1話 答え合わせ1
ぼうっと中空を眺めて物思いに耽っていると、真っ白な空間に何かが現れた。よく見慣れた、長身の男だった。
「やあ、お兄さん」
『凛人? どうしてここに』
尋ねると、隣にまた一人現れた。暗莉だった。
「どうやら終わったみたい。何故か分からないけど、ここに集められているようね」
四葉のクローバーの髪飾りが揺れる。また一人現れた。花村四葉だ。
「アリスちゃんの最期は涙が止まらなかったわ」
「それを言ったら、四葉君こそ。夢半ばでは辛かったろう」
凛人は四葉の死を見ていないはずだが、どうなっているのか。
「お兄さん、死んでからは全ての出来事を見返すことができたんですよ」
「まあそれでも、肝心の『答え』は分かってないんだけどね。もしかしたら、私達がここにいるのは『答え合わせ』のためなのかも」
丁寧な花村の説明に続いて、暗莉が悩ましげに言った。
『見返したって、誰がどこで何をしていたか知ったってことか? 答えって何だ?』
「ボクはニィちゃんこそが不思議でならなかったねえ」
隣にいつの間にかキョウがいた。そしてくるみも。
「答えって、それこそ私の計画が狂った理由よ。この一連の出来事には謎が多すぎるわ」
真っ白な空間に集まった六人。いつの間にか靄の姿はなくなっていた。
「その様子じゃあアンタは見返してないのね。まあ良いわ、分かるように私が補足するわ」
『お、おう』
暗莉がそう言って、六人で輪になって座る。そうして六人による『答え合わせ』が始まった。
「まず、順を追って謎を浮かび上がらせましょう」
暗莉がその場を仕切る。
「ひひっ……それならまずは神田くるみがボクに提言したところからだあ。神田くるみはボクの家に突如現れてこう言ったのさ『願いを叶えたければ手伝いなさい』ってねえ」
『それはいつの話だ?』
「新谷くんがキョウにゲームで勝った日よ」
くるみが答える。俺以外の『見返した』人間までも驚いていたから、恐らく見返したというのは鏡世界が開かれてからの出来事を……だろう。
「私は、その時から既に鏡世界の開き方を知っていて、キョウと組んであなたを利用することにした」
『何故知っていた。そして何故くるみは俺を、見ず知らずの人間を選んだんだ』
「……小さい頃に、お姉さんから教えてもらったのよ。新谷くんは、鏡を開く素質があると去年から睨んでいたわ」
『お姉さん? それは誰だ、どうして俺に素質があると?』
「それなら恐らく、お兄さんは日頃からアリス君を溺愛していたからだね。実は学年中で噂が絶えなかったんだが、知らなかったのかい?」
凛人にそんなことを言われ、自分の鈍感さに驚いた。
「お姉さんのことは私も分からないわ。ただ、鏡のことを深く知っていて、消息は不明。私はあの人に会いたくて鏡を集めたの……まあ、叶わなかったけどね」
『叶わなかったってことは、あの後アリスが勝ったのか』
「それは違うわ。それについての詳しい説明は後として、まず一つ目の謎ね」
そう言い、暗莉はメモ帳に「お姉さん」と書き加える。
「次にいきましょう、鏡世界が開かれた日のことよ。ちなみに私達が見返したのは、鏡世界が開かれてからのことだけよ」
暗莉が補足する。
「この日、私はキョウを利用し、新谷くんをオカルト研究会に呼び出し、鏡世界を開かせる予定だった」
『予定が狂ったとでも? アリスのことか?』
「ひひっ……さすがに驚いたよお。妹ちゃんが鏡のことを知っていたら止められただろうからねえ」
俺は当時のことをできるだけ鮮明に思い返した。
『そう言えば、あの鏡は本物だったのか?』
くるみは唐突に笑う。
「あのねえ新谷くん、実はあの鏡はただの化粧台よ。鏡世界を開くには、鏡を向い合せて、つまり無限鏡の十三枚目に願えば良いのよ」
その言葉に一同が愕然とする。キョウさえも驚いていたから、詳しくは聞かされていなかったのか。俺が失敗したときキョウが肩をすくめて帰ったことを思い出す。
「だとしたら、どうして君たちが開かなかったのかい」
凛人が言う。
「開かなかったのよ。私達の願いでもびくともしなかったの」
『そういうものなのか』
何故俺に開くことができたのかは分からないが、それこそ誰にも分からないだろう。
「私が一番気になるのは、どうして鏡が割れたのか……ですね」
「どうしてって……あれ? そう言えば変ね」
「分からないことが多すぎる、一体どうなってるの」
皆が雑然としている中、冷静に事を考察する。
『もしも、もしもだが、願いが一人分しか叶わないとしたらどうなる。もしそうならば、誰かが意図的に鏡を壊した。そうだ、全ての鏡を集めきったのは誰なんだ。そいつが壊したに違いない』
場がしんと静まる。彼らは顔を見合わせてひそひそと話す。
「そっか、アンタは見てないのね。実は、全ての鏡を手にしたのは……」
「そこの、お兄さんの後ろの、靄なんです」
暗莉と花村が言う。振り返ると、人の形をした靄が背後で笑っていた。
「いやあ、最初から全て私の手の中にあったんだよ」
『靄、お前は誰なんだ』
「さあね、君も知っている人間だよ」
『つまり、謎が解けたときお前の正体も分かるってことか』
「ご名答」
靄が見つめる中、俺達は答え合わせを再開した。




