3話 四葉
花村が死んだ。即死だろう。目の前で血を吐いて、その心臓には闇を固めたような漆黒の槍が突き刺さっていた。
大樹は元の、桜の木の大きさに戻り、俺とテレス、そして花村は地面に投げ出された。
『四葉ちゃん、四葉ちゃんしっかりして!?』
「アリス……ダメだ、もう死んでる」
花村の体から鏡が分離する。彼女は本当に死んだのだ。その胸を貫く槍が、誰の何なのか考えるほどの余裕はなかった。しかし、目の前でその鏡を回収する少女は、確かに花村を殺したのだ。
「誰だ……お前は」
少女はパーカーのフードを深く被っており、その表情は何も見えない。ただ、そのパーカーから見え隠れするブロンドの髪は神々しい美しさをしていた。
「貴方、自分が殺される心配とかしないのね。その度胸に免じて今日のところは逃がしてあげる」
少女は軽快な足取りで崩れた校舎の、その瓦礫を駆け上がってゆく。
「待て、お前は誰なんだ!?」
すると少女は振り返り、フードの中に暗い笑みを浮かべた。
「私は……そうね、神の使いよ」
少女は瓦礫の向こうに消えて行った。庭園は元の姿を失い、瓦礫の山に囲まれた桜が寂しげに花を散らせていた。花村はその花弁を抱くように、空を仰いでいた。
その胸に刺さった槍に触れると、槍は空気に溶けるように消えた。足元に広がる血だまりは花の焦げた臭いと混ざり合っている。
「なあアリス……そっちの花村はどうなってるんだ」
『分からない……心臓は動いてるし息もしてるのに、一切動かなくて……まるで人形になってるみたい』
「とりあえず……くるみに連絡しよう」
とは言ったものの、くるみとの連絡手段は一切ない。多分、これだけ大きな騒ぎを見たら慌てて駆けつけて来るだろうと思い、瓦礫に座り込んだ。
『お兄ちゃん……しばらく一人にさせて……』
「……ああ、分かった」
鈴の音と共にアリスとの交信が切れると、いつまでも消されない炎が空を焼き尽くすように赤く染めていた。
やがて、ほんの三分ほど経ったころにくるみは走り来た。
「酷い有様ね……何人死んだのかしら」
汗を含んだ水色のリボンは燃え盛る空を背景に煌々と照っていた。
「くるみ……以前から気になってたんだが、こっちで死んだら向こうではどうなるんだ」
「精神が死ぬから、もう自律的な行動はできなくなるわ。言わば植物状態ね」
そう言いながら、くるみは中庭に寝そべる花村の頬を撫でる。
「……ねえ、これあなた達じゃないわよね」
くるみはその死体に空いた穴を埋めるように、上着を被せた。
「誰かは分からない。金髪で、パーカーを羽織っている女だ。顔は……見えなかった」
「……やっぱり始まったわね」
「始まった? 何がだ?」
「殺し合いよ……鏡を奪い合うの」
「何だよそれ……自分の願いさえ叶えば良いってことか!?」
「仕方ないわよ……それ以外に叶える方法がない願いなら尚更……」
その言葉に、俺は気づいたことがあった。
「なあ、どうしても叶えたい願いがあるなら、鏡が宿る可能性もあるんだよな」
「まあ、可能性はあるわよ。ただ、鏡が何枚あるのかも分からないし、全員に宿るってわけでもないし」
腕の中でテレスが目を擦っていた。深い夜の眠りから覚めたように、ぼんやりとした目をしている。
「鏡は……十三枚」
テレスが寝言とも思えるような声で言う。
「どうして分かるの?」
「鏡の欠片が……少しだけ教えてくれるの……」
合計が十三枚。今この場に三枚。四葉の鏡を持って行ったあの女は恐らく鏡の持ち主だろう。あの槍が彼女の魔法ならば、間違いない。だとすると、残りは多くて八枚。
それを集めれば俺は元の世界に戻れるのだろう。だが、その間に何人が犠牲になってしまうのだろうか。誰一人も犠牲にしないなんて無理なのかもしれない。それでも、アリスとテレスと、くるみと、もう一人。何があっても犠牲にしたくない奴がいる。
「くるみ、鏡の持ち主に心当たりがある」
だから俺は、「そいつ」を助けに行く。
「そう。その前に消火しましょう、このままでは街がなくなるわ」
その後、グラウンドに避難していた生徒と協力して消火活動が行われた。無事に火が収まるころには、もう外は暗くなりかけていた。
「花村……どうかゆっくり休んでくれ」
中庭に唯一残された桜の木、その元に花村を眠らせた。
桜の根元には、四葉のクローバーが一つ、静かに顔を出していた。




