111話
5月11日、春の中国地方大会の抽選会が行われた。
今年の開催地は広島県。春季中国大会では、開催地から四位まで選ばれるため、初戦は必ず広島県勢と当たる事となる。
その初戦、俺達は広島四位の如来館高校と戦う事が決まった。
四位で助かったと思ったのもつかの間、勝てば次の相手は、選抜帰りの広島一位の承徳と、春休みに練習試合をした鳥取一位の西条学園の勝者だ。
希望は承徳。全国レベルの実力を知りたいからである。
西条学園も鳥取屈指の強豪校ではあるが、やはり練習試合を一度しているし、なにより承徳は選抜甲子園に出場している。そういう意味では全国レベルを知っているのは承徳高校の方と言えるだろう。
承徳に勝てば決勝戦。
反対ブロックは、神宮大会優勝を果たし、選抜ベスト8の島根一位浜野や、秋の大会準優勝の山口一位宇部水産、去年練習試合して力負けした広島二位の広島東商業、広島屈指の強豪校の広島三位豊陵高校など、どの学校も俺を楽しませてくれそうだ。
さて、12名居た入部希望者は1日、また1日と経つにつれて、どんどんと減っていった。
一応一週間の予定だったが、予定最終日に残っていたのは、たったの3名だった。
「よ~し、残った3名。来い」
「はぁはぁ…は、はい…」
練習終了後に3人とも呼ばれ、3人が円陣の前に立った。
「よく一週間頑張った。一応は練習についてこれる体力とやる気があると見た。入部を許可しよう」
「ほ、本当ですか!?」
3人が、満面の笑みで佐和ちゃんに聞いてくる。
「あぁ」
「よっしゃぁ!」
3人が同時に喜んでいる。
そんなに入部できて嬉しいのか。だったら最初から入部届け出せば良かったのに。
「それじゃあ俺から! 1年D組の内谷憲文って言います! 野球はキャッチボールぐらいしかやったことがない素人ですが、頑張ります! よろしくお願いします!!」
元気良く自己紹介をして頭を大きく下げる内谷君。
細身だが身長は高校一年生にしては高い。筋肉をつければそこそこ良い選手になってくれるだろう。
「んじゃ次は俺が…1年E組の田中久志って言います。リトルリーグのときに野球をやってました! 早めに戦力になれるように頑張ります!」
続く田中君も大きく頭を下げる。
こちらは平均的な身長。だが野球経験者。初歩的な技術は身につけているだろうし、あとは佐和ちゃんにたっぷり指導してもらって、どんどん力をつけて欲しい。
「最後に俺ですね。1年A組の岸田清一郎です。素人ですが、精一杯頑張ります! よろしくお願いします!」
最後に頭を下げたのは岸田君。
体は細身だし、身長も少し低い。その上素人。
三人の中では一番スタート出遅れ感があるな。それでも是非とも頑張ってもらいたい。
「以上三人が明日から練習に参加する。我が校は部員が少ない以上一日でも早く戦力になれるよう頑張って欲しい」
「はい!!」
三人が力強く返事を返す。
「君たち三人は、中国大会にはベンチ入りできないが、夏にはベンチ入り出来るだろう。その時、試合に出れるぐらい力をつけていたら私としても嬉しい」
佐和ちゃん、やはり最初は優しいな。だがそれはあくまで表面的、やつの本性を知っている俺からしたら、今のさわちゃんは猫をかぶった悪魔にしか見えない。
「佐倉先輩! 明日、一緒にお弁当を食べませんか?」
三人の自己紹介も終わり、グラウンド整備をしている最中、志田が話しかけてきた。
「何故だ?」
「実は相談したいことがありまして」
そういって苦笑いをする志田。
「…相談?」
「この前、私に好きな人いるって話しましたよね?」
「あーうん…」
もしかして恋愛の相談?
え? 嫌なんだけど…。
「それで佐倉先輩のアドバイスをもらいたいので…」
「いや待て、俺よりも適任っぽい奴いるぞ」
「え? 誰ですか?」
首をかしげる志田に、俺は大輔の方へと指をさした。
「大輔先輩ですか?」
クエッションマークが頭の上に出てそうなぐらい不思議そうにする志田。
ちなみに彼女は、大輔と耕平君だけは下の名前で呼んでいる。単純に奴らが兄弟だから、三村先輩だとかぶっちゃうわけだ。
「あいつ、彼女持ちやぞ」
「え!? そうなんですか!?」
大袈裟に驚く志田。
いやまぁ、確かに練習中の大輔見てると女っ気無さそうだしな。
「あの…私…」
すごいしょんぼりしている志田。
え? もしかして…。
「大輔先輩の事…好きだったんですけど…」
「あっ…」
思わず言葉を失ってしまう。
「ご、ごめん…」
知らなかったとはいえ、夢を奪うような真似して申し訳ない。
「いえ…」
すげぇテンション落としている志田。
なんか申し訳ない事をしてしまった。
「…ちなみに、大輔先輩の彼女さんって可愛いんですか?」
「まぁ可愛いと思うし、性格も良いと思う。あいつらお似合いカップルだから略奪なんかすんなよ」
一応しないと思うが忠告しておく。
さすがに大輔と彼女さんの仲を裂こうとしたら、女であろうと往復ビンタは辞さないからな。
「しないですよ」
ムスっとする志田。
だよな、志田はそういうタイプに見えんもん。
「でも…ショックです」
「すまないな。今度飲み物奢ってやる」
明らか先ほどと比べてテンション落ちている志田。
なんかすげぇ申し訳ないことした。
「佐倉先輩、志田と何話してるんすか?」
ここで松見が登場した。
「愛とは何かについて論じていた」
「はぁ…そうですか…」
俺が答えると困惑した表情の松見。
そうして松見は落ち込んでいる志田へと視線を向けた。
「佐倉先輩、もしかして下ネタとか言ってたんですか?」
「恭平と一緒にするな。いくら後輩といえど、その発言は容赦しないぞ?」
訝しげに見てくる松見を脅しておく。
さすがに女子に下ネタは言わねぇよ。ただし沙希は除く。
「それより松見って志田と仲良いのか?」
「仲良いっていうか、クラス一緒だし、去年塾が一緒で良く話してたんすよ」
「なるほど」
どうりで松見が、志田と俺が話しているところを見て仲裁に入った訳だ。
「松見、実は私、大輔先輩の事好きだったんけど、今彼女さんいるって知って傷心状態なの」
志田が落ち込んでいる理由を松見に伝えた。
「あーなるほどね。確かに大輔先輩って女性にモテそうだもんな」
理由を聞いて笑う松見。
確かに大輔はモテている。男前な顔立ちの上に体格も良いし、なによる性格も悪くない。彼女持ちになった今でも大輔に告白する女子がいるぐらいだしな。
「まぁしゃーねぇだろう。別の男探せよ。大輔先輩じゃお前と格が違うって」
そういって笑いながら、バシバシ志田の背中を叩く松見。
いくら仲良くても、ボディタッチまでしちゃうとか、松見って案外大胆だよな。いや大胆というより子供っぽいと言うべきなのだろうか?
「…そうする」
「そうしろそうしろ。アレだったら佐倉先輩とかどうだ?」
待て松見。なんだそれは? 俺なら格が低いという事か?
いい加減、海よりも心が広い英ちゃんでも怒るぞ?
「…そうする」
そして頷くな志田。
「佐倉先輩、明日の昼休み、一緒に弁当食べませんか?」
先ほどと同じ事を誘われた。
「いや、大輔の代替品みたいな扱い嫌なんだけど」
「うーん…やっぱり佐倉先輩は無理です」
そして何故か拒絶された。
なんだろう。告白していないのにフラれてしまった。
別に志田は好きじゃないが、なんか地味に傷ついた。
このあと、傷心中の志田は放っておいて、俺は再びグラウンド整備に没頭しよう。
「それより佐倉先輩」
「なんだ?」
っと思ったら松見が声をかけてきた。
「同じクラスには佐倉恵那って子いるんですけど、もしかして佐倉先輩の妹さんですか?」
「そうだが?」
なんか嫌な予感がした。
「なら今度紹介してくださいよ! 俺、恵那ちゃんタイプなんすよ!」
軽い調子で頼んでくる松見。
なんでこいつも恵那に興味持つんだよ! 確かに恵那は可愛いけどさ! 贔屓目で見てるとしてもめっちゃ可愛いけどさ!
「別に構わないが、関節一つや二つ外される覚悟はあるか?」
俺がにこやかに松見に問う。
表情を凍らせる松見。こんな軽い男に妹は渡さねぇ。
笑いながら、場を立ち去る松見。まったく、俺の妹が可愛すぎて悪い虫が寄って来すぎだ。
「なぁ義兄さん」
「ぶっとばすぞ」
松見と会話が終わったと思ったら、今度は恭平が話しかけてきた。来たな、史上最悪の虫め。
そもそも、貴様の義理の兄になった覚えはない。
「そんなつれない態度取るなよぉ。ってか聞いてくれよ。今日昼休みに千春を迎えに行ったらさ、今年もボブと同じクラスだったらしくてさぁ~、ボブと二人で昼飯食うことになっちまったよぉ~HAHAHA!」
乾いた笑いを浮かべる恭平。無理やりテンションを上げているのが目に見えて分かった。
「へぇ~良かったじゃん。ついでにボブも食べたのか?」
食べたとは、つまり男女関係の行為のことを表している。
そしてボブとは乙女ちゃんの事である。
「てめぇ、次冗談でもそんな事言ったら、マジで殺すぞ」
笑顔だった恭平の顔が、殺意に満ちた表情に変わり、俺を睨む。
マジでお前、ボブと何があったんだよ。
「どんだけ乙女ちゃん嫌いなんだよお前」
「嫌いなんじゃない。生理的に無理なんだ」
恭平がここまで女子を拒絶するなんて珍しい。いや、乙女ちゃんを女子と言っていいのかは怪しいところだが、性別上は女子だしなぁ。
「生理的に無理だろうと、ボブといい加減付き合ってくれよ。お前と相性良いだろう?」
「相性の問題じゃない。俺は女の子と付き合いたいんだ」
お前、この場にボブがいたら平手打ちが飛んでたぞ。
いくらボブが男っぽいからって、その発言はまずいぞ。
「だからって千春をターゲットにしないでくれ。あいつ、毎日毎日お前の愚痴を俺に言ってくるんだからな? めっちゃ困ってるんだ」
「ふふっ千春もツンデレだなぁ。嫌いは好きの裏返し。余計に可愛いじゃないか!」
駄目だこいつ。もうどうしようもできない…。
「恭平」
「どうしたお義兄さん?」
「いっぺん豆腐の角に頭ぶつけて記憶喪失になってくれ…」
「あはは、どうしたんだよ英雄? そんなアホな発言するなんてお前らしくねぇぞ!」
爽やかに笑って、この場を立ち去る恭平。
どうして、どうして恭平と千春は出会ってしまったんだ。
どんな場面でも下ネタを連発し、特定の女子に執着しなかった昔の恭平に戻ってくれ。
なんて事を思う俺だった。




