6話 紹介
物思いに耽っていた俺は、初めの数人分の自己紹介を聞き逃してしまった。クラス発足時の自己紹介に大した価値がないのは承知だが、稀に面白い自己紹介をする輩がいるので、それは楽しみでもあった。
「かな子です、気軽にかなちゃんって呼んでね」
女の子らしさを作ろうとしているのがよく分かる。確か去年も同じクラスだったきがするが、特に関わったこともない。
他の紹介も似たようなもので、名前とその他の情報を述べる。人によっては進路や部活、趣味などを言っているようだが、あまり面白おかしな紹介をする奴は少ないようだ。
「くるみちゃんです! ギター弾き鳴らしながら俳句詠んじゃう文学青春少女だよ、よろしくねっ!」
……と思った傍から変な奴がいた。髪を水色のリボンで結ったツインテールが特徴的だ。テンションが高いように見えて、席に戻ると大人しく座っていた。さらによく見ると、スカートはきちんと膝丈で、お手本のそれのように背筋を伸ばしている。
先程の言動とその居住まいの差異に驚いたものの、その野に咲いた花のような美しさに俺はしばらく見惚れてしまっていた。
* * *
「次、二月……あら、二月はどこへ行った?」
「さっき体調悪いからって保健室行きました」
「そうか、じゃあ次。涼風」
先生の言葉に、一人の少女が席を立ち上がります。暗莉さんの席には大きなクッションと、一本のシャープペンシルだけが残っています。
「涼風茉莉愛です。今年は何か新しいことを始めたいです、よろしくお願いします」
一人の紹介が終わる度に乾いた拍手が起こり、次々と紹介が進みます。
「永野だ。建築デザイン科を志望している、よろしく頼む」
「次、新谷」
「「はい」」
前の人の番が終わり、私「達」の名前が呼ばれます。教室内に二人分の足音がして、クラスメイトの方々が少しざわめいています。お兄ちゃんに歩幅を合わせようとしましたが、逆に私に合わせられていました。二人で壇上に上がると、クラスメイトの温かく冷たい視線が届きました。
「新谷だ」「愛鈴です」
「「よろしく(お願いします)」」
打ち合わせなどは何もしていませんが、二人同時に礼をします。なんとなくお兄ちゃんなら合わせてくれる気がしたのです。
「アリスちゃーん、かわいいよーっ!」
突然クラスメイトの一人が立ち上がります。先程の四人のうちの一人のようです。確か彼はカウンセラー窓口を紹介してあげた人ですね。
「アリスちゅわあああああああん!」
呆れて席に戻ろうとすると、廊下から何かが滑り込んできました。
「アリスちゃんかわいいよアリスちゃあああああ、はあはあ」
愛子先輩でした。息を荒げて私に飛び付こうとしたようですが、担任の先生と目が合うや否や「ごめんなさあああああい」と叫びながら退散しました。
「相変わらず人気だな、アリスは」
お兄ちゃんが苦笑いを浮かべています。
「わらわないでよ、もう……」
席に戻る途中、目が合った凛人さんに微笑まれてしまいました。
始業式も終わり、放課後がやってきました。クラスは既にいくつかの集団に分かれていました。以前のクラスメイトや同じ部活での集団が多いようですが、数人は新しいお友達を作って下校しているようです。
三年生の方々が部活の勧誘に来ています。この学校は二年生から部活を始める人も多いので、そのためでしょう。
「新谷さんだったよね、くるみです」
澄んだ黒髪が目の前で揺れました。彼女、くるみさんのツインテールのようです。
「愛鈴でいいよ、よろしくお願いします」
「うん、よろしくね愛鈴ちゃん」
彼女は深々とお辞儀をすると、私の前の座席に腰を掛けました。
「愛鈴ちゃんは部活とか入らないの?」
「今のところは何も」
お兄ちゃんを横目にて認識すると、先の男子生徒さんと話していました。お友達か何かでしょうか。その割にはどこか陰険な雰囲気が漂っていますが。
「あ、そっか。さてはお兄さんとの時間が大切なんだね」
「ふぇ……いや、そんな……」
くるみさんがいたずらっぽく笑いますが、私はどうしたことか顔が熱いです。耳まで茹でられたような感覚がします、風邪でも引いたのでしょうか。
「あははっ、愛鈴ちゃんは素直だねぇ。あ、そろそろ部活だから失礼するよ」
そう言い残して、くるみさんは颯爽と駆けていきました。お兄ちゃんも丁度話を終えたようで、私はすたすたとお兄ちゃんに歩き寄ります。
「もう帰るか?」
「ううん、一つ行きたいところがあるの」
「……やっぱり見たのか?」
お兄ちゃんは指で四角形を描くジェスチャーをしています。多分パソコンのことでしょう。「やっぱり」と言うということは、証拠が残ってしまっていたのでしょうか。隠しても無駄なようなので、私はこくんと頷きました。
「やっぱりか。メールの未読マークが消えてたから、もしやと思ったんだが」
「だって私のために断られても、相手の方に失礼じゃない」
私が精一杯の文句をぶつけると、お兄ちゃんは困ったように目を背けます。
「いや、そうじゃないんだよ。何というか……いや、まあ良いか、どちらにしろ行く理由ができたからな。ほら、行くぞ」
差し出された左手を取ると、私達は理科棟地下一階、オカルト研究会の部室へと向かうのでした。