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E1-エスぺリオ・オリジェン-  作者: 心音
4.5章 茉莉愛編
43/54

5話 圧倒的

「遅くなってごめんね、今助けるから」


 それは初めて見る、柊先輩の凛々しい姿だった。


七枚目の鏡(エスぺリオ・セッチ)--『親愛の矢(ラブ・アーチェリー)』--」


 先輩が鏡を解放すると、手にしていた矢の先端がハート型に変わった。弓を引いて、その矢先を壮馬に向けた。


「はっ、何をしているのかな!」


「避けないでね、『再生の矢(ヒーリングアロー)』」


 ハート型の矢先が壮馬の胸に刺さると、壮馬の傷が見る見るうちに回復した。火傷でただれた皮膚も、焦げた服も皆元通りになっていた。すると刺さっていた矢は光と共に消え去った。


「痛っ……ってあれ? 俺生きてるのか?」


 何事もなかったかのように壮馬は体を起こした。


「それなら、柊先輩が--」


 壮馬に説明しようとすると、柊先輩は二本目の矢をこちらに向けていた。


「『隔壁の矢(プロテクトアロー)』、後は先輩に任せなさい」


 私たちの足元に矢が刺さると、透明な壁に包み込まれた。


「待ってください、俺も戦いますから!!」


「再生の矢は一本しかないの。巻き込んじゃったら今度こそ死んじゃうから」


 壮馬は見えない壁を叩くが、壊れはしない。触ってみると弾力のある壁だった。


「面白い魔法だけど、一人で私と戦おうだなんて余裕ね! さあ、テトラ、アルト、クリア、リッチ、ホルン、あの女をやっちゃいなさい!!」


 人形は柊先輩を取り囲むように、全方位から飛び寄る。


「先輩、危ない!!」


 私は咄嗟に叫ぶが、先輩は聞こえているのか聞こえていないのか、自慢げな笑みと共に矢を頭上に放つと、矢は上空で五つに分裂し、それぞれの人形に向けて降下した。


「『飛散の矢(スプラッシュアロー)』、語弊があったかな。私が巻き込んじゃうから避難させたのよ」


「すげえ……」


 壮馬が感嘆の声を上げた。人形は見事に射抜かれて、柊先輩の周囲に人形の円が形成されていた。


「くそっ……そんなのずるい!」


 少女は不満の声を上げている。仕掛けたのはそちらだろうに……と言いたいが、柊先輩はそれほどに圧倒的だった。少女がスカートから新たな人形を取り出すと、それが手を離れるより先に少女の胸が射抜かれた。


「『退魔の矢(セイントアロー)』、悪いけど手加減はしないわ。降参しなさい」


「何これ抜けない、それに何!? 魔法が使えない!!」


 少女はその場を転げ回りながら矢を引き抜こうと四苦八苦していた。


「それは一度見た魔法を二度と使えなくする魔法。見たところ、あなたの魔法は三つだけ。人形を生成する魔法と、人形を操作する魔法。そして爆破する魔法。同時に操作できる人形は五つで、損傷を被ると操作下から外れる。そんなところかしら」


「くそ、くそおおお!!!!」


 転げ回る少女の口元が、一瞬笑っていたような気がした。唐突に嫌な予感がした。私は咄嗟に叫んでいた。


 柊先輩の死角から、人形が飛び出していたのだ。世界が全てスロー再生されていた。柊先輩が振り返った瞬間、人形が潰れるように圧縮されて、次の瞬間には爆炎以外の何も見えなかった。


「「先輩っ!!!!」」


 私達を囲っていた壁が消失し、先輩の元に駆け寄った。


「ごめん……ね、失敗……しちゃった……」


 柊先輩は気管を火傷したのか、ひゅーひゅーと息が喉を通る音がしていた。


「残念だったね! 私達もあんた達と同じ--二人で鏡を共有してる人間なんだよ!!」


「……なの」


 少女の隣に、黒いフリルスカートの少女が立っていた。白の少女とは対照的に本物の人形のような雰囲気を醸し出していた。


「茉莉愛、お前は先輩を頼む。俺が時間を稼ぐから、頼む」


 こくんと頷くと、壮馬は駆け出した。私は柊先輩と目を合わせた。


「涼風……さん、もう……永くないから、一つだけ」


「はい、何でしょうか」


 握った先輩の手は冷たかった。まるで氷でも触っているかと思った。


「青柳くんのこと……助けてあげて。……好きなんでしょ……いや……そんなのじゃ……なさそ……ね」


「せんぱい……? 先輩!?」


 先輩の腕がずしりと重くなって、私は彼女の死を察した。人は随分と簡単に死ぬものなのだなんて、私の心は変な落ち着きを見せていた。先輩を引きずって日陰に移すと、私は制服の胸リボンを外した。


六枚目の鏡(エスぺリオ・セイス)--相支相愛エフェクタルファミリア--」


 私はようやくあの胸の痛みに気付いた。もしかしたら最初から知っていたのかもしれない。


 私は壮馬が好きだ。でも、恋愛なんかじゃない。その程度で片付く感情ではなかった。


「私が……壮馬を支える!!」


 手に取った拳銃は、空色のオーラを纏っていた。

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