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E1-エスぺリオ・オリジェン-  作者: 心音
3章 愛情
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4話 墓標

 私は一人、街外れの墓苑に来ていました。すっかり外は暗くなって、まだ夜は冬の名残を感じさせるほどに寒いものです。


 星は空に瞬いています。その一つ一つが僅かに違う色をしていて、月は青白くその光を降り注がせています。


 私はここでただ一人、もう二度と話ができないであろう友人の墓を建てることにしました。墓と言っても、墓石を買うことは無理ですし、四葉ちゃんが死んだわけでもないので遺骨などもありません。むしろそれは、墓標と言った方が近いのかもしれません。


「それは誰のお墓?」


 ただ土を盛り上げただけのそれを、背後にいた誰かはきちんとお墓だと認識してくれたようです。その上に、どこか聞き覚えのあるその優しげな声は、決壊しそうな私の涙腺をそっと撫でるようです。


「お友達の……お墓です……」

「そっか、私も手伝うわ」


 その人はその繊細な指先で、土を整えます。私の涙が地に落ちる度に、ハンカチで頬を拭ってくれました。


 完成したものは子供の仕事に他なりませんが、その墓の前に花を添えます。四葉ちゃんがお見舞いのときに持ってきてくれた花と、学校の庭園に顔を出していた四葉のクローバーを。


「その花、ポーチュラカね。花言葉は無邪気、そして自然を愛する、きっとこの人もそんな人だったのね」


 自然を愛する……四葉ちゃんは確か「無邪気だとか、いつも元気だとかいうものよ。アリスちゃんにぴったりの花だと思わない?」だなんて言っていましたね。


「四葉ちゃんこそ……ぴったりじゃない……」


 ぼろぼろと大粒の涙が墓を濡らします。


「ねえ……その人を助けたいとは思わない?」


 ふと顔を上げ、初めてその人を見ました。フードを深く被っていてその顔は見えませんが、フードを若干はみ出した澄んだブロンドの髪は月光に照らされて神々しく私の目に映りました。


「私もね、鏡の持ち主なの。だから、もし良かったらその鏡を渡してほしいの。ただし、貴女の願いを代わりに叶えてあげる」


 心臓の音が脳まで響きました。


「それは……私の代わりに鏡を集めてくれるっていうことですか……? でも、あなたに何のメリットも……」


「それは良いの。私は、こんな鏡一つで争うのが嫌なの。だから鏡をすべて集めて、この醜い争いが終わればそれで良いのよ」


 私はしばらく悩みました。そして、彼女に両手を差し出しました。


「お願いします、私の分まで……託して良いですか」


「ええ、任せて」


 心の力を抜くように、鏡を解放しようとしますが、思うように分離してくれません。どうすれば良いのかも分からないので、それを考えるついでに軽い会話でもしようと思いました。


「そういえば、お姉さんのお名前を聞いても良いですか?」


「私は……そうね、神の使いよ」


 その一言に、全身が固まったように感じました。


 差し出していた手を、引っ込めます。


 そうです、どこかで聞いた覚えがあると思ったのです。


「あなたが……あなたが四葉ちゃんを……」


 彼女の胸ぐらを掴むと、彼女は振り払いも抵抗もせず、ただ俯いています。


「ごめんなさい……ああするしかなかったのよ……じゃないと四枚目の彼女は手に負えなくなってた」


 私は掴んでいた手を緩めます。


「魔法は、鏡を手にすれば手にするほど効果を増幅させる。彼女はたった一枚の鏡であんな強大な魔法を操っていた。そんな子が四枚も手にしたら、本当の意味で全員が殺されてたわ」


「それでも私が憎いっていうのなら、私を殺しなさい」


 そう言って、彼女は果物ナイフを私に手渡しました。銀の冷たく重い感触が手の中に広がります。


「私は……私はっ!!」


 彼女に向けたナイフは、そのまま地面に落ちて、静かな墓苑に一筋の音波を生みました。


「ごめんね、本当にごめんなさい」


 彼女は私をそっと抱き締めます。それはまるでお母さんに抱かれたように暖かくて、安らぎを与えられます。多分この人は本当に悪気がなかったんだって、そう思えるほどに。


「あなたのことは……信じます。だけど、だからこそ、鏡は自分の力で集めます。それでも良いですか……?」


「ええ、構わないわ。ただ、約束して、絶対に死なないって」


「はい、約束です」


 私はお姉さんを強く抱き締めます。すると、お姉さんはそれを解き、私の口を塞ぎました。


「(静かに、誰かいるわ)」


 お姉さんは小声で伝えます。耳を澄ませると、柔らかい土を踏んだときのあのスポンジのような独特の足音がします。それは幾数の墓石の隙間を抜けて、こちらに近づいているようです。


 ツンと、鼻を突く臭いがしました。その臭いは足音が近づくほどに強くなります。


 私たちのいる位置から数えて大きな墓石の四つ目と五つ目、その間からその人は姿を現しました。


「いやだ……死にたくないよ……」


 その人の額から流れた血は、目を横断してその頬に黒々と痕を残しています。


 怪我でもしたのかと思いましたが、すぐにそうではないと知りました。


 その人は既に死んだ人間だったのです。

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