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E1-エスぺリオ・オリジェン-  作者: 心音
4.5章 茉莉愛編
39/54

1話 女の子

4.5章は0章6話で名前だけ登場した、涼風茉莉愛を主人公とした物語となります。

 何が起こったのか分からなかった。私たちはただ放課後の部活見学の行き先を二人で話し合っていたはずだった。それが、いつの間にか人形に追われていた。メルヘン好きな私ではあっても、ナイフを持って自走する猟奇的な人形なんて御免だった。


茉莉愛(まりあ)、危ないっ!!」


「へっ……?」


 時間が止まって見えた。振り返ったその正面に、あの人形が笑っていたのだ。私は来たるべき痛みに目を閉じた。


「あ、あの、もう大丈夫だよ……?」


 しかし予想していた衝撃は来ないどころか、聞きなれない幼い声がする。そうして目を開いてみると、向日葵の装飾が着いた髪ゴムでサイドテールにしている小さな女の子、多分小学校高学年か中学一年生くらいの可愛らしい女の子がいた。

 その手には植物の枝のような、しなやかな稜線を描く弓が握られていて、人形は傍らに射抜かれて動かなくなっていた。


「あなたが助けてくれたのかな、ごめんね、かっこ悪いところ見せちゃって」


 腰を屈めて目線を合わせ頭を撫でていると、女の子は今にも泣きそうな顔をしていた。


「わ、わたしは……わたしは(ひいらぎ)えりん、立派な高校三年生ですううう!!!!」


 ついに泣いてしまったと思うと、私から逃げるように走り去ってしまった。


「茉莉愛、大丈夫か?」


「もう、何が何なの……」


 へたり込んだアスファルトは、膝に優しい暖かさだった。





 私は涼風茉莉愛すずかぜまりあ、県立萩野丘高校二年、特科Bクラスの生徒だ。今は幼馴染の青柳壮馬(あおやぎそうま)と共に昨日の女の子(本人曰く先輩らしい)を探している。

 というのも、壮馬が「あの人、うちの制服着てたぞ」なんてことを言ったからだ。お礼が言える範囲内にいるのなら、ぜひとも言いたい。


 三年生のフロアは受験勉強を始めた人たちによって少し堅苦しい雰囲気が漂っていた。三年特科クラスの方はむしろ二年生のそれよりも余程明るいかもしれない。


「三年生は社交的な人が多いのかな」


「特科クラスは二クラスしかないんだから、三年でも大半が親しい仲なだけだろ」


「なんで壮馬はそう夢のないこと言うかな……」


 呆れつつ廊下を歩いていると、高身長の男の人が私たちに歩き寄った。


「君たち三年じゃないよね。どうしたの、人探し?」


「は、はい。その、ヒイラギ……」


 初対面の人に話しかけられたからか、緊張で彼女の名前をど忘れしてしまった。


「柊えりんっていうひとを探してるんです。ご存知ですか?」


「おお、えりんちゃんの。おいで、彼女なら特進Aの教室にいるはずだ」


 三年生の間では有名なのか、名も知らない先輩に連れられて私たちは先日の女の子(せんぱい)に会うことができた。


「先日は、どうもありがとうございました」


「いえ、先輩として、先輩として当然のことをしたまでです」


 訴えるように「先輩」を誇張する彼女に、彼女のクラスメイト達が「かわいいかわいい」と群がって、彼女はその波に呑まれた。


「あ、良かったら放課後俳句同好会の部室まで来……みんな待ってって……うわああん」


 そんな最後の言葉を残して。


「あの人は良い人だったな……」


「死んだみたいな扱いしてない!?」


「冗談だ、半分は」


 壮馬はいたずらっぽく笑う。その笑顔に何故か心を動かされている私がいた。友人に一度相談したことがある、この気持ちは何なのかと。友人は「それは恋だね」などと言っていたが、そうでないことは私が一番知っていた。壮馬は幼馴染で、私は彼をそういう目で見たことなんてないし、この先もそういう目で見ることはないだろう。


 その後の授業はずっと上の空だった。先生が何を言っても私はノートに今の心象を言葉にして書き綴っていた。そこには脈絡もない言葉が並んでいたのだが、それは的確に私の心内を現していた。


「柊先輩、可愛かったな」


「何? 壮馬、ああいう小さい(ひと)が好きなの? でもあの人アイドル気質だから付き合おうとしても囲いに叩かれるよ」


「バカ、そういうのじゃねえよ」


 放課後になって壮馬がそんなことを言うものだから、混乱した心は落ち着くのに時間が掛かりそうだった。


「で、行くのか?」


「うん、呼ばれたんだから行かないと」


 私は柊先輩に呼ばれた場所に、俳句同好会の部室に向かった。いや、向かおうとした。


「行くのは良いんだが、どこにあるんだ? 校内地図にもそんな部室書いてないぞ」


「えええ、じゃあどうするの?」


「知らねえよ、聞き回るかしらみつぶしに探すかじゃないのか」


「聞き回るって、私が人見知りって知ってて……」


「ああ、もう。俺が聞いてやるから、ほら行くぞ」


 壮馬に強引に手を引かれて歩き出す。その手から伝わる温もりに、私の頭はいよいよ爆発しそうだった。

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