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E1-エスぺリオ・オリジェン-  作者: 心音
序章 プロローグ
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7話 現象

 地下一階……とは言うが、実際は地上にある。正面玄関を一階と数えると、それより一階層分低いために定義上地下一階という扱いになるのだ。丘の上に立地する学校なので仕方がないとは思うが、如何せん納得できない。入学当初は本当に地下室があるものと思っていたのだから、その落差のせいかもしれない。


 赤のペンキで「オカルト研」と書かれた部屋を見つけ、扉を開ける。


「おやおや、ノックも知らないのかなあ、ニィちゃんは」

「お前に礼儀を問われるとは心外だな--キョウ」

「ふひひ、それもそうだねえ」


 室内はひんやりとした空気が漂っていた。十畳ほどの空間だが、思ったより整理がされていて、アリスは黒い背表紙の本ばかりが並んだ棚を凝視している。

 キョウは俺達に背を向けたまま、壁に向かって話し……いや、違う。


「キョウ、それは何だ」


 キョウの目の前にはコンクリートの壁に同化しそうな、鼠色の大きな物体があった。


「見て分からないのかい、ニィちゃん?」

「分からないから聞いてるんだ。それと、その呼び方はやめろ」


「それって、化粧台ですか?」


 不意に、アリスが声を上げた。


「君は……そうか、ひひっ、君がニィちゃんの妹ちゃんかい。よく気づいたねえ、そうさ、そう、これは化粧台。でもただの化粧台じゃないのさあ、ひゃひゃ」


 ただの化粧台ではない、それは分かる。何しろ大きすぎるのだ。どうやってこの部屋に持ち込んだのか、高さは俺の背丈を優に超え、横幅は俺が両手を伸ばしても足りない。

 キョウはその化粧台を開く。徐々に鏡面が露わになり、そこに部屋一面が映し出されてゆく。


「そう、これは--これこそが」


「----原初鏡エスぺリオ・オリジェンさ」


 アリスがきゅっと俺の袖を掴む。


「どういう……ことですか」

「ああ、妹ちゃんには説明してなかったねえ」


 キョウは体を反転し、初めて俺達を視認した。


「……っっ!?」


 キョウの表情が一変した。動揺したのだ。


「どうした、キョウ」

「い、いや、なんでもないさ。ひひっ」


 キョウは顔を左右に振り、また気味の悪い笑みを浮かべる。


「あのねえ妹ちゃん、原初鏡って知ってるかい?」

「ええ……一応は」

「それがこれなんだ。分かったかい?」

「は、はあ……」


 アリスが酷く困惑していた。


「仮にそれが事実として、それをどうするんですか?」

「ひひっ、察しが良いね。流石は妹ちゃんだよ。実は君たちには、してもらいたいことがあるんだよお」


 キョウは再び体を反転させ、鏡に正対する。大きく開いた鏡には、部屋のほぼ全体が映っていた。


「お二人さん、原初鏡についてはどこまで知っているかなあ」

「私は特に……願いを司るものだというくらいで」


 アリスは目を逸らしながら答える。


「そんなものかあ、まあそんなものかあ。実はね、原初鏡はどんな願いでも叶えてくれるんだよ」

「では、私たちに願ってほしいと……?」

「ああ、そうさ。そういうことになるねえ、ひひっ」


 キョウの不気味な笑い声が室内に反響する。


「おい待て、どうして俺達に願わせるんだ。自分で願ったらいけないのか?」

「おやおや、すまないねえ。語弊があったみたいだね、訂正するよ。原初鏡は、特別強い願いを叶えてくれるんだ。でも僕にそんな願いはなくてねえ」


「何より、これが本物かどうか知りたいんだ。手伝ってくれるかい、ニィちゃん?」


 アリスがくいっと、俺の服を引っ張った。


「お兄ちゃん、私も興味があるの。もし本物なら……」


 アリスはその先を言わなかったが、なんとなく分かっていた。俺もアリスも、叶えたい願いが確かにある。昔叶えられなかった、どうしても叶えたい願いがある。キョウはそれも見抜いて俺達に頼んでいるのだろうか。


 俺達は一歩ずつ、鏡に近づく。キョウは立ち上がり、俺達を避けるように部屋の隅に移動した。


「ひっ、願うんだよ、強く。ずっと強く願うんだ」


 アリスと手が触れ、俺はその手を取った。鏡に映った俺達は、実際の姿よりも小さく見えた。

 俺は目を瞑って願った。アリスとの約束のこと、親のこと、暗莉のこと、色々な願いがあるが、その中で一番強い願いを。『皆が幸せでありますように』と。


 アリスの鈴の音が、静まり返った室内に響いた。恐る恐る目を開けると、そこには先程と何も変わらない光景が広がっていた。


「何だ、何もないじゃないか」

「ひいい……そんなはずが……」

「まあ、そんなところだと思ったよ」

「ひ…………」


 キョウはトボトボと部屋を出て行った。最後に一瞬見えた顔が本当に残念そうだったから、どこか申し訳ないような気になった。


「アリス、帰るぞ」


 アリスは鏡に向かったまま一向に動かない。


「アリス……?」

「お兄ちゃん……この鏡どこかで……」

「そうか? 化粧台なんて大抵の人の家にはあるだろ。うちにも母さんのがあるじゃないか」

「うーん、それはそうだけど……」


 化粧台を丁寧に閉じる。大きさの割に軽かった。


「ほら、帰るぞ」


 アリスは化粧台を僅かに開き、中を覗き込んでいる。


「お兄ちゃんこれ見て」

「何だ……?」

「良いから良いから」


 言われるがままにアリスが覗き込む鏡を、アリスの頭の上から覗き込む。そこには、鏡の中に鏡が、その鏡にもまた鏡が映し出され、どこまでも鏡の世界が広がっていた。合わせ鏡で遊ぶなんて誰でもしたことがあるだろうが、改めて見ると面白い現象だ。


「ね、綺麗でしょう」


 アリスは自慢気に言うが、鏡の中の無数のアリスが同時に口を動かしていて何とも言えない気持ちになった。


「もう、聞いてるの? あ、そうだ。お兄ちゃんはさっき何を願ったの?」

「それは秘密だ。願いっていうのは口外するものじゃない」


 間違っても『皆が幸せでありますように』なんて小学生みたいなことを言えない。


『ネガッタ……ナ』


 突如、脳裏に響くような声がした。いや、声と言うよりも音と表現するべきだろうか。


「アリス、今の……」

「私じゃないよ」


 お互いに顔を見合わせる。部屋を見渡しても俺達の他には誰もいない。


『イマ……ネガッタナ』


 もう一度声がした。


『ヨイダロウソノネガイ…………カナエヨウ』


 鏡が眩しい光を放った。いや、鏡の中の鏡、無限鏡の中の一枚が光り輝いていた。

 光は徐々に強さを増す。そういえば、無限鏡の十三枚目の自分と目が合うと死ぬとかいう、荒唐無稽な都市伝説があった……だなんて、そんなことを思い出しながら俺はその光の海に包まれていった。

ようやくプロローグ完結です。


次からは物語が少しずつ展開していけると思います。

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