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9-2

 運ばれてきた酒を一気に呷った村長に、運んできた店主がおいおい、と呆れ顔になる。

「村長、昼間からそんなに飛ばしていいのか? この後、祭の打ち合わせもあるんだろう?」

「酒でも飲まなきゃやってられんよ! 大体、カリーナがあの調子じゃ、祭だって開催出来るかどうか」

 捨て鉢な台詞に肩をすくめてみせる店主。そしてヒューの前には果汁の水割りを置き、よく帰ってきたな、と背中を叩く。

「またしばらくいるのかい?」

 どう返事をしたものか迷っていると、不貞腐れた顔の村長が、空の杯を握りしめながら言ってきた。

「また急にいなくなってしまうのか?」

 ずばり問われて、ぐっと言葉に詰まる。そこをすかさず取り成してくれたのは店主だった。

「まあまあ、帰ってきたばかりの奴に、そんなことを言うもんじゃない。それに、ヒューが戻ってきたんなら、あの子も出てくるだろう?」

 謎の言葉に、きょとんと首を傾げていると、村長がどん、と机を叩いた。

「そういう問題じゃない! いや、そういう問題だが、そんな簡単な話じゃないだろう?」

 怒鳴りながら、こちらを睨みつける、その目が完全に据わっている。

「ヒュー。去年の夏祭で娘を助けてくれたことには、心から感謝している」

「いえ、私は――」

「だがな! あれ以降、ただでさえ結婚に乗り気じゃなかった娘は、ますます頑なになって、しまいにはああだ! どうしてくれる!」

「はあ、しかし……」

「娘はな! お前さんとじゃなきゃ結婚しないと、もう十日も立てこもってるんだぞ!」

 一瞬、何を言われているのか分からなかった。

 右から左へと駆け抜けていった言葉を掴まえて、ようやく頭がそれを受け入れた瞬間、今度は違う意味で硬直する。

「……は?」

 その様子を見て、やれやれと頭を抱える店主。

「おい、マシュー。どうやらお前さん達は親子揃って先走り過ぎているようだぞ」

 そんな言葉も聞かず、ぐっと机の上で拳を握りしめて、村長は唸るように続ける。

「私は何も、お前さんが気に入らないわけじゃない。むしろ、今時珍しい好青年だとも思っている。だが、この村に骨を埋める覚悟がない男に、大事な娘を嫁がせるわけにはいかない。当たり前だろう、あの子は――」


「――村長」


 静かな、しかし有無を言わせぬ声色に思わず顔を上げれば、そこには鋭い光を宿した瞳。

「私は――私は、彼女に何の約束も残せなかった」

 絞り出すような声が、がらんとした店内に響く。

「そして今も、何も約束することが出来ない。そんな男です。だから私は、彼女に何も言えない。その資格がないんです」

 己に言い聞かせるような、苦い言葉。

 返す言葉が見つからず、黙り込んだ村長の目の前に、食べ物を詰め込んだ籠がどん、と置かれる。

 ぎょっとして顔を上げれば、いつの間にやってきたのか、『見果てぬ希望亭』の看板娘がそこに立っていた。

「ヒューさん。これをカリーナに届けてくださる?」

 一年見ない間に随分と女っぷりの上がった彼女は、呆気に取られて黙り込む男性陣に向かって威勢よく言い放つ。

「さっきから聞いていれば、当事者そっちのけで周りばかり盛り上がって、おかしいったらないわ」

「こら、レオーナ。お前――」

 たしなめようとする父を視線だけで黙らせて、レオーナはヒューの真横に立つと、艶やかに笑ってみせる。

「ねえヒューさん。あなたが彼女を忘れていないくらいには、彼女もあなたのことを忘れてないのよ」

 腰に手を当て、ずいと顔を近づけてくるレオーナ。

「彼女はずっとあなたを待っていた。もちろん、あなたはそんなこと一言も言わなかったんでしょうけど。でもカリーナは、待つのは勝手だから気が済むまで待つって言って、ずっとあなたを待っていた。そして、あなたは戻ってきた。じゃあ、今やることは何?」

「レオーナさん……」

「ほら、行った行った!」

 強引に籠を持たせ、扉へと追いやるレオーナ。そして、わたわたと鐘つき堂へ向かうヒューの後姿を満足げに見送って、さあて、と振り返る。

「お父さん達。乙女の恋路を邪魔する者の末路がどんなものか――分かってるわよね?」

 嫣然と笑う看板娘に、後を追おうと席を立ちかけていた村長はすごすごと椅子に逆戻りし、我が娘の迫力を目の当たりにした店主は重い溜息を吐いたのだった。


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