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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
1章 佐倉英雄、二年目の夏
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12話 山口沙希という女友達

 城東高校との試合から一夜明けた。

 今日は我が校の伝統行事である球技大会。

 とにかく行事イベントは、全国ナンバー1を目指すとかふざけた事言ってる校長のおかげで、我が校の行事は色々とビッグイベントと化している。

 この球技大会も、体育祭、文化祭と並んで年間行事の大きなイベントの一つとなりつつある。

 そんなイベントだ。俺も久しぶりに羽目を外してクラスの友人たちと楽しんでいる……。


 「わけねぇだろクソが」

 悪態ついて深い溜息を吐く。

 なんでまた、こんなクソ暑い時期に外で野球なんかせにゃいかんのだ。

 しかも昨日野球やったし、ボコボコにされたし。なんで昨日の今日なのに野球しないといけないんだ。


 グラウンドの端っこに一本だけ生えているソメイヨシノの木の下で、俺は遠くに見える学友たちへと視線を向けた。

 今現在、別のクラス同士での野球が行われている。どうやら恭平のいるクラスが登場しているらしく、先程から恭平のやかましい声が耳に入る。

 だが、そんな恭平のやかましい声すらも霞ませるほど、セミの鳴き声がうるさい。遠くの青空にはモクモクした白い雲が点在している。


 夏だ。まごうことなき夏だ。

 昨日今日と梅雨とは思えない暑さが続く。まだ梅雨明け予報まで数日あるというのに、少しばかり早い夏の訪れといったところだろうか。


 「だが、この程度で俺の眠気は抑えられまい」

 夏の暑さも、グラウンドの喧騒も、セミの鳴き声も、睡魔に誘惑されている今の俺じゃ、ただの眠気を増長させる舞台装置にすぎなかった。

 ソメイヨシノの下に広がる芝生に寝転がる。ほんのりチクチクするが、ふんわりしていて寝心地はまぁまぁ良い。頭の後ろで手を組み、目をつぶる。

 時折、木陰に吹く風が、今まで限界の中耐えてくれていた意識を奪い去っていく。まもなく俺は睡魔の世界へと誘われるだろう。

 やっぱり……夏は…………こうじゃないと…………な……。



 …………



 「起きろ英雄!」

 腹部に踏まれる衝撃と女子特有の高いソプラノの声でたたき起こされる。

 こんな乱暴な起こし方をする女子は、間違いなく奴だ。

 目を開けると、案の定、俺を見下ろす沙希。呆れた表情を浮かべている。俺が見上げる形だが7

彼女は体操着姿。ラッキーパンチラとはいかなかった。


 「あの(わたくし)、そういう趣味はありませんので、こういうプレイはちょっと……」

 「プレイじゃないから! 早く起きなさいよ!!」

 プレイと言う言葉に顔を真っ赤にさせて過敏に反応する沙希。ふふっ淫乱め。まぁ俺には勝てないがな。

 仕方なく起き上がる。視界の先には、先ほど同様ベースボールを楽しむ同級生の姿があった。相変わらず恭平のクラスが試合中のようで、ベンチにいる恭平のやかましい声が寝ぼけた頭に響く。


 「哲也から聞いたけど、昨日の試合残念だったね」

 沙希が俺の隣に座りながら、残念そうな声で呟いた。

 昨日の試合は、結局点差は覆らず2対13で敗北。昨年の夏と同様、五回コールドで初戦敗退だ。

 めちゃくちゃ打ち込まれた龍ヶ崎は登校している。だが遠目で見ても不機嫌そう。おかげで龍ヶ崎のクラスは、どこかギクシャクしてる。なんというKY。空気を読め龍ヶ崎。


 「昨日の試合は負けて当然だよ。あの戦力じゃ勝てっこないって」

 むしろ勝ってしまうほうが常識外れだろう。

 龍ヶ崎、大輔あたりのバッティングは、相手ピッチャーに通用していたが、ほかの選手は全然通用していなかった。まぁ今の佐和ちゃんの練習程度じゃ、来夏も通用なんかしないだろうけど。


 「もし英雄が初回から投げてたら、試合は勝ってた?」

 俺の顔を覗き込んでくる沙希。

 何を言ってるんだこいつは? 勝負の世界に「~たら」とか「~れば」なんつうのは通用しないというのに。

 だが、ここはマジレスせず答えてしまおう。


 「決まってんだろ? 完全試合しちまうよ」

 「……呆れた。前はそんな事もう言わないって言ってたのに」

 「いやぁ昨日のピッチングで、改めて俺の才気ってやつに気づいちまってなぁ。やっぱり俺は天才だ!」

 「またそれ。過信しすぎだよ英雄は」

 呆れたような顔を浮かべて切り返してくる沙希。

 過信などではない。俺は天才だ。中学の頃だって、チームにもう少し打撃力があれば、全国優勝だって不可能じゃなかったと今でも思う事はある。


 「そういえば中学の時出会った頃も、英雄、自分の事天才って言ってたよね」

 「……なんだそれ? 知らんな」

 嘘をついていた。本当は忘れていない。中学のときから何にも変わっていない自分が恥ずかしくなったから、つい嘘をついてしまった。

 こんな事言われたら、嫌でも沙希と出会った頃を思い出す。あれはそう二年前、中学三年生の春だった。


 俺と哲也は生まれる前から両親同士で仲が良く、当然、物心つく前から一緒にいて、幼稚園、小学校、中学校と同じ。

 しかもリトルリーグに入る前からバッテリーを組んでいたから、本当に兄弟に近い存在だった。ってか、本当の兄弟よりも兄弟っぽかった。

 そんな俺ら二人の仲に、この山口沙希が入ってきたのが始まりだった。

 今から語るのは俺と哲也と沙希の出会い……。



 ―ねぇ! 私も仲間に入れてよ!


 中学校三年生に上がったばかりの四月、同じクラスになって、前からの知り合いや、新しく知り合ったクラスの男子と親睦深めようと、校内鬼ごっこ(職員室有り)を昼休みにしようとした時に、一人の女子がそう言った。

 それが山口沙希。中三になって、初めて同じクラスになったから、名前も知らなかった俺だったが、クラスの男子から人気があった彼女は、仲間に入り一緒に校内鬼ごっこに参加した。

 最初の出会いはそんな感じ。

 んで俺と哲也と仲良くなったのは数日後、まぁきっかけは素晴らしくくだらない物だったがな。


 ―男の友情を美術の題材にしたいから手伝って!


 幼稚園に入る前からの親友だった俺らを題材に、山口沙希は美術室でスケッチをした。

 凄く懐かしい。放課後、練習を終えた俺らは、夕暮れの美術室に向かったんだったなぁ……。



 ……………………



 「なぁ、男二人が肩組んで並んでるだけなら、俺らが題材じゃなくても良くないか?」

 哲也と肩を組みつつ、目の前で絵を描く山口沙希に文句を垂れた。


 「うるさい! 佐倉は題材なんだから黙ってて!」

 なんだこの女! たいして仲良くない男にそんな事言うのかよ!

 哲也はやる気満々で笑顔だしよぉ! なんで作り笑いなんかしないといけないんだよ!

 俺はこの後、家に帰って8kmのランニングをして、晩飯前までに筋トレこなして、一風呂(ひとっぷろ)浴びないといけないんだが?


 「そういえばさぁ、佐倉って野球上手いよね?」

 「ワタシハダイザイ、ナニモシャベレマセン」

 さっき無駄口叩いて山口に怒られたので、抑揚のない機械のような声で応対する。一種の挑発である。


 「あっ良いよ喋って」

 「オーケー! まぁ俺は天才だからな!」

 山口から了承を得たところで自信満々に語りだす。そう、俺は天才だ。野球なら誰にも負ける気がしない。

 うちの学校の打線は、はっきり言って地区でも下から数えたほうが早いだろう。いや間違いなく底辺に位置しているだろう。だけどその分、守備は凄い堅い。県レベルで見ても上位に位置しているのは確実だろう。そこに天才で最強のエースの佐倉英雄。そう、俺がいる限り敵なしだ。

 俺にとって最後の大会となる今年の学総体、なんとしても県大会、地方大会、そして全国大会に出場したい。

 現状、俺が崩れなければ、県大会はほぼ確実だろう。そこから先はどうか分からんけど。まぁ俺ならチームを全国大会優勝まで導けるはずだ。リトルリーグのころはそうやって全国優勝まで果たしたんだからな。


 「うわぁ……自分で天才って言う人、本当にいるんだ…」

 ちょっと引いている様子の山口。

 だが気にしない。こういう発言を幼き頃からしていると、いつだって嘲笑されていたしいい加減慣れたものだ。俺はいつだってそうやって強気に発言して結果を残してきた。有言実行というやつだ。


 「でも英雄は天才だよ!」

 そして哲也の援護射撃。ナイスだ。グッジョブ!


 「そういえば山口さんって美術部の部長なんだっけ?」

 哲也が山口に質問をする。山口は絵を描きながら「うん」と答えた。

 へぇ、山口って男勝りなくせに美術部の部長なのか。意外だな。


 「美術の展覧会が近いのに、題材が決まってなくてねぇ。あんたらが仲良くて助かったよ」

 「しかし山口。俺たちを誘った時の約束は忘れるなよ」

 約束とは、題材になってくれたら後日飯をおごってくれるという話だ。

 俺はそれを聞いて、こうしてやりたくもない題材をやっているわけだ。


 「そこんところは任せて。謝礼金ぐらいは出さないといけないし」

 よく言った山口。約束を守るやつは好きだぞ。


 「そんな事しなくていいよ山口さん。僕らは善意でやってるだけだし! ねっ英雄?」

 哲也がこちらを笑顔で見てきた。

 は? ふざけるなよ哲也。なにが僕らは、だよ! 俺は山口が飯をおごってくれると言うから手伝ってるんだぞ! 何でこんな事を無償でやらにゃいかんのだ!


 「ねっ英雄! じゃねぇよ哲也! 俺はタダで飯を食いにいけるから題材やってんだ! こんな事無償でやってられっかよ!」

 「でも、お礼とはいえ女子に奢ってもらうのはちょっと……」

 「分かった。じゃあお前は来るな! 俺と山口で飯食いに行く!」

 「えっ…」「はっ?」

 哲也は口をぽかんとする。山口は絵を描く手を止めこちらを見つめる。

 うん? 俺なんか変なこと言ったか?


 「英雄…今なんて?」

 「だから俺と山口で飯食いに行くから、善意でやってるお前は来るなと言ったんだ! 俺は山口とイチャイチャしながら飯食ってやるからな!」

 「……あーうん……なんか……その……デートみたいな口振りだね」

 苦笑いを浮かべながら哲也が言いにくそうに呟いた。デート? どこがだ?


 「まぁ僕は最初から無償のつもりだから行かない。英雄と山口さんは二人でご飯食いに行くんだよね?」

 「イエス!!」「…まぁ」

 俺の元気な返事とは裏腹に、山口は小さい声で返答した。なんか山口の頬が赤い。窓から差し込む西日にあたって、体が熱くなったのだろうか?



 という事で後日、山口と二人でファミリーレストランに行っておごってもらった。

 その後は山口からの提案でゲーセンに行ったり、カラオケに行ったりと一日彼女と遊んだ。

 一通り遊んで家への帰り道。


 「なんか佐倉と野上見てると羨ましいよ」

 「あん? なにが?」

 「だって幼稚園に入る前からずっと友達でいられるなんて中々無いよ? それに下の名前で呼び合ってさぁ。凄い親友って感じだよね」

 そういえば山口が、誰かを下の名前で呼んでるところ見たことがない気がする。

 女友達にも名字かあだ名で呼んでるし。


 「別に俺にしちゃあ普通だ。友達はみんな下の名前で呼んでるさ」

 夕陽を目の前に山口と並んで歩く。カラスの鳴き声が耳に入り、あと少しで今日一日が終わるのだと実感する。

 通り過ぎた公園からは遊んでいる子供に帰ろうと促す親の声が響いた。


 「そうなんだ」

 「何故そこで他人事だし。今日一日遊んだんだから、今日から下の名前で呼ぶよ」

 「え!?」

 何故そこで驚く。

 別に彼女以外にも、下の名前で呼び合っている女友達はたくさんいる。

 下の名前で呼ぶ程度で動揺しない。


 「俺にとって下の名前で呼び合うのは親睦の証だ。だから呼ぶ。ってな訳でよろしくな……えぇっと下の名前は……」

 「沙希」

 「沙希、ね。じゃあよろしくな沙希!」

 「う、うん! ひ、ひでお?」

 「おぅ!」

 ニュアンスが若干間違っている。まぁ初めて下の名前を呼ぶときはおかしなニュアンスになるものだ。俺はもうだいぶ慣れたが。

 夕陽は俺の目をくらます。やったぜ親父。また友人の数が増えたぜ。


 …………



 こんな感じで俺と沙希は出会い、仲良くなり、そして下の名前で呼び合う仲となった。

 翌日、下の名前で呼び合いはじめた俺と沙希。一時カップル騒動が起きたが、俺の命令で哲也も沙希と下の名前で呼び合うようになり解決した。

 当時はなんでカップル騒動が起きたのか理解できていなかったが、穢れた心になった今思い返せば、確かに女の子と二人で遊んだ翌日に下の名前で呼び合うのはまずかったなと反省している。


 まぁそんなこんなで現在に至る。まさかあの時は同じ高校に進学するとは思わなかった。


 「どうしたの英雄?」

 「なんだ? 俺が変に見えるか?」

 「いや、いつも変なんだけど、なんか今凄い笑ってるから」

 そういって俺の口元を指差す沙希。

 思わず口元を触れる。笑っている。


 「悪い……ちょっとエッチな想像してた」

 「英雄、一発ぶん殴っていい」

 嘘をついたところで、沙希が呆れた顔を浮かべて拳を向けてきた。

 まさかあの時は、沙希がこんな凶暴なメスゴリラだとは思わなかったよ。

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