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【箱】短編

「劇場版 君のそばに」

作者: FRIDAY

 息急き切って飛び込んだ病室に、環菜はいた。

「――――」

 スライドドアを壊さんばかりの勢いで引き開けたまま、荒い息のまま呆然と立っている拓海を、初めの一瞬こそ驚きの表情で見た環菜だったが、拓海と気づくとすぐに柔和な笑みに戻った。

 数週間前までいつも見ていた、あの笑みだ。

「来て、くれたんだね」

 や、と環菜は気さくに片手を上げて迎える。

 けれどもその手は、いつか見ていた頃よりもずっとか細く、白い。

「どう、して」

 乱れた息のまま声を絞ろうとして、噎せる。その様に苦笑しつつ、座りなよ、と環菜は壁際のパイプ椅子を示す。勧められるまま、拓海はそれを取ってベッドの脇まで行き、座る。

「裕香から、拓海が来るよとは聞いてたけど、ほんとに来たんだね」

 どれくらいかかった? という問いに、ようやく呼吸の落ち着いてきた拓海は、飛行機二本だよ、とむすっと答える。

 そんな話をしに来たんじゃない。

「病気、だったって」

 拓海は言う。笑みのまま表情を変えない環菜に。

 うん、と環菜は頷く。

「そうだよ。一昨日、手術したんだ」

「半年前からわかってたんだろう!? 病気も、手術も! それなのに、どうして…!」

 最後まで言葉にならず、拓海は強く拳を握る。血の気を失うほど、強く。

「どうして、そんな大事なことを黙って、別れようなんて言ったんだ」

 感情を抑えようとして、堪え切れないまま拓海は言う。

 環菜は見返すだけだ。

「そんなに俺は頼りにならなかったか? 辛いときに傍にいられないほど、俺を信じられなかったのか…?」

「違うよ」

 強く、環菜は遮った。違うよ、と繰り返す。

 そうじゃない。

「そうじゃないんだよ、拓海…そうじゃないんだ」

「それじゃあ、どうして」

「拓海は、優し過ぎるから」

 御免ね、と環菜は言う。

「急に別れようって言って御免ね。いなくなって御免ね。でも、怖かったんだ。手術、成功の確率が凄く低かったから。失敗するのが怖かったんだ…失敗して死ぬのが、じゃないよ。死んじゃって、拓海の傷になっちゃうのが怖かったんだ」

 拓海は優し過ぎるから。

「拓海はきっと、一生私のことを背負っちゃう。ずっと後悔し続けちゃう。それが、嫌だったんだ」

「後悔するさ。今だってしてる! どうして一緒にいられなかったのかって…」

「自分勝手だったのはわかってる…けど、堪えられなかったの。拓海の記憶の中で死んじゃって、ずっと傷になり続けるくらいなら、拓海の知らないところで死んで、そのまま忘れられてしまった方が、ずっといい」

 だから、と環菜は言う。

 涙に震える声で。

「拓海が好きだから。大好きだから、私は…」

「環菜」

 いいんだ、と拓海は固く握っていた拳を開き、環菜の手を取った。記憶の中よりも遥かにか細くなってしまった手を。

「もう、いいんだ。ひとりで背負わなくていい。傷つけてくれていい。――俺だって環菜が大好きなんだから。むしろ、一生背負わせてやる、くらいの気持ちの方が、俺も嬉しいんだよ」

 頼ってほしいんだ、と拓海は言った。

 有り難う、と環菜は笑った。

 目尻の涙も拭わないまま

「やっぱり優しいね、拓海。――だから、大好き」

 環菜の指が、拓海の手を握る。その力は弱い。けれど、確かな力だ。

「それで、その――手術は」

 拓海の鼓動が早まる。半ば予想はついている。けれども、はっきりと聞くのが怖い。

 環菜は――笑った。

「成功、したよ。大成功」

 助かったんだ、と環菜は言う。

 再び涙が頬を伝う。

「助かったんだ、私。まだ経過観察だけど、もう大丈夫だろうって、先生が」

「…それなら」

 拓海は言った。環菜の手を握り返して。

「もう一度、やり直そう。今度こそ、ずっと一緒にいてくれ――ください」

 ぐ、と環菜は唇を引き結んだ。堪えようとして、しかし決壊する。

 泣く。

「拓海を一度、裏切っちゃった私だけど、それでも…いいのかな」

「うん」

「やっぱり拓海を傷つけちゃった私だけど、それでも?」

「いいよ」

「これからリハビリとかいっぱいあって、迷惑かけちゃうけど、いいの?

「いいんだよ」

 拓海は環菜の目をまっすぐに見つめて、言った。

「環菜が、いいんだ」

 あ、と環菜の口から音が漏れた。それは連なり、泣き声となる。

「私も、拓海と一緒がいい。だから、こんな私だけど…よろしくお願いします」

 うん、と拓海は頷いた。

 しっかりと指を絡み合わせたふたりの手が、ふたりの絆を示している。


「――ぐすっ」

 エンディングを観ながら、私はいつの間にか泣いていたことに気が付いた。

 先に聞いていたストーリーは実にありきたりだと思ったものだが、わからないものだ。想像以上に演出が凝っていた。映画を観て泣いたのはこれが初めてだ。

 プレーヤーからDVDを抜き出しつつ、鼻をかんだティッシュを捨てて、うん、と私は気合いを入れる。

 いいリフレッシュになった。紹介してくれた友人には礼を言わねばなるまい。

 明日からまた、頑張れそうだ。

オチありき。

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