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僕は部室から一番近い自販機を目指そうと、外廊下をやや早足で歩く。

冬特有の身を切るような寒さが頬を撫で、マフラーもしてくるべきだったかなと、少しだけ後悔した。

シンと冷えた朝の空気を楽しむような余裕もなく、亀のように首を縮めて歩いていると、自販機の前に少女が立っているのが目に入った。

淡い肌色と少し明るめの髪が、冬の朝によく馴染んでいて、その光景はなんだかとても自然なものに見える。

「雪城、早いね。今日は委員会?」

雪城は振り向くと、開いたままの財布を手に、首を傾げ目を細めた。

「ああ、弓立か。おはよう。急に誰かと思った」

あまり抑揚のない声でそう言うと、五百円玉を自販機の口に入れ少しのタイムラグもなくカフェオレのボタンを押す。

ピッ、という音のあとに、缶の落ちる音がした。

「あ」

カフェオレのボタンに『売切』の赤い二文字がついたのを見て、僕は思わず声を洩らす。

「おや、珈琲が飲みたかったの?」

雪城はお釣りを回収すると、手にした缶をこちらに差し出した。

中指と親指だけで持っているのは、缶が熱いからだろうか。

「なんだか悪いし、遠慮しとくよ」

「そう」

プルタブに指をかけ、缶に口をつけた雪城を横目に自販機を覗くと、ほとんどの商品が赤く点灯していた。

残っているのは、冷たい炭酸飲料とおしるこくらいだ。

業者が自販機を補充するのは何時頃だったかと、腕時計を見て考える。

僕はこの自販機で飲み物を買うのは諦めることにして、財布をズボンのポケットに差した。

「弓立も早いよね、しかも私よりすることないでしょ」

雪城がふう、と息を吐く。

吐息は白く昇り、やがて空気と混ざって消えた。

「まあ、することはないね。でも、雪城もこんなに早く来る必要はないんでしょ?」

「そうだね」

この時期、僕たち三年生は自由登校だ。

受験を目前に控えたクラスメイト達は予備校や自宅で、勉強にラストスパートをかけていることだろう。

もちろん学校に来て勉強をするという選択肢もあるけれど、そもそも三年生に授業はないし、そんな生徒はかなり少数派だ。

じゃあ僕と雪城はどのグループに属しているかというと、そんな少数派の生徒より更に少数派の、既に受験が終わっているグループである。

推薦なりなんなりで、もう進路が決まっている。

だから、本当なら学校に来る必要もなく。

終業式までの少し長めの冬休みを、家で満喫していればいいんだけど。

「家にいても、暇なんだよね。することがないっていう訳じゃないんだけど、ルーチンがなかなか抜けないみたい」

朝になると勝手に起きちゃうんだ、と小さく洩らし雪城は缶を傾ける。

「僕はそこまでじゃないんだけどね。でも、やっぱり『急に学校に来なくていいよ』って言われても困っちゃうのかな」

「私は委員会があるから、学校でやることはあるけど。弓立は何してるの、やっぱり日高さんのお世話?」

僕は苦笑する。

「別に世話はしてないよ。勉強を見たりは、まあしてるけど」

「ふうん」

ちなみに、日高は少数派の『学校で受験勉強』グループだ。

納得したような、してないような表情で雪城は頷くと、手にしていた缶を自販機横のゴミ箱に入れた。

「それじゃ、私はそろそろ行くけど」

「うん、僕もそろそろ行こうかな。日高が待ってる」

それじゃ、と小さく手を振って、雪城は校舎側への廊下を歩いていく。

外廊下と校舎を隔てるドアに手をかけたとき、雪城が顔だけで振り返った。

「もしかして体育館前の自販機に行くつもりだった?」

「これから行くつもりだったけど」

自販機は校舎外にあるこの自販機と、体育館前の自販機の二つしかない。

雪城と別れた後に、そこでコーヒーを買って帰ろうかと思っていたのだけれど。

「あそこの自販機も売り切れてたよ、コーラ以外」

それだけ言うと、雪城は校舎の中へと入っていった。

雪城の足音が廊下に響く。

その足音も聞こえなくなった時、僕は自販機を振り返った。

千円札を入れ、おしるこのボタンを押す。

ガコン、というスチール缶の鈍い音と共に、おしるこの缶が落ちる。

もう一つ、コーヒーと色が似ているからという理由で、なんとなくコーラを買うことにした。

「うわ、つめたっ」

手にしたアルミ缶がひときわ冷たくて、僕はすぐに後悔した。

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