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五日ぶりのエスト村は、不思議な熱気に包まれていた。
広場の中央には木の台が組まれ、それを囲むように簡素な屋台が並んでいる。男達が汗にまみれて忙しなく働く中、子供達は妙に浮かれて走り回っているし、逆に村の女性陣の姿がどこにも見当たらない。
「よお、ヒュー! やっと戻ったか」
陽気な声に振り返れば、そこには資材を肩に担いだトニーの姿があった。
「トニーさん。これは一体……?」
「夏祭の準備さ。なかなか盛大だろ?」
そう言えば、初めて会った時も祭がどうのと言っていた気がする。思えば、調査に打ち込んでいるうちに、いつの間にか八の月が目前に迫っていた。
「夏祭ですか。一体どんなことをするんですか?」
「どんなも何も、普通の祭だよ。飲んで食って踊る! それだけだ」
単純明快な回答に思わず苦笑すれば、何やら思わせぶりな笑みを浮かべたトニーは、わざとらしい仕草で耳打ちをしてきた。
「で? カリーナには何を贈るんだ?」
「はい?」
訳が分からず首を傾げていると、横から伸びてきた細い手に、ものすごい勢いで引っ張られる。
「もうっ! 暇人の戯言に付き合ってないで、来て!」
見れば、真っ赤な顔をして腕を引っ張っているのは誰であろうカリーナで、そんな彼女をトニーはニヤニヤと見つめているではないか。
「カリーナさん?」
「いいからっ!」
ぐいぐいと引っ張られ、あっという間にトニーから引き離されて『見果てぬ希望亭』の前まで連れて行かれたヒューは、ようやくそこで手を離してくれたカリーナに、おずおずと尋ねてみた。
「夏祭の日に贈り物をする風習でもあるんですか?」
トニーの口振りでは何かあるようだったが、カリーナはぷい、とそっぽを向いて、吐き捨てるように答える。
「くだらない風習よ! 気にしないでいいの!」
「はあ……そうですか」
やはり何かあるようだが、彼女の機嫌をこれ以上損ねるのは得策ではない。
「それより、夏祭まであと五日だっていうのに、今までどこにいたのよ!?」
妙にとげとげしい口調のカリーナに、すいませんと頭を掻く。
「夏祭がいつなのか知らなかったものですから」
「あら、いやだ。誰もちゃんと教えてなかったのね。もう、余計なことを吹き込む暇があったら、肝心なことを伝えなさいっていうのよ! エストの夏祭は毎年八の月十日に行われるの。短い夏の到来を祝う盛大なお祭なのよ。近隣からも人が集まって、すごく賑やかなんだから」
ぷりぷりと怒りつつ、ちゃんと説明してくれるところは実に彼女らしい。そして最後に、なぜか怒った口調のままで、こう付け足された。
「あなたも参加してよね! 絶対よ!」
人の集まるところは苦手なのだが、こうも熱烈に誘われては断るのも失礼だろう。
「ええ、折角ですから参加させていただきます。いやあ、今から楽しみですねえ」
にっこり笑って答えたら、カリーナはなぜかそっぽを向いて、そうね、とか何とかごにょごにょと言っていたかと思うと、思い出したように顔を上げて、忙しいからまたね、と逃げるように去っていった。
「うーん……何なんでしょうね?」
きょとんと首を傾げていると、屋台の方からトニーの声が飛んできた。
「おーい、ヒュー! 手が空いてるなら手伝ってくれよ!」
「やれやれ、人使いが荒いですねえ。探索から帰ってきたばかりなんですけど」
「なぁに言ってんだ、まだ元気そうじゃないか! 終わったら一杯おごるからよ」
その申し出は魅力的だったし、トニーの言う通り、疲れ果てて動けないというほどでもない。
「その言葉、忘れないでくださいよ?」
腕まくりをしながら、作りかけの屋台へと向かっていく。そんな彼らの頭上で、傾きかけた太陽が白く輝いていた。




