に良い選手を集め、中堅校は県内ベスト4を狙う。弱小校は、ただただ三強の前に打ちひしがれた。


 中学時代に実績を残した選手は、甲子園を求め三強のどこかに入学する者も居れば、古豪に入学し、打倒三強を掲げる者も居る。


 だからこそ、数年前の山田高校野球部、第二期黄金時代の時は、山田市内が大騒ぎだったのだ。今でも覚えている。たかが決勝進出しただけなのに、商店街に「決勝進出!」ののぼりが上がり、優勝セールをやるとか言い出したりもしていた。

 なんて言ったって、二回戦でAシードの酒敷商業を破り、準決勝で斎京学館を破ったのだ。

 まぁ決勝で丸野港南に僅差で敗れたんだけどね。



 三強がここまで独占しているのには理由がある。


 まずは丸野港南。ここは公立校ながら、体育科と言う学科を設け、授業と称した練習をおこなうなど、練習時間を増大させている。

 練習量ならば、三強どころか県内トップの量だろう。その練習量が三強の一角に君臨するもっともな理由だろう。


 続いて酒敷商業。古くからボーイズやリトルシニアなど、中学のクラブチームと太いパイプを持っており、県内の有力な中学生の多くはここに入学する。というか、とりあえず将来有望の選手には手当たり次第手をつけている。

 その為、毎年部員数は県内トップの数を誇っている。そんな中で競わせて優れた選手を選び出すんだ。もうアレだ。一種の蠱毒(こどく)に近いレベルの奴だ。

 丸野港南が練習量ならば、酒敷商業は部員数と言ったところか。


 そして最後、斎京学館。

 三強の中でも、一番人気の高校。

 まず名前が格好よすぎる。だって「さいきょうがっかん」だぜ? もう名前からして最強じゃん。


 しかも、私立の強みを生かした十分すぎる練習環境。

 野球部は全寮制で、その寮は校舎よりもデカく、さらには専用球場も有り、室内練習場からトレーニングルームまであるなど、かゆいところまで手に届く設備。

 過去に何度も甲子園に出場している監督を招聘し、コーチを数名雇っている。まさに金にものを言わせる戦術だ。

 さらに入部できる部員数も決まっている。確か一学年20人が最大だったはずだ。その為、推薦が来なければ、入学しても野球部に入部できないらしい。

 前二校が量ならば、斎京学館は質と言うところか。


 そんな環境だ。現在までに多くのプロ野球選手を輩出している。

 プロでも活躍している選手も少なくない。

 

 そういう学校で、四番でキャプテンを任される良ちん…さすがと言った所か。

 でも、その良ちんから中学時代に全打席三振を奪った俺…さすがとしか言い様がないな。


 まぁ(わたくし)みたいな天才は、中学のときに三強の学校全てから推薦が来ましたよ。是非うちに来てくれと言われましたよ。まぁ全て断りましたけどね。

 だって、そんな強い所でレギュラー争いするなんて、アホみたいじゃん。


 お前らは敵と戦うわけで、なんで仲間と戦ってるんだよ! っとツッコみたくなる。

 練習を見学した際、どの学校も部員どもが他の部員に殺気めいた敵意を向けていた。そういう空気を肌で感じて、俺は入学する気が失せた。


 のほほんと野球をしたい俺にとってみれば、あんな刺すか刺されるか殺伐とした環境で、野球などしたくない。

 チームプレイが好きだし、やっぱり部員とは野球だけではなく、下の話題とか恋愛話とか、そういう何気ない会話でも盛り上がりたいしな。

 そういう意味では、山田高校の野球部の空気感はとても好きだ。俺の肌に合っている。


 

 ≪こんばんわ!≫

 気づけば、時刻は10時を迎え熱闘高校野球が始まった。

 司会の中岡さんと宮部さんが映る。相変わらず二人共エロいな。


 「…佐和ちゃん、どっちが好みだ?」

 「なんでお前にそんな事言わないといけない?」

 呆れた様子の佐和ちゃん。

 ってかため息つかれた。



 番組は早速、斎京学館の話題へと映る。

 本日11試合の中で取り上げられたのはやはり斎京学館か。


 ≪昨年の夏、甲子園で四番として活躍した鵡川良平君。甲子園の後、新チームのキャプテンも任されました。しかし四番で同時にキャプテンとなった鵡川君に、苦悩が訪れます≫

 本を読んでるかのように宮部さんが話し始める。

 映像は斎京学館のグラウンドでバッティング練習をする良ちんの姿が流れている。


 ≪昨年の秋の県大会では、決勝で理大付属高校に僅差で敗れました。地方大会に出場しても初戦敗退。決勝、地方大会初戦、鵡川君はどちらも無安打で終わりました。

 ひと冬越して春の県大会を迎えても、鵡川君のバットから快音が鳴ることはなく、無安打で敗れました≫

 良ちんって、キャプテンになってから不調だったのか。

 確かにキャプテンになると、部員まとめたりしないとだし、面倒事増えそうだしな。だから俺はキャプテンやりたくないんだ。もうちょい自由に野球やりたいもん。


 ≪しかし監督の宮路さんは、鵡川君を四番で使い続けました≫

 映像は良ちんから、監督へと移る。


 ≪人間である以上、不調は必ずある。だが、いつまでも不調なわけがない。良平は今調子を落としているが、あいつならきっと立ち直るはず。こう期待している以上、四番から外すつもりはないですよ≫

 画面にグラウンドで撮影されたであろう宮路監督の姿と、後ろで練習する選手達。

 白髪頭にしわだらけの顔。ふと見せる笑みは好々爺の雰囲気を感じられるが、眼光はギラギラとしていて、勝負師の目と言う言葉が一番しっくりきた。経歴は知らずとも、多くの激戦をくぐってきた事は容易に想像できた。


 さすが斎京学館の監督と言った所か。この人は、只者じゃない。


 ≪四番として使い続けてくれる監督や、自分を信じてくれるチームメイトの為に、今年の夏は必ず打ちます!≫

 良ちんの声と日焼けした顔が映像として流れた。

 決意のこもった声と精悍な顔つき。映像に映る目からは並々ならぬ闘志が感じられ、この良ちんを見たら、野球を知らない奴でも気圧されるだろう。


 ≪そう力強く答えた鵡川君。今日の試合では活躍したのでしょうか!≫

 中岡さんの声と共に映像は試合へと映る。

 斎京学館対丸野港南。三強同士が初戦でぶつかるという、高校野球ファンのおじさま方なら卒倒ものの注目カード。


 ≪先手を取ったのは丸野港南。初回に一番村島君がフォアボールで出塁後、二番石沢君の送りバントで、一死二塁。その後三番の飯塚君がファーストフライで終わった後の四番中島君!≫

 打席に入る中島信吾。我がメル友だ。


 テレビの音声から鳴り響く金属バットの快音と共に、画面の向こうの打球は空高く上がっていく。


 ≪この打球が右中間を破る先制タイムリーヒットとなります!!≫

 中岡さんの嬉しそうな明るい声。

 この声を隣で聞きながら野球観戦したら、さぞ楽しいのだろうな。中岡さんの彼氏は羨ましいな。


 ≪対する斎京学館も反撃したい所ですが、丸野港南先発の阿部君の前に、ヒットこそ打つも得点につながりません≫

 映像はランナー二三塁や、三塁のチャンス場面で、次々と打ち損じていく斎京学館打線の貧弱さを垂れ流す。

 相変わらず斎京学館は、投打が噛み合っていないな。


 ≪鵡川君も、チャンスの場面で打席に入るも、打てません…≫

 中岡さんの残念そう声。臨場感があるよな。

 画面の向こうで見送り三振になり、悔しそうな顔をして、ベンチへと戻っていく良ちんの姿。


 ≪1対0で迎えた最終回、斎京学館はツーアウトながら、ランナー二塁のチャンスで、打席には四番の鵡川君が入ります≫

 ランナーを映してから、打席へと入る良ちんが映される。

 最終回と言う場面で、同点のチャンスに打席に入れる良ちん。

 良ちんには、チャンスの場面で打席に入れる強運があるのかもしれない。


 ≪阿部君の投じた初球でした≫

 中岡さんの声はフェードアウトしていき、逆に実況中継時の音声フェードインしていく。


 ≪さぁツーアウトながら二塁! 港南阿部、ここが正念場です!≫

 実況の男性の声が試合を克明に伝える。

 音声は斎京学館のブラスバンド部の演奏と、応援が流れる。


 阿部の良ちんへと第一投…。

 映像の向こうで、去年の夏に見た良ちんのスイングが映し出された。


 カキィィィィィィン!!!!


 金属バットの快音が鼓膜に反響した。

 その音は、魂すらも震わせるような快音。

 この一発にスタンドは沸き、実況の声も大きくなった。


 ≪鵡川初球を捉えたぁ! これは大きいぞ!? 打球はぐんぐん伸びてー! 伸びてー!! 入ったぁ!!! 入りました!!! 逆転のツーラン! 逆転のツーランホームラン!! 不調にあえぐ四番の一振りで斎京学館逆転!! ダイヤモンドを回りながら鵡川、ガッツポーズを浮かべたぁぁぁ!!!≫

 実況もこの一発には大興奮のようだ。

 声を張り上げて、良ちんの一発の衝撃を視聴者に伝えようとしている。

 そんな声を耳にしながら、俺はさっきほど映った良ちんのスイングを思い出した。


 完璧という言葉が相応しいスイングだった。

 プロ野球でもあんなスイング、中々お目にかかれないぞ? それぐらいお手本にしたいぐらいのスイングだった。


 さらに打球も凄かった。

 大振りにならず、コンパクトに打ち抜かれた打球は、ライナーでレフトスタンドに飛び込んだ。いや、飛び込むというよりは突き刺さるという言葉の方が、イメージしやすいか。

 そんな一発を、ここぞというこの場面でぶちかます良ちん。とんでもない精神力と技術力を持ってるな。


 「ハハッ…」

 思わず笑っていた。そうだ…昨年の夏の時と同じだ。

 鵡川良平という男のスイングを見たからこそ、今の俺がここにいる。

 あいつを三振に取れるのは俺だけだと感じさせるバッティングをみせた、あの夏。

 そうだ。こういうバッティングをしてくれなきゃ、つまらない。鵡川良平は俺が認めた俺が潰すべき相手だ。この程度で敗れてもらっては困る。


 ≪試合はその後、斎京学館が、さらにもう1点追加点を入れてゲームセット。3対1で斎京学館が強豪丸野港南高校を下し、二回戦に突破しました!≫

 中岡さんの声を聞きながら、胸に感じる倒したいと言う欲求を抑える。

 先ほどのバッティングを続けられるなら、鵡川良平は絶対に決勝戦に来るはずだ。


 「負けねぇ…」

 誰に宣言した訳でもなく、一人そんな事を呟いた。


 「あぁ、負けられないな」

 佐和ちゃんが俺の声に反応した。佐和ちゃんも笑っている。

 まるで好敵手を見つけたように嬉しそうにしている。


 決勝戦まで四回勝つ必要がある。

 とりあえずは三日後の城東高校との試合。これを勝って、勢いをつけたい所だ。

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