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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
1章 佐倉英雄、二年目の夏
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9話 夏、始まる

 7月を迎えて山田高校野球部は初戦に向けて最終調整をこなす。

 助っ人で招集された俺も例外ではなく、佐和先生の絶妙に厳しくない練習をのらりくらりとこなす日々を送る。

 そうして気づいたら開会式を明日に控えていた。

 明日には大会が開幕する。そう考えると部員も助っ人も気が気でないのか、誰が言うわけでもなく練習後自主練習をこなしていた。

 全てはこの夏の為。助っ人であろうと呼ばれたからには勝利に固執する。俺もまたその一人だ。灼熱の太陽に負ける事もなく、焼けつくような熱気に怯む事なく、俺達はバットを振るう。


 「こらぁ佐倉英雄! ベンチで昼寝するなぁ!」

 ごめんなさい嘘です。暑さで昼寝してました。そして案の定に岡倉嬢に起こさた。

 俺はドラマの俳優のように起き上がり、右手で前髪を掴んで格好付けながら、岡倉を見つめる。


 「俺の領域に入るな」

 最大限の決め顔と決め声からの決め台詞。決まりすぎたな。

 ここに女がいたら、確実に落ちていたな。それぐらい自画自賛してしまう。


 「……? なに言ってるの英ちゃん?」

 だが俺の決め台詞は、岡倉には届かなくて、なんか無性に恥ずかしくなった。

 そして先ほど入るなといったばかりの俺の領域に岡倉はズカズカと入って来て隣に座った。


 「もぉ英ちゃん! 昔みたいに野球に熱中すればいいのにー!」

 「昔?」

 俺が返答すると岡倉はあっと口に手を当てる。

 昔ってなんだ? 俺は高校に入学してから野球に熱中した覚えは無い。

 と言う事は中学の時の俺を岡倉は知ってるのか?

 確かに県内じゃ有名だったしな。中学時代野球部員だったという岡倉なら、どこかで聞いたのかもしれんな。


 「こほんっ! みんなは本気で城東高校に勝とうとしてるんだから、英ちゃんも真面目にやろうよぉ」

 甘ったるい声を出しながら岡倉が俺の腕を揺する。

 こうして男達はこいつに骨抜きにされてしまうのだろうな。多分これ岡倉的には無自覚なのだろう。おぉ、怖い怖い。


 「岡倉ちゃん、お前は本気で勝つ気なのかい?」

 「当然!」

 今度は岡倉が即答した。思わず俺は鼻で笑ってしまう。


 「あぁー英ちゃん、馬鹿にしてるでしょ! ちゃんと根拠があるんだから!」

 「あーはいはい、聞かせてもらいますかねー、はいはい」

 明らか馬鹿にした口調で言う俺。

 岡倉が唸りながら頬を膨らます。こうして男はこいつに騙され云々。


 「ずばり! 英ちゃんが頑張れば勝てる!」

 えっ!?


 「……本気で言ってるのか?」

 「うん!!」

 満面の笑みで頷く岡倉。思わず俺は額を押さえていた。

 うん、とりあえず一番言いたい事を言おう。


 「それは根拠じゃねぇ」

 根拠ってのはもっとこうさ、データ出したりとかあるだろう? いや岡倉には難しい事だったか。

 それでも俺が頑張れば勝てるって、根拠のこの字もねぇ。


 「英ちゃんのほうこそ、負ける根拠を教えてよ!」

 俺の発言にムッとする岡倉。彼女の負けず嫌いが発動してしまったから。相変わらず面倒くさい奴だな。

 だが、ちゃんと根拠を言う優しい佐倉君である。


 「いいか? 城東は過去に夏2回、春3回も甲子園に出場してる。甲子園での最高成績は1968年の選抜での準決勝敗退。最後に甲子園に出たのは2004年の選抜。結果は二回戦敗退だった。

 これを皮切りに、県内王者の座を酒敷商業(さかしきしょうぎょう)と、斎京学館(さいきょうがっかん)丸野港南(まるのこうなん)に譲ったが、現在でも古豪ながら県内中堅校として毎年ベスト16以上に顔を出し続けている。今年はなんとBシードだ。

 今年は例年に比べてチームがまとまっていて、四番三田(みた)を中心とした繋げる野球で、春の県大会では準々決勝で斎京学館に敗れるまで、チーム打率5割を越し全試合コールド勝ち。

 投手陣も豊富で、エースの西野(にしの)、二番手のサウスポー岡田(おかだ)の昨秋からの二枚看板の他に、昨年ボーイズリーグで全国大会に出場している一年の佐山(さやま)も入学し、さらに投手陣に厚みを増している。

 守備こそ目立った評価は無いが、Bシードになるチームだ。盤石な守りであるのは間違いないだろう。

 以上のことから、俺達が勝てる相手じゃないんだよ。オーケー?」

 俺はしっかりと根拠を話す。

 そうして、俺の説明についての岡倉の回答は……。


 「えっと……ご、ごめん、難しすぎて分からなかった」

 ……(´・_・` )


 「まぁ勝てないってこったぁ。んじゃ俺は昼寝させてもらうぜ」

 「あー英ちゃん寝ないの!」

 俺が横になると、高速揺すりで俺を起こそうとする(決して卑猥な意味ではない)

 もう暑いのは嫌じゃ。クーラーが効いた部屋で一日中昼寝したいでごわす。


 「寝てばっかいると豚さんになっちゃうよ! 部屋が汚くなっちゃうよ! 豚さん英ちゃんかー! それちょっとかわいいかも! あーでも犬さん英ちゃんもいいかも!」

 流れるように話題が脱線していく。さすが岡倉だ。大体なんだ犬さん英ちゃんって、最高に頭が悪いネーミングだなそれ。

 やはり岡倉は教科書通りを通り越して、教科書に載せられないレベルの天然でありアホの子。マジ岡倉さんモンスター。しかし、この狂気をはらんだ天然が男子には人気という不思議。

 笑顔が可愛いからなのだろうか? 胸が大きいからなのだろうか? それともこのアホ具合が男たちのツボを刺激させるからなのだろうか?

 寝転がりながら見上げる夏空。雄大な雲に問いかける。「岡倉はなんでこんなにデンジャラスなんだ?」と。 

 答えなんか返ってこないのは分かってる。そして岡倉の話題がもう修正できなさそうなぐらいに逸れ始めている。なんだろう、岡倉の流れるような話題の脱線を聴覚で聞いているだけでも頭が悪くなっていきそうだ。


 「なぁ岡倉知ってるか? 豚って綺麗好きなんだぜ」

 これ以上脱線に次ぐ脱線話を聞いてたら、聴いてるこっちまで取り返しのつかないところまで頭が悪くるわ。

 という事で急激に話題を引き戻しつつ、俺は体を起こした。さっきまで全然話をしていた岡倉が一気に興味を向けてきた。なんて単純な奴だ。


 「ほぇ? そうなのぉ? ねぇねぇもっと教えて!」

 そして思っていた以上に食いつきが良い。めっちゃ話を聞く体勢になってる。しまった、なんで雑学なんかを口にしてしまったのか。数秒前の自分を殴りたい。

 凄く面倒だがここは一つ男になって話してやるか。


 「あぁ良いよ。豚はな、実は知能が高いんだ。教えれば、芸のひとつやふたり出来る。それに豚は太っているように見えるが、あれのほとんどは筋肉なんだよ。食用の豚でも体脂肪率が14~18%ぐらいしか無いんだ」

 「えっ! 私よりも脂肪率低いの!」

 口元を押さえて驚く岡倉。


 「まぁ俺は豚よりも脂肪率は低いがな。そんな所だな」

 「へ、へぇ~……」

 豚に体脂肪率が負けて、明らか動揺している岡倉を横目に、俺は鉄の棒でスイングする大輔を見る。

 2.5kgもする鉄の棒を、軽々とスイングをする大輔。スイング音が4、5m離れているのに聞こえてくる。

 キツそうな顔はしておらず、あろう事か恭平と談笑しながら素振りしている。

 やはり、あいつのパワーはとんでもねぇな。一昔前の言葉で言うなら「どんだけ~」だな。



 「おい佐倉英雄。助っ人のくせに、いいご身分だな」

 ふとブルペンで投げ込んでいた龍ヶ崎が戻ってくる。

 鋭い目つきで俺を睨みつけている。


 「明日には試合だってのに、こんなのがスタメンで出るとか、勝てる試合も勝てなくなっちまうな」

 龍ヶ崎が俺を煽るように口にすると鼻で笑って俺の前を通り過ぎる。

 なんて浅い挑発をする男だ。そんな浅い挑発に引っかかる奴なんて、単細胞な奴か負けず嫌いの奴ぐらいだぜ?


 「別に助っ人なんだし良いだろ? もしかしてお前、本気で勝つつもりなのか? は! 勝つ気あるならもっとまともなボール投げろよな」

 龍ヶ崎の底の浅い挑発に引っかかる俺。そうだよ、単細胞で負けず嫌いですが何か?

 俺の安い挑発に龍ヶ崎が引っかかった。立ち止まり俺のほうへと振り返る。龍ヶ崎、お前も相当単細胞で負けず嫌いのようだな。


 「大体、なんだよこの学校? 毎日毎日遊びのようなしょっぼい練習してよぉ。挙句部員どもはそれで満足してるんだぜ? 見てるだけで涙がちょちょぎれちまうっての。まぁ、お前にはちょうどいい練習なのかもしれないけどな」

 「てめぇ! やんのか!!」

 グローブを地面に叩きつけながら、怒鳴りとばす龍ヶ崎。

 岡倉は俺の腕を掴みながらびくびくしている。俺は不敵に笑いながら龍ヶ崎を見つめる。おいおい、人様に浅い挑発しておいて、こっちの軽いジャブのような挑発に引っかかるとか。見てて滑稽すぎるぜ龍ヶ崎。


 「おいおい癇癪起こすなよ。それからグローブ叩きつけるな。グローブちゃんが泣いてるぞ。もっと大切にして欲しいワン! ってな」

 そう言いながら俺は、地面に叩き付けられたままのグローブを拾い、砂を払う。


 「お前も一人の野球部員なら自分の道具は大切にしろよ。グローブはお前の手なんだから」

 砂を払い龍ヶ崎にグローブを手渡した。


 「捕れる打球を捕れない時ってあるだろう? あれはグローブの反抗期だよ。グローブにも感情はあるんだよ。長い友達って書いて髪って言うだろ?」

 「……なんで髪なんだよ……」

 「はははは! 違うか!」

 俺は龍ヶ崎のナイスツッコミに、俺は笑ってしまう。俺の笑う声が、静まり返る場に響く。


 「お前が勝ちたいって思いが強いのはよく分かった。でもそれは助っ人の俺に言うんじゃなくて、佐和先生に直訴しろよ。俺に怒鳴り散らしても意味ないだろ?」

 「……分かってる。怒鳴って悪かった」

 「俺のほうこそ煽るような発言して悪かった。これで終わりだ龍ヶ崎君」

 素直に謝る龍ヶ崎。意外に良いやつなのかもしれない。

 肩をぽんと叩き、仲違いはここで終了だ。


 「しゃーない。俺もちょびっと練習してやるか」

 ってことで、俺も自主練習に参加する。一応助っ人に選ばれた以上は、必要最低限の役割はこなさないとな。



 「なぁ哲也。俺達の試合する球場ってどこだっけ?」

 緩く素振りをこなしながら、俺は近くでティーバッティングをする哲也に質問する。

 しかし哲也がティーバッティングか。お前はあまり打てないんだから、守備に専念すれば良いのに。

 流れる汗を気にも留めていない哲也が、一度ティーバッティングを中断し、こちらに顔を向けた。


 「酒敷市営球場(さかしきしえいきゅうじょう)だよ。ほら、中学の時行ったじゃん」

 「あぁあそこね」

 中学の県大会の時に何度も行った所だ。

 ちなみに中学時代、2度ホームランを打ったところだ。けっして自慢を言ってるわけではない。

 ちなみに中学時代、1試合で1安打14奪三振の完封をしたところだ。けっして自慢を言ってるわけではない。


 「それより英雄、ティーバッティングやらないの?」

 「いやいいよ。面倒だし」

 「でも英雄、硬式打つの初めてでしょ? 感覚ぐらい掴んどいたほうがいいんじゃない?」

 「大丈夫大丈夫」

 自主練習するとは言ったが、真面目にやるとは言ってない。

 こんなうだるような暑さの中、思いっきりバットを振る気分にはならないわ。



 こうして今日という一日も終わった。

 帰りに恭平と一緒に街中で可愛い女子高生の連絡先獲得に向かったが、案の定玉砕した。

 ちくしょう。恭平のバカが下ネタに話題を持ち込まなければ、絶対に連絡先出来たのに……。



 そうして翌日、開会式。

 ほんのりとした緊張感の中で、俺たちは開会式の場である丘城(おかぎ)スタジアムに居た。

 初戦の相手である城東はさすがに集中している。ってか、俺達なんぞ眼中にすら入ってないんだろうな。

 まぁ奴らの目標はあくまで甲子園出場だろうし、俺達如きコールド勝ちが当たり前だと思ってるんだろうな。


 ≪ただいまより、第92回全国高等学校野球選手権……≫

 恭平と一緒にプラカードを持つ他校の女子生徒と話をしていると、そんなアナウンスが耳に入った。

 ついに開会式が始まる。俺は一度気を引き締めた。



 ≪山田高校≫

 何十番目かにアナウンスで呼ばれ、俺たちは歩き始める。

 正直、全員の腕と足の動きは一致していない。俺もそれを承知でのんびりと歩いていた。

 その後、気だるいお偉いさんの開会宣言とお祝いの言葉など、暑い中、えんえんと聞かされた。


 そして終了後、俺たちは酒敷市営球場へと向かう。まさか開会式当日に試合だったとはな。

 まるで神風特攻隊のように敵地に突撃するようだ。一矢報いれば良いが……。

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