1話 干渉
目を開けると、俺は真白な世界に立っていた。
立っていたとは言ったが、地面などなかった。自分がどこに立っているのかは分からないが、少なくとも落下したり浮遊したりしているということはない。四方を見晴るかしても、全てが白一色に染められている。
『チョット……マッテネ』
どこからかあの声、音がした。
やがて目の前5m程に、黒い靄のかかった球状の物体が現れる。
『Praz……はじめまして? 君は誰でしょう』
靄は徐々に人の形へと変わってゆく。
「聞きたいのは俺の方だ。お前は誰だ、ここはどこだ」
『うーん……ニィちゃん? 新谷くん……? あ、お兄ちゃんとも呼ばれているようだね。とりあえずお兄ちゃんと呼ばせてもらうよ』
「呼び方なんてどうでもいい、早く話を聞かせろ」
『Obriga……あり……がとう。さて、私が誰か、ここがどこかだね。私は現実世界と鏡世界の境界線、お兄ちゃんたちが原初鏡と呼ぶものさ。分かりやすく言えば神様かな。そしてここは、今という時間を空間に変換したものであり、私そのものだよ』
「よく分からないが、俺はどうしてここにいる」
『私にも分からないや。誰かが現実世界から鏡世界に干渉するような願いでも叶えようとしたのかな。少なくとも、ここに来ているということは、出口は鏡世界の方だろうね』
「どういうことだ? お前が叶えた願いじゃないのか?」
『その辺はよく分からないや。「私」は今生まれたばかりだからね。それより大変なんだ、聞いておくれよ』
靄は手足を生やし、人の形を成して立っていた。
『実はこんなことになっちゃったんだ』
靄が手を挙げると、どこからか靄の背丈の十倍を超える巨大な、虹色の鏡が降りてきた。鏡はナイフで切り刻んだようなヒビが入っており、十数個の破片が今にも崩れ落ちそうになっている。
『これは私、原初鏡さ。どういうわけかこんなことになったんだけど、このままじゃあ完全に破片になってしまうんだ』
「破片になったらどうなるんだ」
『大変なことになる』
「具体的に言え」
『世界が混ざるんだよ、こう……もともと一つだったものが、また一つに戻るように』
「意味が分からんな」
『うーん、どう言えば良いのかな。こう----』
突如、靄の背後から鈴の音が鳴り響いた。鏡が破片となり、一枚一枚剥がれ落ちるように宙に溶けてゆく。破片が宙に溶ける度に鳴り響く鈴の音は、さながら断末魔の声のようだった。
『時間だね。最後に一つだけ教えるよ。鏡世界は人々の願望にyって構成されt……k』
靄が形状を崩し、その声はノイズがかかったように脳裏に響く。
「おい待て、まだ聞いてないぞ。まだ消えるんじゃねえ!」
『ごm……ネ、おニ……ちゃん……』
靄は風に流されるように姿を消した。真白な世界は闇に消えてゆき、俺が最後に見たのは、鏡面の外れた原初鏡の姿だった。