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E1-エスぺリオ・オリジェン-  作者: 心音
3章 愛情
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2話 火災

 大樹の猛攻から逃げ続け、俺達は理科棟一階、家庭科室に入り込んだ。大樹は校舎を破壊することに何の躊躇いもなく、廊下は天井から崩落していた。


 俺は調理台の下にある栓を次々と開く。六つほど開いたところで大樹の根が家庭科室を叩き始めた。


「テレス、ボウルの中に何か爆発物を生成できるか」


「ん……やってみる」


 テレスはボウルを抱き、目を閉じる。するとテレスの周りに光が集まり、その光がボウルに散乱した。やがて、その光はボウルの中に収束し、黒色の結晶となった。


「よくやった、逃げるぞ」


 ボウルを調理台の上に放置し、テレスを抱えて窓から飛び降りた。以前も説明したが、理科棟は地下一階が地上にあるため、一階の家庭科室は実質二階である。幸い着地点は園芸部の管理している花壇の一つで、しかもまだ何も生育していない花壇だった。


 その柔らかな土は二人分の落下衝撃を吸収してくれた。


「ところで、何を作ったんだ?」

「ベルトレーの--」


 思い当たる物質は一つしかなく、俺は慌ててその場から離れようとした。しかし間に合わなかった。大樹の根が家庭科室を貫いてしまった。その瞬間、視界は真っ白になり、轟音と共に家庭科室が爆発した。




『お兄ちゃん大丈夫!?』


 しばらくしてアリスの声で目を開くと、半球状の壁が俺とテレスを覆っていた。爆発から身を守るためにテレスが作ったのだろう。しかし、肝心のテレスは隔壁に守られながら眠っていた。最初にくるみが魔法を使うときに見せた、あの眠り方とそっくりだった。元々血の気の少ない彼女の顔は、益々青ざめていた。


「俺は大丈夫だが、テレスが疲れたみたいだ」

『もうすぐ着くから、しばらく逃げて』


 病院から学校まで徒歩十五分。アリスの走力と体力からして残り四分三十秒か。俺はテレスを背負うと、隔壁から外を窺った。


 校舎は倒壊していた。花村の大樹の影響に加え、先の爆発によって殆どの窓が吹き飛んでいた。そして、花村は爆発によって火が点いた根を振り回し、火を掻き消そうとしていた。


 今なら少しの時間があると思い、一目散に隔壁を抜け出した。地面は焼け焦げており、アスファルトもレンガも一様にその色を濃くしていた。あと三分。


 教室棟の一角が砂のように崩れ落ちた。花村の振り回した根が衝突したのだ。そして、ようやく警報機がジリジリと鳴り始めた。その警報と共に、生徒がぞろぞろと校舎から出てくる。


「ただいま発生した地震により、家庭科室から火災が発生しました。生徒の皆さんは先生の指示に従って--」


 無機質な避難放送が流れる中、生徒はグラウンドに避難しようとしていた。その生徒の中には、四肢が焼けただれた者、頭部から流血している者など、今にも死にそうな人が大量にいた。


 テレスを負って外階段の下を走り抜けると、教職員用の駐車場があった。しかし、ガソリンに引火したようで、駐車場は火の海と化していた。


 ここから中庭までは大分距離があるが、大樹は前方にはっきりと見えた。本来なら見えないはずの中庭は、校舎の崩落によってその全貌を見せていた。


 残り一分、花村は大樹の消火を終えたらしく、こちらを見定める。しかし、根は襲ってこなかった。隣で轟々と燃え盛る炎が、花村に攻撃させなかったのだ。


「甘いわよ」


 花村の声が脳に直接響く。地面が目の前で裂けた。そこから大樹の根が顔を出し、その先端はつるのように形を変え、テレスごと俺を捕まえた。俺達はそのまま花村の元まで引き戻された。


「最期に言いたいことはあるかしら」


 花村の目の前まで連れられ、彼女と正対した。


「テレスを殺したら、アリスも死ぬぞ」


 これは賭けだ。花村に多少の罪悪感を与えれば、助かるかもしれないという。


「そうね、それは残念。私の数少ない友人だもの」

「だったら--」


「--でも、アリスちゃんにも平和の礎になってもらうわ」


『待って、四葉ちゃん』


 時間切れだ。アリスは向こうの四葉に接触できたはずだ。


『私を殺す前に、聞いて欲しいことがあるの』

『どうしたの、わざわざ会いに来なくても話はできるでしょう』


 確かにそうだと思った。アリスは鈴を通して花村と会話ができる。アリスなりの考えがあるのだろうが、俺にはそれは分からない。


『お兄ちゃんを殺すなら、今ここで四葉ちゃんを殺すわ』

『あら、物騒なことを言うのね。それは怖いわ』


 そうは言うものの、大樹の力を緩めることはなく、俺達を串刺しにするための数本の枝が空中に待機していた。


『だから……殺すなら私だけを殺して!! お兄ちゃんは関係ないじゃない!!』

「なっ……アリス、やめろ! ふざけたことを言うな!!」


『だって、だってえ……私のせいでお兄ちゃんが死んじゃうなんてそんなの……そんなの嫌なの!!』


 アリスは咽び泣くように訴える。その声は痛々しくもあった。


『アリスちゃんは本当にお兄さんが好きなのね。だったら--』


『二人一緒に死なせてあげ--』


 甘い香りがした。花の香りというよりも、森の中にいるような、落ち着きのある香りだ。そしてそれは、一瞬にして血腥ちなまぐさいものに変わった。


 突如、花村が息を引き取った。

雷銀(らいぎん、英: fulminating silver)とは、組成式Ag3N(一窒化三銀、窒化銀)とAgNH2(銀アミド)の混合物。稀に窒化銀そのものを指すことがある。黒色の結晶で、外部からの刺激に非常に敏感であり、少しの摩擦でも爆発する。


「ベルトレーの雷銀(fulminating silver of Berthollet)」と呼ばれている。


(wikipediaより引用)

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