2話 無邪気
「では、現状確認をしましょうか」
ようやく見つけた。俳句同好会はほんの最近設立されたばかりのもので、理科棟地下一階(地上にあるのだが)の一室を一時的に部室として借りているらしい。そんなものだから、当然知っている人など全くおらず、俳句同好会の顧問だという先生に遭遇しなければ辿り着かなかっただろう。
辿り着いた先で私と壮馬、柊先輩ともう一人の女子生徒が一つの机を囲んで座っている。柊先輩が可愛らしく場を仕切っているため、良くも悪くもいまいち緊張感はない。それにしても、この女子生徒をどこかで見たことがある気がするのだが思い出せない。
「俺達、何も分からないんです。気づいたらナイフを持った人形が襲ってきて……あれは一体」
壮馬が私達の現状を報告している間あの日のことを思い出してみるが、改めて異常な光景だったと思う。まるで童話の世界に入り込んだようだった。
「達……? あなた達二人とも向こうにいたの?」
「うん、わたしが確認したから間違いはないよ。ただ……変なんだよね、神田さんも分かる?」
女子生徒が読んでいた本を膝に置いて疑問を発すると、柊先輩が返答した。
「ええ、この部屋には合計三つの反応しかないです」
「反応って、何のことですか?」
私はたまらず質問するが、二人はますます困った顔をしていた。
「鏡の反応なんだけど、もしかして分からない?」
柊先輩がそう問うと、私と壮馬は目配せをした。完全に会話から置いて行かれているようだ。
「鏡っていうのは、原初鏡の破片ことだよ。それを手にした人は鏡についての知識が脳に刻まれるはずなんだけど……」
「えりん先輩、どうやら最初から説明する必要がありそうですね」
神田さんとかいう女子生徒の一言によって私達は一通りの説明を受けた。鏡世界という存在のこと、鏡は全部で13枚あること、全ての鏡を集めると願いを叶えられること、そして鏡を得るために争いを起こす人もいること、そして魔法という未知の現象のこと。
「つまり、私達を襲った人形は誰かの魔法ということですか」
「恐らくそうでしょう。でも、それよりも今は先にえっと……」
柊先輩が背伸びをしながら真面目な話をしていると、微笑ましさが先行して雰囲気も何もなかった。
「鏡の持ち主は、感度の強弱はありますけど鏡の居場所がある程度分かるんです。私達は感度は弱いけれども、この距離なら間違いなく分かります。この部屋には私と柊先輩の二つを含めて、三個しか鏡がないんです」
神田さんの言葉と共にどこからか冷たい空気が肩を掠めた。建付けの悪い扉からの隙間風だった。
「すみません、俺まだよく分かんないんですけど、それの何が問題なんですか?」
壮馬が私の言いたいことを先に代弁してくれた。
「話すよりも実際に試した方が早いかも……ちょっと目を閉じて、自分の心を見つめるイメージでもう一度目を開いて」
柊先輩の指示通りに目を閉じてから、心を見つめるということの説明の曖昧さに気付いた。心がどこにあるのかも分からないのに、それをどう見つめろと言うのだろうか。心は脳にあるのか、それとも心臓にあるのかと囁かれるが、私は心臓にあるのだと思っている。
意識を胸に集中させると、夢を見るような落ち着きと共に目を開いた。あの部室の薄明るい光が見えると共に、私は拍手を聞いた。柊先輩が胸の前でパチパチと手を叩いていた。
「本当に二人とも来てますね」
神田さんは驚いた顔をしている。私は何に拍手されていて何を驚かれているのかと考えて、少し口に出してみる。
「もしかして、鏡世界とかいうものですか?」
「うん、その通り。ここが鏡の持ち主のための世界で……って、この間あなた達が追われていたのはこの世界での出来事なんだけどね」
「まさか、俺達は無意識にここに来ていたということですか」
しかし、見た限り全く同じ世界だ。部室はコンクリートの内壁が剥き出しで、その壁にペンやらスプレーの落書きが見られる。壮馬も同じことを思っているのか、部屋をきょろきょろと見回していた。
「そうなんだろうけど、一つ問題があってね」
「問題?」
「実は、鏡を持ってない人はこの世界に来れないの」
柊先輩が言ってから三秒考えた。まず現状理解、鏡は合計三枚、ここにいるのは四人。人数に間違いはないため、可能性があるとしたら鏡の枚数だ。
「あ、鏡の枚数は間違ってないから」
神田さんは私の考えを読んだかのように言う。
「だとしたら、私達が二人で一枚を共有していると?」
「信じがたいけど、そういうこともあるのかも」
鏡については分からないことが多いということだったが、可能性が広すぎるというのは困るものだ。それに、それではまるで私と壮馬の心が繋がっていると言われているような気がしてくすぐったい。
「少し……外の空気を吸わせてください」
どうしたことか頬が熱くなって、私は席を立った。それに、一度に次から次へと常識を超える言葉を並べられては頭がもたない。
「あ、外に行くならついでに魔法の練習しよっか」
そんな中、柊先輩はどこまでも無邪気だった。




