2話 追憶
幾晩をも泣き明かすと涙は涸れ、その果てにはただただ静まり返った半無意識状態の私が残りました。起きているとも寝ているともはっきりせず、ただ焦点の定まらない視界に部屋の角を映します。そうして私は白昼夢のように現実と夢とを行き来するのですが、夢の大半は走馬灯のように追憶するものでした。
もう何年分の記憶を見返したことか分かりませんが、まだ大した時間が経過していないようで、まだ朝の日差しは山向こうに眠っています。
お兄ちゃんが鏡世界に飛ばされたあの日も、こんな始まりをしていました。
うららかな日光を受けた窓が廊下を晴れやかに描き出す中、私たちは始業式のために講堂へと向かっていました。
「アリス君、先程はすまない」
朝礼の前に、凛人さんは何か話したいことがあったようですが、職員室に呼ばれてしまって肝心の話ができていませんでした。
がやがやと落ち着きのない群列の中で、凛人さんは私の手をそっと握りました。人混みに流されないためには最適なのですが、父性の感じられる凛人さんだからこそ、子ども扱いされているように思えてしまうのでした。
「実はね、アリス君の両親のことなんだが……構わないかい?」
「ええ、まあ……」
私が両親を亡くしてから七年。それは同時に私が新谷姓を名乗ることになってから七年ということでもあるのですが。
「この春に、アリス君の祖国を訪ねたんだ」
両親の生前のことはあまり知りません。私が幼かったこともありますが、二人はどうも私に対して研究内容を隠すようにしていたからです。
二人は何かの研究者として国内外に名を馳せていました。そしてある日何かを探して旅立ち、その果てに息を引き取りました。
私が知っていたのはその二点だけで、特別知りたいという気持ちはなけれど、知りたいと思っているのも確かだったのですが、両親について調べようとすればするほど、どこか調べてはいけないような気がしてしまっていました。
しかし、凛人さんは三年ほど前のある日、私にこう言ったのです。
「君のことを知りたい。だから、良かったら君の生い立ちを語ってくれはしないかい?」
まだ凛人さんと出会って日の浅い頃でしたが、その真っ直ぐな瞳には明確な意志が感じられて、私は全てを話しました。すると凛人さんは、私のことよりもむしろ私の両親の研究に興味を抱いたようで、私に言ったのです。
「君の両親が何をしていたのか、二人で調べないか」
そして、承諾しました。一人では何故かできなかったことですが、凛人さんとならできる気がしたのです。
その果てに、両親が原初鏡の研究者であることが発覚しました。しかし、それ以上のことは分からず、研究の成果はどうであったのか等、知りたいことは増える一方でした。
あれから三年経った今、凛人さんが私の祖国を訪ねたというのですから、多少なりとも期待をせずにはいられませんでした。現地でないと得られない情報はあるでしょうから。
「するとね、面白いことが分かったんだ。不思議なことと言うべきかな」
「不思議なこと……ですか?」
「アリス君も知っての通り、原初鏡は何故か太古から世界全土で言い伝えられている。この時点で不思議なものだが、それよりも不思議なのは、原初鏡の読み方だ」
「読み方といいますと、『エスぺリオ・オリジェン』ですね……はっ、そういうことですか!! 確かに不思議です、だってそれは私の--」
「そう。アリス君の第二母語だ。そう考えると、アリス君の両親が何故海外での生活を営んでいたのか……もしかしたら彼らは、そのことに気づいていたのだろうと分かる」
日本では八咫鏡がそれに当たりますが、各国で原初鏡なのではないかと言われている物品があります。そして今の話から推察すると、私の祖国であるあの国の鏡が、本物の原初鏡に最も近しい可能性があります。
「他には、何か分かりましたか!?」
私が興奮気味に尋ねると、講堂の前で生徒会役員が急いで入場しろと急かしていました。
「大した話は残ってないのだが、もう一つだけ気になったことがある。海外の多くの国では、原初鏡を『E1』と表記しているようだ」
それがどんな意味を持つのかは分からないそうで、私たちは急ぎ足で始業式に臨みました。




