1話 追撃
凛人と出会ったのは、小学校に入学したときだった。しかし、仲が良かったということは決してなく、それは現在も変わらない。
凛人は比類なき天才児で、周囲からの人望は厚かった。それ故に、家が近いと言えど特別な親しみは持てず、俺は暗莉と一日の大半を過ごしていた。それでも、心のどこかでは凛人に憧れていたことも確かだった。
そんな無に等しい関係が変わったのは、アリスがやって来てからだった。小学校生活も中盤を過ぎたころ、凛人はアリスを見るや否や、綺麗な貝殻を見つけた子供ように目を輝かせた。
そんな凛人だからこそ、きっと鏡に選ばれてしまうだろうと思っていた。
「無様なものだ。今の君は誰よりも弱い」
弱い。そう言われてどこか腹立たしくもあった。俺は鏡を得た人間でなければ、魔法が使えるわけでもない。そして、凛人のように秀でたものがあるわけでもない。
「俺にどうしろって言うんだよ……」
地面に膝をついたまま、俺は凛人を見据える。くるみは警戒しているのか、後退りして凛人と距離を取る。
すると、テレスが一歩前に歩み寄った。しかし何も言わず、ただ凛人と目を合わせている。
「そうだね、僕と決闘しよう。一対一の、正々堂々とした決闘だ。賭けるものは--アリス君だ」
「あんた、何言ってるの!? 新谷君は鏡を持ってないし、愛鈴ちゃんは何も関係ないじゃない!!」
くるみが咄嗟に責めるが、俺はその場に立ち上がった。
「決闘か……お前と喧嘩したのは一回しかなかったな」
「新谷くんも、何言ってるか分かってるの!?」
俺はただ、怨念のように脳裏に絡み付く暗莉のことを、どうにかして振り払いたかった。
「交渉成立……のようだね。では場所を変えよう。ここでは狭すぎるからね」
くるみの仲裁を無視して、俺達は萩野丘高校のグラウンドに向かった。
学校は、先日の花村四葉との一件で見る影もなくなっていた。鉄筋が剥き出しになり、窓は溶け、花々は土と化していた。
「何か変な感じがするの」
テレスが訝しげな目をしながら辺りを見回している。
「校舎がこうなっちゃったからね……仕方ないんじゃないかしら」
「そうじゃないの……もっとこう、嫌な感じがするの」
テレスは怯えるように肩を竦めている。
「くるみ、アリスは無事か?」
「まあ……部屋に籠ってはいるけれど。それと、一応現状は伝えたわ」
「アリスは何か言ってたか?」
くるみは首を横に振った。花村のことでまだ気を病んでいるようだ。アリスにとっての花村と同じくらい、またはそれ以上に大切な人を亡くしたというのに、俺の心は薄情なものだ。
「さて、ここで良いかな?」
グラウンドの中央に来て、凛人は言う。俺が頷くと、くるみとテレスは俺達から距離を置いた。
くるみは勝手にしろとばかりに、拗ねた態度を取りながらも、まだ俺のことを心配してくれていた。
「それでは始めよう」
凛人は目を閉じた。精神を研ぎ澄ませるように深く息を吸うと、背中の方で鏡が輝いた。
「一枚目の鏡-剣はペンより強し-」
その言葉を放つと、凛人の正面に二本の剣が現れた。青銅の宝刀のようで、日を受けて鋭く輝いている。
「ちょっと、待ちなさいよ。喧嘩なら拳で殴り合いなさいよ。正々堂々って言ったのは安恒くん、あなたでしょう?」
「やれやれ……君は勘違いしているようだが、これは正々堂々とした--騎士道だ。彼がアリス君を守り抜けるだけの人間かどうか、見極めさせてもらう」
「そういうことだ、くるみ。危ないから下がってくれ」
俺は差し出された剣の片方を手にすると、西瓜ほどのずしりとした質量を感じた。凛人はもう片方の剣を取ると、剣道の要領で前面に構えた。
互いに三歩ずつ下がり、十分な距離が開いたところで勝負は開幕した。
「うおらああああ!!!」
地面を強く蹴って凛人の懐に飛び込むと、剣を大きく横に振り払った。凛人はそれを受け止めると、弾き返す。弾かれた勢いを利用して距離を取ると、一瞬前までの俺の位置を凛人の剣が切り裂いた。
すかさずもう一度、今度は正面から斬りかかると、凛人はまたしても剣で受け止めた。
「どうした、君の力はその程度か」
手に込める力を更に強くすると、剣と剣が摩擦してガラスを引っ掻いたような音がした。
「君には覚悟が足りない」
凛人は俺の剣を弾くと、追撃して大きく剣を振った。遠心力の加わったその斬撃を受け止められるはずがなく、俺は身を屈めて何とか躱すことができた。
「覚悟だって……? 俺は鏡を集めてアリスの元に帰るって、約束したんだああ!!!」
隙ができた凛人の胴に剣を振るが、凛人はそれを見切っていたようにまたしても受け止めた。
「よくもそんな非情なことを言えたものだな」
「非情だと……? どういう意味だ」
受け止められたまま、俺は剣を振り抜こうと力を込めるが、凛人はびくともしない。
「なら君は、彼女の両親が原初鏡を求めた果てに亡くなったということを……知っているのかい?」
「はっ……」
驚く暇も与えず、凛人は俺の剣を弾き、更に倒れ込んだ俺に向かって剣を振り翳した。その勢いに俺の手は耐え切れず、俺の手から剣が弾き飛ばされた。
「せっかくの機会だ。話をしよう。アリス君と--原初鏡についての話をね」
凛人は俺の首元に剣を突き立てながら、話を始めた。




