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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
6章 怪腕夏に唸る
137/324

136話

 朝、俺は普段より早めに起床して、6時半にはテレビの前に座っていた。

 昨日の夜に放送された熱闘高校野球の再放送を見るためだ。

 俺の他に起きているのは数名。三年生は哲也と龍ヶ崎と誉。二年生は亮輔と耕平君と片井。一年生は松見と秀平、里田だ。

 7時には起床時刻だし、もう少し経てばゾロゾロとやってくるだろう。


 そして番組が始まった。

 大仰なサウンドと昨夏の県大会の見所を編集した映像が流れ、キラリと輝いて「熱闘高校野球」の文字が中央に現れた。

 相変わらず、どこか安っぽいオープニング映像だ。


 ≪皆さんこんにちわ!≫

 そうしてスタジオへと映像が映る。

 二人の女性が中央に経っており、両方とも素敵な作り笑いを浮かべている。


 ≪今年も高校球児の暑い夏が始まりました! この番組では、高校球児達の暑い夏を余すところなくお送りする番組です! 司会は私、中岡絵里と…≫

 ≪宮部春海がお送りします!≫

 中々可愛いアナウンサーの、毎年恒例のお約束みたいな言葉を言い終え、開会式の模様がテレビの画面に映し出された。

 中岡さんは胸がデカく、宮部さんはスカートからスッと出ている脚が綺麗だ。なんとも良い人選だ。個人的には中岡さんが好みだ。

 …しかし、高校球児が主役の番組なのに、なんで俺は司会の女子アナに興味を示しているんだ…。


 「宮部さん脚エロいな」

 隣で見ていた誉が呟いている。

 良かった。女子アナに興味示してるの俺だけじゃなくて良かった。



 番組は早速、昨日おこなわれた開会式の様子を映し出す。

 開会式前に注目校のキャプテン達に意気込みを聞いていたらしい。


 ≪三連覇して甲子園を狙えるように頑張ります!≫

 まずは斎京学館キャプテンの良ちん。

 画面の向こうにいる、良ちんの表情は引き締まっている。気合充分と言ったところか。


 ≪春夏甲子園出場できるように、全力で優勝を狙います!≫

 続いてはセンバツ甲子園出場校の理大付属のキャプテンさん。

 …頭がツルッツルッのハゲだ。やばい、この髪型の時点で相当な意気込みを感じられるぞ。


 ≪えっと…中国大会を制したので、この勢いで甲子園出場を狙います…≫

 画面の向こうでは、我が校のユニフォームを着て、少し照れ気味に話す男の姿。

 なんだこのナヨナヨした野郎は? こいつはキャプテンに向いてないな。前の2人みたいな意気込みを見せろ!


 …あれ? 我が校のユニフォーム?


 「哲也かよ!」

 思わずツッコミをしてしまった。

 一緒に見ている哲也へと視線を向けた。すげぇ恥ずかしそうにしてる。


 「…ごめん」

 「お前なぁ、もうちょいキャプテンらしくしろよなぁ…」

 相変わらず試合以外では頼りにならない男だな哲也は。

 ただキャッチャーマスクを被った時の哲也は、マジで頼りになるしあの状態なら、キャプテンにふさわしい男だろう。


 そして開会式が始まり、行進していく選手達が映されていく。

 そして山田高校の行進。一糸乱れぬ行進をしている…と思いきや、恭平の馬鹿がワンテンポ遅れて動いている。なにやってんだあいつは…。


 んでその後、開会式の流れをある程度、放送した後、画面はスタジオを映した。

 胸のでかい中岡さんと脚のエロい宮部さん二人のガールズ対談の後、CMを挟んで、今日の試合結果を放送する事になった。


 CM明け、最初の試合は関東学園と尾坂のゲーム。

 試合前の話題として関東学園のエースが静岡から越境入学していることを触れる。ホームシックになったとか、そういう話題の後、試合をダイジェストで放送していく。

 これが終わると、続いて第二試合の丘城大宮と浅井農業の試合をダイジェストで放送していく。結果は6対1で丘城大宮の勝利。

 あとは酒敷市営と県営丘城でおこなわれた試合を結果のみと口頭で簡潔に試合展開を伝えて終わり。


 そうして時刻が7時が終わる頃には放送終了。

 数年前まで1時間番組だったが、ここ数年は30分番組になったな。言うほど視聴率が取れないのだろうか?

 なんにせよ再放送は終わり。気づけば大広間には寝ていた部員たちが起きて集まってきており、もうまもなく朝食を迎える。



 岡倉の作った生焼けの目玉焼きを食し、半ナマのウインナーをかじり、学校へと登校する。

 今日は平日だが、授業という授業はない。先日期末テストを終え、テスト返却も終わり、今日は大掃除のみで午前中で学校は終わりだ。

 ちなみに恭平は8科目中7科目が赤点。夏休みの補習は、大会が始まる前に終わらせている。大会前という事で佐和ちゃんは「試合に負けた翌日にスーパーミラクルハイパー佐和スペシャルDX版をやるからな」と恭平に忠告していた。

 おかげで恭平は、今まで以上に大会に向けて頑張っている。先に勉強を頑張れよ恭平。


 ちなみに俺は赤点は一つもなかった。それもそのはず、俺には鵡川と言う最強のティーチャーがいるからな。

 彼女と勉強すれば、間違いなく赤点は回避できる。


 佐伯っちは今日は有休を使って、斎京学館と丸野港南の試合の偵察に向かっている。

 仕事を放棄してまでそんな事をやるとは…佐伯っちも中々の野球好きと見た。



 「あっ佐倉君!」

 「おぅ鵡川か」

 休み時間に一階にある自動販売機で飲み物を買っていると、鵡川と遭遇した。


 「今日、斎京学館は試合だな」

 「うん! 良平ならきっと勝つよ!」

 姉ちゃん贔屓なのか、即答では勝つと言う鵡川。

 ちょっとドヤ顔してるの可愛いな。相変わらずあざとい奴め。


 「そうか。まぁ良ちんと戦うって約束したしな」

 「良平も佐倉君と戦いたがってたよ」

 鵡川の誕生日会のときに良ちんと話したことを思い出した。

 負けなければいずれぶつかる。絶対に負けられない。


 「そういえば佐倉君の初戦って…確か17日だよね?」

 「あぁそうだよ。17日の丘城スタジアムの一試合目」

 第二試合目は昨日勝利したBシード関東学園と、丘城高校と丘城商大付属の勝者。第三試合はAシード理大付属と、昨日勝利した丘城大宮の試合となる。


 「そうだよね…。その応援に行くね!」

 そういって朗らかに笑う鵡川。相変わらず可愛い笑顔をしてくれやがるなこの野郎。

 マジであざとい。あざといぞ鵡川。そうやって幾人の男を切り落としたんだろう!? 知ってるんだからな! 絶対に俺は落ちてやらんぞ!


 「…お、おぅ」

 何故かぎこちない返事をする俺。自分が思っている以上に今の鵡川の笑顔の衝撃はデカかったようだ。


 「あっ! あと…その…もし良かったら」

 そう鵡川は、ポケットから何かを取り出すと、その何かを手渡してきた。

 俺はそれを受け取ってから、その何かを見る。どうやらお守りのようだ。


 「お守り?」

 普通のお守りの形をしているが、お守りの真ん中に硬球の絵が縫われている。

 手作り感満載のお守り。


 「うん、必勝祈願のお守り。手作りなんだけど…変…かな?」

 「いいや、変じゃないけどさ。なんでまた…」

 良ちんに渡すならまだしも、俺に渡す理由はあるのだろうか?

 岡倉や志田後輩なら分かるし、沙希や百合でも分かる。だが鵡川が俺に渡す理由が分からない。こいつ、俺のこと好きじゃねぇだろうに。


 「その…佐倉君には勝って欲しいしから…」

 そう頬を赤らめながら、モジモジしながら言う鵡川。

 なんなんだこいつ? マジでなんなんだよ!! 萌え製造機なのかよ!? 可愛すぎんだろう! 萌え死ぬ! マジで萌え死ぬから!

 今すぐジタバタしたい衝動にかられつつも、平静を装って口を開く。


 「そ、そそうか。で、ででもこう言うのは良ちんに作ったほうが喜ぶと思うけどなぁ」

 めっちゃ噛み噛みの俺。情けない。

 クッソ! 顔が熱い。なんで照れてるんだ俺!?


 「良平の分もしっかりと作ったよ。…だけど、佐倉君のほうを最初に作ったから…」

 などと言う鵡川。だからそう頬を赤くしながら視線を逸らすな鵡川! 可愛いから! そういう仕草されると男は喜んじゃうから!!

 またも顔が熱くなる。ダメだ可愛すぎる。さすが学年最強の男キラー。男を喜ばすツボを無意識に押しちゃうタイプか。

 可愛すぎて怖いぞ鵡川。お前はまさに男キラーの名に相応しい乙女だ。



 「あ! 英雄!」

 鵡川と別れたあと、今度は百合とエンカウントした。


 「おう百合か」

 「昨日から大会始まったんでしょ? だから、これ」

 そういって彼女が見せてきたのはお守り。しかも手作りだ。

 また手作りのお守りか。


 「春の大会でもらった奴あるんだけど?」

 「あれは春用! こっちは夏用だから!」

 百合は冗談ぽく微笑んでいる。

 なんだその服みたいな気軽な感じは。お守りってそういうものなのか?


 「まぁいいや。ありがとう」

 「うん! 頑張って!」

 なんにせよお守りを作ってくれたんだ。素直に受け取ろう。



 教室に戻り、恭平たちと駄弁る。


 「失礼しまーす!」

 そんな教室に響き渡る聞き慣れた声。

 出入り口へと視線を向ける千春だ。その隣には美咲ちゃんもいる。


 「あぁ!? 千春ちゃん!?」

 隣に座っていた恭平が叫ぶ。

 思わず耳を押さえた。


 「うるせぇ! 耳元で叫ぶな馬鹿!」

 恭平の頭を殴る。変な声をあげると悶絶し始めた。よし、これでしばらくは静かになるだろう。

 そんな俺らを千春はどこか呆れた様子で見ながら、こちらに近づいてきた。


 「お兄ちゃん、美咲ちゃんが渡したいものあるんだけど」

 「なんだ?」

 千春の隣に立つ美咲ちゃんへと視線を向ける。

 目が合うなり肩をびくりとさせる美咲ちゃん。まるで小動物みたいだ。年下好きならグッとくる感じだろうか?


 「あ、えっと…」

 視線をキョロキョロしながら顔を赤くさせていく美咲ちゃん。そんな彼女を後押しするように千春がバシバシ背中を叩いている。

 十数秒後、美咲ちゃんが手を差し出してきた。

 彼女の手の上には、硬球の刺繍が綺麗になされた布袋が置かれていた。すなわちお守り。


 またか。また手作りのお守りなのか? なんだ? 最近女子の間で手作りのお守りを作るのがブームなのか?

 ってか、どんだけ俺手作りのお守り渡されてるんだ? 俺のポケットには鵡川と百合が作ったお守りもあるんだぞ?

 思わず出そうになったため息を堪える。さすがにここでため息はまずい。


 「わお! 手作りのお守り? ありがとう!」

 まるで生まれて初めて手作りのお守りをもらったみたいな反応をしてみせる俺。

 美咲ちゃんは顔を真っ赤にさせながらも嬉しそうに笑っている。

 ふと彼女の隣に立つ千春を見る。なんか先程より顔が赤い。後ろ手に組み、モジモジしている。…この反応は…。


 「あ、あと…嘉村先輩…私からも…」

 待て、お前は何を言っているんだ?

 頭を押さえて悶絶していた恭平が顔をあげた。


 「その…別に嘉村先輩のためじゃないんですけど、どーせ嘉村先輩の事だからねだってくると思って…その…」

 待て、やめろ千春。

 後ろ手に組んでいた手を解き、右手を恭平に差し出した。


 「…別に嘉村先輩のためじゃないですけど!」

 千春の手には手作りのお守りが乗っかっていた。

 我が妹よ。お兄ちゃんの前で何をやっているんだい? なんだ? この複雑な気分は…。


 「ありがとう千春ちゃん! 千春ちゃんのお守りがあるなら、俺はどんな相手でも勝てるよ!」

 しかも恭平は爽やかな笑顔を浮かべている。

 お前、そこはお守りよりも千春の手に興味示せよ! エロい手つきで千春の手を触って嫌悪されろよ! なんでそこで爽やかなイケメンぶってんだよテメェ!!


 「…っ!」

 千春は恭平の顔を見るなり、声を押し殺し、顔を一気に真っ赤にさせた。

 馬鹿野郎、なんでときめいてんだよお前! 俺の妹だろうが! そこは平手打ちかませよ! お守り持ってるその手で恭平の頬をビンタしろよ!

 あぁ、なんだよクソ! なんで親友と妹のイチャイチャしているところを目の前で見させられなきゃいけないんだよ!


 「べ、別に嘉村先輩のために作ったわけじゃないですから!」

 千春、お前は何回それを言うんだ。

 もうダメだ。俺は顔に手を当てて、天を仰いだ。 


 なんでだろう? どうしてこうなった…。

 

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