119話
「むぅ…」
思わず、俺はうめき声を出していた。
フォアボールの後に送りバント、そしてヒットで失点。
最悪な失点パターンだ。やってしまったなぁ。
一度、マウンド上で俺は脱帽し額の汗を拭う。
「英雄! 捕ったら1つだよ!」
哲也が俺に向かって声を出す。俺は左手を軽く挙げて返事をする。
バッターは1番に戻って、センターの石黒か。
プレートを踏みしめ、哲也のサインを見る。
アウトコース高めにストレート。俺は小さく頷いた。
一度、俺は一塁ランナーを見てから、俺は投球フォームへと入る。
瞬間、相手ランナーは走り出していた。視界の端から映る光景がそれを物語っていた。
「走ったぁ!」
ファースト秀平の張り上げた声が、盗塁してきたのだと確信する。
投じたボールは、アウトコース高めに外れるボール。
それを石黒はスイングするも、哲也はしっかりとキャッチし、すぐさまセカンドベースへとスローイングした。
矢のような送球が二塁へと向かう。
それをベースに入ってきた恭平が捕って、ランナーをタッチする。
「アウトォ!」
二塁の塁審が大きな声と共に、右手を突き上げた。
さすがは哲也。スローイングが得意なだけあるな。
「ナイス哲也!」
思わず俺は、冷静な顔を浮かべる哲也を褒める。
一死一塁よりも、二死走者無しの方が、断然投げやすい。
俺は哲也に感謝しながらも、再びプレートを踏みしめた。
一時はどうなるかと思ったが、これなら気分良く抑えられそうだ。
この後、一気にツーストライクに追い込んでからの三球目。
遊び球はいらない。変にボール投げてこの後粘られたら厄介だ。
最後はインコースへのストレート。
速球が左バッターの石黒のインコースを貫いた。
手も足もだず見逃す石黒。球審の判定は…
「ストライク! バッターアウトォ!!」
「しゃあぁ!」
俺は思わず吼えていた。
これで何とか1失点で切り抜けた。
「最悪な失点パターンだったな」
「うっせ」
ベンチに戻るなり、佐和ちゃんがそんな事を俺に言ってきた。
そんな事、誰よりも知ってるっての!
「1点差か。残りの4イニング、お前で逃げ切れるか?」
「任せとけ! もうランナーは出さねぇよ」
口では、こんな事を言っているが、正直厳しいかな。
せめて、あと1点は欲しいな。
「無理なら、亮輔に代えるからな」
「無理じゃねぇよ」
そうだ。弱気になるな。
今の俺に不可能はねぇんだよ!
「そうか! まぁ俺は、エースと心中は勘弁だからな」
などと皮肉る佐和ちゃん。
うっせ、絶対にランナー出してたまるか! くそが!
「相当いらついている様子だな英雄」
それはお前が皮肉ってくるからだろうが。
ニヤニヤ笑うな佐和のクソ野郎。
「これぐらい乗り越えてこそ怪物だ。お前は現役高校生でも屈指の好投手だ。上に行けば、こういうねちっこい攻め方ばっかされるぞ?」
ニヤニヤ笑いながらも的確な助言をしてくる佐和ちゃん。
確かにそうか。待ち球作戦なんてのは好投手攻略の常套手段だし、これからこういう試合が増えてくるのか…。うわ、めっちゃ嫌だな。
五回の裏、我が校の攻撃。
この回、先頭の哲也が空振り三振で終わる。
さすがセンバツでも投げた末国君だわ。回が増すごとに、どんどんと安定感が増しているな。
あの縦に落ちるスライダーが低めに決まり始めてるし、球も伸びてきてるし、打ちづらいな。
取れて1点ぐらいか? そうなると、逆転されたらヤバいな。
続く九番石村君はファーストフライ。一番恭平が空振り三振で、この回も得点は入らなかった。
3対2で迎える六回の表、この回の承徳はクリーンナップに回る。
六回の表、早速先頭バッターの二番金田を追い込み、最後はスライダー。
「ストライーク! バッターアウトぉ!」
金田のバットが回り、球審が高々と右手を挙げた。
「よしっ」と小さく呟きながら、軽めのガッツポーズを浮かべる。
「オッケー英雄! 球が来てるよ!」
哲也はマスク越しから分かるぐらいの笑顔で俺に返球する。
俺は哲也からの返球を受け取り、一度息を吐いた。
「球が来てるって言っても、次はクリーンナップだぜ…」
バッターは三番の川中。今日は1打数無安打、1四球とヒットは打ってないが、追い込まれてからの粘り強さはかなりウザイ。
俺はプレートを踏んで、サインを見る。そしてサイン通り、球を投じた。
追い込まれてから川中は粘る。
ボール気味の球にも手をだし粘りまくる。
「クソが、トルコアイスかてめぇは」
なんて悪態吐きながら、哲也からの返球を受け取った。
カウントはスリーボールツーストライク。 またフルカウントか。
追い込んでから、すでに3球もファールにされている。本当に粘り強い奴だな。
「…ネチネチしている奴は嫌われんぞ」
ボソリとつぶやいてから、一度息を吐いて、大きく振りかぶる。
そして九球目を投じた。
九球目、川中は打ちにいく。
しかしボールはベース手前で小さく変化した。
打たせて取る為のカットボール。
見事に川中は打ち損じ、俺の前に打球を転がす。
それを俺は冷静に捕球して、ファーストにスローイング。楽々アウトでツーアウト。
打者は四番の村中を迎える。
俺は溜め息交じりに息を吐いた。
相変わらずデケェな。
同い年とは思えないぐらい体格が大きい。体格だけなら、広島東商業の四番野辺以上なんじゃないか?
初球、チェンジアップを見送りボール。
続く二球目のストレートで空振りを奪う。
凄いスイングだ。空振りしただけなのに、冷や汗を掻いてしまう。それぐらい鋭いスイングということだ。
続く三球目はカットボール。
投じられたカットボールに村中は打ちに行った。
バットから鈍い音が響いたが、打球はライナーで三塁線左へと切れていく。
「ファール!」
詰まらせてあんな鋭い打球を打つのか。滅茶苦茶パワーあるなこいつ。
四番の村中だけは、ツーストライクにならなくても、スイングをしてくる。他のバッターは待球作戦の為か、ツーストライクまでバットを振ってこない。
やはり四番としての信頼されているから、好きなように打たせているのだろうか?
「こらぁ村中ぁ! ツーストライクまで見ろと言ってるだろうがぁ!」
承徳高校の監督がベンチから村中を怒鳴りつける。あぁ、別に好きに打たせてないのか。
白髪頭のおじいさんなのに、声がデカいなぁ。
しかし村中は、平然とした態度でバットを構えている。あれですか、恭平みたいな性格ですか。
命令を無視するような奴なのに、四番を任されるって事は、やはり無視しても結果を残せる力を持っているということ。
まぁ二回にスリーベースヒットをこいつに打たれてるし、実力があるのは分かってるけど。
さて四球目、哲也のサインは低めにスライダー。
完璧に三振狙いだ。
俺は頷き、そして大きく振りかぶる。
体に溜まった力をボールに乗せて、豪快に左腕を振りぬいた。
哲也の思惑通り、村中は案の定スイングしてくる。
しかし、ボールはバットから避けるように変化を始める。
よしっ! 空振り三振だ!
瞬間、金属バットの快音が球場に反響した。
「…えっ?」
思わず俺は、自分の聴覚と視覚を疑った。
視界の左へと勢いよく飛んでいく打球。
すぐさま後ろを振り返ると、打球はちょうどセカンド石村君の頭上を越したところだった。
スタンドからの拍手の音で、我に返る。
村中にヒットを打たれたのだ。しかも相手の読みを外したのに打たれた。と言うより読まれていたのか? 分からん。
一塁ベースを踏みしめながら、村中はこっちを見ている。
「…やろぉ!」
村中の表情はまるで「お前の球なんて簡単に打てるんだよ」と言いたそうな、すました顔してたから、余計に頭に来てしまった。
だからと言って、集中力を乱すような佐倉君ではない。
一度落ち着いて、打者集中だ。
結局、五番打者をセカンドゴロに仕留めて、無失点に切り抜けたが、村中への敵意が出てきた。
九回にも対戦する。その時は、絶対に抑え込んでやる!!




