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「――報告は以上です」

 緊張した面持ちの青年に手を挙げて答えた男は、窓枠に腰掛けてそれを聞いていた金髪の男を振り返ると、どうだとばかりに胸を張ってみせた。

「お前の立ち上げた支部は実にいい動きをするだろう? 『眠り猫』よ」

「ご謙遜を。辺境支部立ち上げは、あなたの尽力あってこそですよ。支部長殿」

 昨年末、エルドナの街に新設された盗賊ギルド支部は、今まで放置されていた西部辺境方面を統括する重要拠点として中央からも一目置かれる存在になっていた。

 たった半年ほどでここまで組織を整備してみせたのは、昨年の夏に辺境地域で狼藉を繰り返していた野盗達をたった一人で駆逐してみせた男。『眠り猫』という呼び名は、開いているのかよく分からない細い瞳と、普段は巧妙に隠している『爪』の鋭さからつけられたものだ。

「なに。俺はお前が大枠を作ったところに、ただどっかりと座り込んでるだけだからな。副支部長殿」

「何を仰るやら。渋る本部を焚きつけて、反対派を力づくで黙らせてくれたのはあなたでしょう? 大体、もっと有能な方がいくらでもいるでしょうに、どうして副支部長に私を据えますか」

「そりゃあお前、年功序列ってやつだ。何年も前から幹部入りを打診されてた奴が、いつまで経ってもふらふらしてやがるからいけないんだろう」

 食えない二人のやり取りをはらはらと見守っていた報告役の青年は、ふと思い出したように報告書をめくると、最後の頁に追記された文章を読み上げた。

「あのっ、すみません。一つ伝え忘れていました。辺境地域に《草》を配置する件なんですが、まだ希望者が少なくて、予定地域すべてに人員を配置するにはまだ時間がかかる、とのことです」

「そりゃそうだ。自分から辺境の村に定住を志願する奴なんてそうはいないからな」

 これは提案当初から懸念されていたことだから、致し方ない。そもそも、《草》そのものが長期的な計画だ。現地に溶け込み、有事に備えて情報を収集する。目立たぬ風貌はもちろんのこと、根気と忠誠心がなければ務まらない。

「《草》の配置が終わるまでは、定期巡回で補うしかないからな。そういや、もうじき巡回の時期か。誰か手の空いている奴がいたか?」

「そうですねえ……確か、あいつらが戻ってきますよ」

 数人の名前を挙げながら、そう言えば、と呟く青年。

「そろそろ、エストの夏祭の時期ですね」

 何気ないその言葉が、記憶の水面を弾く。

「そうか、あの一件からもう一年か」

「早いものですねえ」

 一つ、また一つと降り注ぐ言葉の欠片が、凪いでいた水面にいくつもの波紋を浮かび上がらせ、そして一番深いところに封じ込めた記憶を揺り起こす。

 夏の風。土の匂い。弾ける火花と人々の笑い声。そして――どこまでも眩しい、あの笑顔。

 あれから一年。がむしゃらに突っ走ってきたのは、あの夏の日を振り返らないためだ。

 それなのに、こんなにも未練を残していることを思い知らされて、そっと胸を押さえる。

 そんな彼に気づかないまま、支部長と青年は祭の話題で盛り上がっていた。

「そうか、お前はあの辺りの出身だったな。じゃあ、視察ついでに里帰りでもしてくるか?」

「いやあ、自分は勘当された身ですから」

 口ではそう言いつつ、まんざらでもない様子の青年が、形だけの押し問答の末にそれじゃあ、と頷きかけた瞬間。

「――いえ、私が行きましょう」

 珍しくそう主張した『眠り猫』に、支部長はおや、と目を細めたが、すぐに肩をすくめて承諾の意を示した。

「いいさ、行って来い。ついでに少しは羽を伸ばしてこいよ。この一年間、ずっと働き詰めだったんだから」

「ありがとうございます」

 珍しく皮肉なしにそう頭を下げて、足早に部屋を後にする男の背中を見送って、やれやれと苦笑を漏らす支部長。

「素直じゃねえなあ、あいつも」

「? どういうことですか?」

 首を傾げる青年に何でもない、と手を振って、その手から報告書をむしり取る。

「さて。奴が抜けた分の穴埋めをしないとな」

 嬉々として書類仕事を片付け始める支部長を、化け物でも見るような目で見つめていた青年だったが、弾かれたように動き出し、未決済の書類を机に積み上げた。

「これもお願いします!」

「げっ、まだあるのかよ……こりゃあ、失敗したかな?」

 後悔しても、まさに後の祭りだ。


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