4話 花弁
十数分が経過したことでしょうか。教室は徐々に人を増やし、皆新しい級友と交流を広げています。お兄ちゃんは先程から友達……でしょうか、私の知らない男子生徒と会話しています。凛人さんは先生に用事があるそうで、「すぐに帰る」と言い残したまま帰ってきません。暗莉さんは鞄にでも入れていたのか、大きなクッションに顔を埋めて寝ています。
「君が噂のアリスちゃん? 可愛いねえ、連絡先教えてくれない?」
残る知人の四葉ちゃんも見当たらず、結果私の周りにはクラス内外問わず知らない男子生徒の方々が集まっていました。一人ならまだしも、四人もいるとあしらうのも面倒です。
一つ長い溜息を吐いて、メモ用の付箋紙に電話番号を書き入れます。
「はい、これどうぞ」
できる限り不愉快そうな顔をしながら全員にそれを渡します。
「マジで!? アリスちゃんマジ天使!」
「ありがとう、帰ったらすぐにでも電話するね!」
全員が全員、嬉々としながら解散しました。四葉ちゃんから教えてもらった撃退法ですが、上手くいったようです。もちろん番号は私のものではなく、一人目から順に児童相談所、精神科医、カウンセラー窓口、ハローワークです。明日どんな顔をされるのか楽しみです。
「それにしても、また一人になりました」
独り言がこぼれます。あんな人達でも退屈はさせてくれないのですね、失って初めて分かりました。
朝礼まであと十分です。
ぼんやりと外を眺めると、中庭の洋風庭園に桜の花弁が散らばっていました。今年は開花が遅かったからか、木の方には桜と葉桜が共存しています。葉もまだ色づいていないため、ピンクと黄緑のやさしい色合いが心を落ち着けます。
その木の陰に赤いリボンの女の子が見えて、私はせっせと中庭に向かいました。
赤レンガの道を辿り、庭園の中心に向かいます。庭園はソメイヨシノを囲むように円形に広がり、まるで花の国のようです。
「あら、アリスちゃん。ごきげんよう」
藍色の花を見つめる彼女は花村四葉ちゃんです。去年最初にできたお友達で、四葉のクローバーを模した髪ゴムがよく似合います。彼女は園芸部に所属していて、将来は砂漠にお花を植える仕事がしたいそうです。
砂漠にお花が植えられるのかと気になって調べたのですが、まだ研究途中のようです。
「おはようございます、四葉ちゃん。園芸部の活動?」
「ううん、今日の水やりは終わったのよ」
「……? じゃあどうしてここに?」
四葉ちゃんは困ったような笑みを浮かべます。
「実は園芸部の部長になっちゃって、少々心が落ち着かないの」
桜の根元に、新芽が顔を出しています。それを見た私は、そこはかとなく胸が温かくなった気がしました。
「ね? 落ち着くでしょう」
四葉ちゃんが得意気に微笑みます。なるほど、四葉ちゃんが部長に選ばれた理由がひしひしと伝わります。
「うん、でも……そろそろ教室に戻らないとね」
私はそっと右手を差し出します。四葉ちゃんの温かな手が触れると同時に、手首の鈴が勢いよく鳴りました。




