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 北大陸の冬は果てしなく長い。雪に降り込められてもう幾月が経過したものか、それさえも曖昧になるほどだ。

 夕飯を終えた今もなおしんしんと降り積もる雪は、一向に止む気配がない。この調子では明日も雪かきが大変だ、などと考えつつ、夕飯の片付けをエスタスとマリオに任せて古びた帳面を繰っていたラウルは、ふと気になる表記を見つけて手を止めた。

「――ん? なんだこれ」

 それは分神殿から引き揚げてきた大量の記録類、その中から適当に抜き出した一冊だった。黄ばんだ頁にはゲルク老の流暢な字で『立てこもり事件』とだけ記されている。日付はファーン新世暦一二二年七の月二十八日。夏祭までもう少しというところだ。

「どうかしましたか? ラウルさん」

 親子揃って夕飯に呼ばれていた村長が、ラウルの声を聞きつけて資料の山から顔を覗かせる。

「なあ村長、この『立てこもり事件』って知ってるか?」

 そう尋ねると、村長の笑顔が凍りついた。

「はあ、まあ、何といいますか」

 何やら歯切れの悪い村長に、隣で資料を整理していたカイトが訳知り顔で割り込んでくる。

「村長さん、ご自分のことなんだから恥ずかしがらずに話してあげたらいいじゃないですか」

「自分のこと!?」

 思わず大声を上げてしまったら、ちょうど寝室から出てきたアイシャに「しーっ」と口に指を立てられた。

「よく寝てるから」

 夕飯の途中で眠りこけたルフィーリを寝かしつけに行ってくれた精霊使いの少女は、悪いわるいと拝んでみせるラウルに頷いて、すたすたと台所へ消えていく。

「いやあ、おチビちゃんも随分と粘ったものですねえ。あ、私もちょっとお手伝いに――」

 明らかに話を逸らそうとしている村長を真っ向から見据え、訝しげに問いかけるラウル。

「村長。自分のことってどういうことだ?」

「いやあ……お恥ずかしい」

 細い目を更に細め、頭を掻くばかりの村長。いつだって飄々とした様子の彼が、ここまで困惑の表情を顕わにしているところは実に珍しく、だからこそ余計に気になる。

 さあどうやって問い詰めよう、と思案しかけたところで、台所へと続く扉が開いて、賑やかな声が溢れてきた。

「いやあ、さすがにこの人数だと一仕事だな」

「あ、ラウルさん。洗い物、終わりましたよ!」

 まくっていた袖を下ろしながら朗らかに報告するマリオ。

「もう終わったのかい?」

「うん。今日はエスタスさんが手伝ってくれたから」

 逃げ場を失って明らかに落胆した様子の村長は、しかし続くエスタスの台詞に顔を輝かせた。

「俺達はそろそろ失礼しますけど、村長はどうします?」

「あ、それじゃ私も――」

 好機とばかりに逃げ出そうとする村長の首にがしっと腕をかけ、にやりと笑う。

「なあ村長、たまには酒でも飲みながら昔話でもしようぜ? マリオ、親父さんをもうすこし借りてもいいか?」

「いいですよ。じゃあ父さん、僕は先に帰ってるから、ごゆっくり!」

 あっさりと息子に手を振られて、情けない顔になる村長。

「それじゃあ、お先に失礼します。ラウルさん、また明日!」

「おう、気をつけてな」

 そそくさと帰っていく四人に手を振って応えながら、食器棚の隅に隠しておいた秘蔵の酒を引っ張り出して、どんと食卓に置いた。

「カイトが知ってるくらいなんだ、村の人達はみんな知ってる話なんだろ? 変な尾鰭がついた状態で知られるのと、自分で話すのと、どっちがいい?」

 その脅し文句に、これはもう逃げられないと悟ったのだろう。観念したとばかりに大きく息を吐き、長椅子へと深く腰掛ける。

「長い話になりますよ?」

「夜は長いんだ、ちょうどいいじゃないか。いいから聞かせろよ」

 向かいの席にどっかりと腰を下ろし、早々と聞く体勢に入ったラウルに苦笑を漏らし、村長はどこか照れくさそうに机の上で手を組んだ。

「あれは、私がまだギルドの平構成員だった頃のことです」


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