107話
三回も三者凡退に抑える。
ピッチングの方は今のところ問題は無い。十分抑えきれている。まぁ次から相手の打順がふた回り目に突入するので、どうなるか不安だがな。
一方で、バッティングが問題だ。打てなさ過ぎる。
3イニング目の山田高校の攻撃、案の定だが哲也は三振、誉がセカンドゴロに倒れて、あっという間にツーアウト。
んで打順は一番に返り恭平。しかしあっという間に空振り三振に終わり、2打席連続三振となった。
「マズいな」
思わず俺は独り言を呟いていた。
さすがに打線が打てなさ過ぎるし、高梨のピッチングのテンポが良くなり始めた。あちらに勢いが持って行かれている気がする。
テンポが良くなれば、それを崩すのは難しい。
そうなると、高梨攻略に手間がかかりはじめる。
いくら春の県大会ここまで無失点の俺でも、今日の試合失点しない保証はない。
体には前二試合分の疲れが蓄積しており、普段に比べて体が若干重く感じている。
相手の勢いに押されて失点する場合もあるし、味方のエラーで失点に繋がる場合だってある。
出来れば2点欲しい。贅沢を言いすぎるか?
俺が頑張れば1点とってくれれば勝てると思う。いや、今日ばかりは慢心せず、油断せず、しっかりと投げ込もう。
四回の表、酒敷商業の攻撃。
酒敷商業もこの回から打順がふた回り目。
先頭バッターは一番の沖田が入る。
前の打席であわやヒットになりそうな打球を打っていた。油断はできない。
三球で追い込み、四球目、投じたのは低めへのチェンジアップ。
これを沖田はすくい上げた。
快音が響き、打球はレフトへと飛んだ。
一瞬ヒヤリとしたが、打球に勢いがない。レフトの守備範囲になりそうだ。
レフトの大輔がジョギング程度のスピードで走り、悠々と落下点に入り、落ちてくるボールを掴んだ。
ワンアウト。
あそこでストレートを投げていたら長打にされていたかもしれん。沖田はストレートにタイミングが合っているようだ。次の打席では攻め方を変えていかないとな。
続く二番伊賀を追い込んでからアウトコース一杯のストレートで見送り三振に打ち取る。
ツーアウトになり、三番長谷井は初球のカットボールを打ち上げてセカンドフライでスリーアウト。
疲れはあっても力のあるボールは投げれている。
冬場にとことん走り込んだからな。足腰がしっかりしてて、そんじょそこらの疲労では、ボールが不安定になりにくくなってる。
「英雄、大丈夫?」
ベンチに戻ったところで哲也が心配そうに聞いてきた。
ピッチングに影響は起きていないが、さすがに三連投だからな。心配されて当然か。
「平気だ。まだまだ行ける」
「そう。でも無理はしないでね。後ろには亮輔や松見君だっているし」
そういって笑う哲也。
ごめん、俺はその二人の名前を聞いて笑えないわ。
あいつらじゃ今日の試合は任せられない。任せたとしても亮輔だけで2イニングもつかどうかといったところか。
酒敷商業のバッターは結構良い選手が揃っている。さすがは県内五本指に入る強豪校だけある。
さて四回の裏、山田高校の攻撃。
この回が最初の分岐点、打順がふた回り目に入り、四番大輔を迎える。そして高梨はピッチングのテンポが良くなり始めている。
ここで決めねば、攻略は難しくなり、自然とこちらが劣勢となっていく。
それは佐和ちゃんも分かっているはずだ。
「この回、テンポ良くスリーアウトになったら、その時点で俺達の勝ちは無くなるつもりでいろ。出塁しなくても良いから、ファールで粘って球数を稼げ! そうすれば、きっと攻略の糸口が見えるはずだ」
「はい!」
攻撃が始まる前に、ベンチ前で円陣を組み、佐和ちゃんのお言葉を一同がしっかりと聞いて、力強く返事をした。
マジで先制点欲しいぞ。頼むぞ皆の衆。
そして分岐点と位置づける四回が始まった。
二番耕平君がこの回の先頭バッター。
左打席に入り、バットを構える耕平君。普段よりも打席はキャッチャー寄りに立ち、バットを普段よりも短く持っている。
出所がわかりづらいピッチングフォームである以上、最短距離でバットを出さねば間に合わない。俺たちは大輔みたいなスイングスピードも動体視力も持ち合わせていない。
こうやって創意工夫していかなきゃ、攻略の糸は掴めやしないんだ。
初球、高梨がノーワインドアップモーションから横手投げでボールを投じる。
それを耕平君が打ち返す。打球は三塁線左へと転がっていくファールボール。
続く二球目、今度も耕平君が打ち返した。
今度はサード方向に飛ぶファールボール。サードの選手が打球を追うが、まもなくスタンドに飛び込んだ。
「さすが耕平。俺の指示を忠実にこなしてくれるな」
佐和ちゃんが嬉しそうに呟いた。
それを聞いて、俺は打席上にいる耕平君へと視線を向ける。
三塁側ベンチからだと耕平君の表情をうかがうことが出来る。真剣で、そしてどこか緊張を秘めた表情を浮かべて、耕平君はバットを構えている。
「高梨がピッチャーに復帰したのは昨年の秋の大会後、ひと冬あったとはいえ、筋力をつけないといけないし、ピッチングの技術も高めないといけないし、変化球も覚えないといけない、フィールディングだって練習しないといけない」
佐和ちゃんがポツリと独り言を呟く。
思わず俺や選手たちがその言葉に耳を傾ける。
スコアをつけている岡倉だけ眠そうにあくびを掻いていた。
「もし高梨に付け入る隙があるとするなら、そこだな。高梨を見ていると、所々急ごしらえなプレーが見えている。あの様子じゃ、夏までは間に合わせる気だったようだな」
つまり、まだ高梨は未完成だという事か?
なら、どこかに欠点があるかもしれないという事か。
耕平君は三球目、四球目、五球目とボールを打ち返し、全てファールボールにする。
とことん粘る耕平君。
マウンド上の高梨は明らかに嫌そうな顔を浮かべている。
六球目、七球目と外れて、八球目もファールにし、九球目が外れた。
これでフルカウント。マウンド上の高梨は投げ終えた後、ダルそうに体を起こし、キャッチャーからの返球を受け取った。
そうして十球目、またも耕平君がボールを打ち返した。
カコンッ!
鈍い金属音が鳴り響くと同時に、打球はバックネットに向かって転がっていく。
またファールか。どんだけ粘るんだよあいつは。思わずニヤけてしまう。
高梨は嫌そうな表情をして、ボールを受け取っている。分かるぞ高梨、俺だって十球も粘られたらさすがにイラつく。だが表情に出しちゃマズいと思うんだ。
耕平君に投げる十一球目、アウトコース低めへのストレート。
それを見送る耕平君。そしてミットにボールが収まると同時に、ファーストへと歩いていこうとする。
「ストライィィク!」
しかし、これは入っていたようだ。
耕平君は一度驚いた表情を浮かべてから、首を傾げてベンチに戻ってくる。表情がめっちゃ不服そうだ。
「すいません」
「オーケーオーケー、パーフェクトだ!」
謝る耕平君に、佐和ちゃんは笑顔で迎え入れた。
「相変わらず俺の指示をよく守ってくれるな。どっかの馬鹿と違ってな」
そういって佐和ちゃんが恭平をガン見する。
佐和ちゃんの視線に合わせて部員たちが一斉に恭平へと視線を向ける。
だが恭平は気づいていないようで、ベンチの最前列から声を張り上げて三番龍ヶ崎を応援していた。
さて、三番龍ヶ崎の打席。
佐和ちゃんの指示は極力球数を稼げという指示だったが、あの龍ヶ崎が守るはずがない。
案の定、初球から打ちに行った。
「あの馬鹿! ここは粘れよ! 初球打ちしてんじゃねー!」
隣で応援していた恭平が思わず叫んでいた。いつも初球打ちしてるお前が言うな。
視線を恭平からグラウンドに戻す。打球の行方を確認して、ポツリと口から言葉が漏れる。
「いや…これは…」
思わず呟いていた。打球は鋭い弾道で、左中間を襲う。
そしてそのままフェンスに直撃した。
「っしゃ!」
「ナイス龍ヶ崎!」
思わず俺は恭平と抱き合って喜んでしまった。
龍ヶ崎は一塁を蹴飛ばし、二塁へと向かう。そうして二塁ベースに滑り込んだ。
ツーベースヒット。結果オーライとはいえ、一死二塁の得点圏でバッターは四番大輔。
「龍ヶ崎のマグレ当たりに感謝して、ここで先制するしかないな」
佐和ちゃんが呟く。やっぱりマグレか。
だがマグレでも、チャンスはチャンスだ。大輔に決めてもらいたいところ。
「大輔ぇ! 決めてこぉい!」
ベンチから叫ぶ佐和ちゃん、今日一番の楽しそうな顔をしている。
打席付近に立つ大輔は、一度ヘルメットのつばを右手でつまんで応答した。
その様子を見ながら、俺はヘルメットとバットを持って、ネクストバッターズサークルへと向かい、腰を下ろす。
右打席に入る大輔の後ろ姿を見つめながら、打席のイメージをする。
さすがに大輔みたいなとんでもないスピードのスイングが出来るわけではないが、大輔のバッティングを見ていると俺も打てる気がしてくるんだ。
初球、高梨が投じたストレートを大輔は打ち抜いた。
爆発したような金属の音と共に、打球は目にも止まらぬ速さで、一塁側のファールゾーン側に飛んでいき、まもなく一塁側ベンチ上部のフェンスに直撃した。
ガシャーン! と騒音を撒き散らして、ボールがグラウンドへと跳ね返る。あまりにも高校生離れした打球スピードにスタンドからも驚嘆の声が漏れた。
おいおい、前の打席よりもスイングスピード早くなってるぞ。マジかよあいつ。
このファールを相手はどう見たのだろうか。少なくともこの場面で対戦したくないと思ったはずだ。
現に二球目からは、目に見えて分かるボール球を投じて勝負を避ける。
結局、フォアボールで大輔は出塁。
一死一二塁のチャンスで、五番俺の出番だ。
「英雄ぉ! 決めてこぉい!」
ベンチから佐和ちゃんの声。大輔とまったく同じ声援じゃないですか。
「英ちゃんファイトォ!」
ついでに岡倉からもエールを送られた。
岡倉だけじゃない。部員たちが口々に俺へとエールを送ってくる。
しゃーねー天才らしく、いっちょ決めてやるか!




