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E1-エスぺリオ・オリジェン-  作者: 心音
序章 プロローグ
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3話 証明

 学校下の長い坂を抜けると、そこは萩野丘(はぎのがおか)高校でした。雪国ではありませんが、文豪になったような気分です。振り返れば街が一望できるのですが、今日は前向きに生きましょう。新しいクラスで新しいお友達を作って、お兄ちゃんとたくさん話して、帰ったらお兄ちゃんに美味しいハンバーグを召し上がってもらうのです。


「アリスちゃああああん、おっはよおおおおおお!!」


 校門を抜けると、遠くから物凄い速さで誰かが迫ってきます。一瞬目に入った青いリボンからして三年生、さらに特有の周波数を持った声、足の速さ、その辺を鑑みるに陸上部の坂上愛子(さかがみあいこ)先輩ですね。この人は私を見ると全速力で飛びついてくるのです。

 彼女との距離が残り5mまで迫ったところで、私はその場にしゃがみ込みます。


「ちょおおおお、アリスちゅわあああぁぁぁ……」


 上手く避けることはできたのですが、愛子先輩はそのままの勢いで坂を下ってしまいました。通り過ぎる瞬間にドップラー効果を観測した気がします。

 スカートの端を少し払って立ち上がります。


「相変わらず人気だな、アリスは」

「笑わないでよ……」


 ちょっとだけ頬を膨らませます。男の人はこういうのが好きなんだって、以前四葉ちゃんが言っていました。周りを見渡すと、新クラスに胸を膨らませているのか、何やら騒がしいです。外階段の手前に人だかりができています。


「おい、今朝のニュース見たか?」

「見た見た、原初鏡が発見されたんだってな」


 ぴくり、と体が反応し、人だかりに少し耳を傾けました。そういえば今朝は天気予報すら確認していませんでした。


「発見はしてねえよ、どうにも原初鏡の存在が証明されたらしいんだよ」

「存在が証明されたのに発見はされてない? また奇妙な話だな」

「ねえねえ、それってホント? アレってただの伝説じゃなかったの?」


 原初鏡。願望を司る神様のような存在ですね。古くからの伝承のようですが出典は不明。日本では三種の神器の一つである『八咫鏡(やたのかがみ)』がそれに当たるのではないかと言われています。小学校でも中学校でも教えられる基礎教養なのでこの程度のことは知っていますが、それ以上のことは知りません。一時期興味本位で凛人さんの協力の元研究してみましたが、如何せん情報が混濁していて何も得られませんでした。


「原初鏡か……」


 お兄ちゃんが呟きましたが、私は口を堅く閉ざしました。お兄ちゃんの目がとても怖かったのです。私とお兄ちゃんは何も語らず、手摺の錆びついた外階段の一段目を踏みました。



 * * *



 この学校のつくりはやや面倒だ。一階は一年生、二階は二年生、三階は三年生となっているが、二、三年生は外階段を使って二階から校舎に入ることになる。俺達は今日が初めての外階段だ。見知った顔が数人誤って一階から入ろうとする。入学式は明後日なので何も問題はないのだが、間違えたという事実だけで人は羞恥を感じるものだ。


「アリス__いや、何でもない」


 アリスは何やら難しい顔をしていた。先程の話について考察でもしているのだろうか。


「お兄ちゃんは__」

「ん?」

「お兄ちゃんはさっきの話……信じる?」


 アリスは神妙な面持でこちらを見上げる。


「信じるか信じないかと言われたらNoだ。原初鏡が発見されたなんて話は定期的に囁かれてるだろ」


 二階の扉を二人分の影が通過した。廊下に二人分の足音が響く。その音の中に、アリスの鈴の音が微かに混ざっている。


「でも今回は……」

「逆だ逆。発見されたなんて話が頻出するからこそ、あくまで証明したというところで止めることで信憑性を確保しようとしてるんだ。本当に存在が証明できたのなら、既に発見されているはずだろう」


 特科クラスの教室前で、扉に貼られた名簿を確認する。


「でも……そんなのって……」

「その話はここまでだ。同じクラスだぞ、アリス」


 俯いているアリスにデコピンをする。コツン、と小気味の良い音がした。


「いっわぁぁぁい!」

「何だ今の、『痛い』と『わーい』が混ざったような」


 本当にその通りのようだ。アリスは額を押さえながら歓喜の表情を浮かべている。


「だって嬉しいんだもん。あ、凛人さんと四葉ちゃんもいるよ!」

「凛人が特科に……?」


 勤勉な凛人のことだから、てっきり進学科に行くものとばかり思っていた。

 他にも誰か知り合いはいないものかと名簿を凝視すると、一人の名前が目に入る。


「あ、暗莉さん……」


 アリスも気づいたようだ。二月暗莉(きさらぎあんり)、俺の幼馴染だ。とある出来事以来俺との関係が拗れ、不登校になってしまった。一応留年しない最低限の出席日数は稼いでいるようだが、俺と話すことはおろか、目を合わせることすらなくなった。


「お兄ちゃん、あっち」


 アリスは廊下の奥を指していた。暗莉だ。遠目にも見紛うことはない。切られることのなく伸びた黒髪は、碌な手入れをされていないのだろうが、それでも周囲の目を引いていた。

 彼女は教室に入るまで、一度も視線を上げなかった。そして俺達は、その場から一歩も動かなかった。


「暗莉さん大丈夫かな……目の下酷い隈ができてた……」


 俺の視線からでは分からなかったが、アリスには見えたらしい。きちんとした生活は送れているのだろうか。いや、俺はそんなことよりも、暗莉が何も見ずに自分のクラスを判別したことの方が気になっていた。

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