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E1-エスぺリオ・オリジェン-  作者: 心音
2章 魔法
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6話 自滅

 俺は身の危険を察し、テレスを抱いて飛び退いた。しかし予期していた攻撃はなく、男は次々と剣を増産していく。剣は男の背丈よりも僅かに短いほどで、床に刺さった一本一本が男を柵のように取り囲み、真紅の壁を形成してゆく。


「血の量がおかしい……まさか結晶化と同時に血を生成してる?」

「待てよ、血を生成するにも原料がないじゃないか。もし原料なしに作れたら質量保存が成り立たない」


「まほうは……心を形にするから……」


 テレスは俺の腕に全身を預けている。さながら騎士とお姫様のようだ。テレスの話は面白そうだから後でゆっくりと聞かせてもらおう。


「それより、こいつは一体何をしようとしてるんだ?」


 剣は男を一周ぐるりと囲むと、その柄に次の剣が突き刺さり、男をシェルター上に包み始めた。


「死ぬつもりじゃないの? ただの自殺志願者みたいだし」

「鏡は特に強い願いの元に宿るんだろ? 死ぬことが望みだなんて……」


「新谷くん、言葉には気をつけなさい。あなたの想像できる範囲はあなたの理解の範囲なんだから……彼がどんな思いをしているかあなたには分からないわ」


 くるみは男を庇っているような気がする。くるみはさっきも様子がおかしかった。男に同族だと言われた時だ。


「なあくるみ、お前もしかして……」

「それ以上聞いたら怒るわよ」


 くるみは俺を睨みつけるが、その表情は怒っていると言うよりもむしろ怯えているようだった。


 俺はテレスを自力で立たせると、くるみの左腕を掴んだ。


「ちょっとやめて、触らないでよ!!」


 羽織っている薄いパーカーをはだけさせると、その柔らかく白い肌が空気に触れる。


「あっ……ちょっと、ダメって……いやぁ…!」


 パチン、と乾いた音が廊下に反響した。くるみが俺の頬をはたいたのだ。音の割に痛くはなかった。くるみは涙を浮かべながら服を整える。


「違うわよ……私は自殺しようだなんて考えたこともないわよ……ただ、私だって女の子なんだからその……」


 くるみが一人で何かを呟いている間に、男は真紅のシェルターに包まれていた。中ではまだ剣の増産中らしく、際限なく剣と剣がぶつかる金属音のようなものが聞こえている。


「くるみ、そろそろどうにかしないか」

「……そ、そうね。放置してても何があるか分からないし」


 床に落ちていた結晶の欠片を拾ってみると、石のようにひんやりとしていた。試しにシェルターに投げつけてみたが、コンという音を立てただけで何も起こらなかった。


 くるみはシェルターに近づき、その剣の一本に触れる。


「本当に何もないわね。放っておいたら中で自滅するんじゃ……いや、もう終わるわね」


 生臭い臭いがした。この間と同じ、血の臭いだ。くるみは至極冷静に剣の隙間から中を窺っている。


 くるみの言葉から十三秒が経過して、シェルターが眩い光を放った。男が死んだのだ。人は簡単に死ぬものだと知ったのはつい先日のことだが、それにしても呆気ない最期だった。


「ねえ……困ったわ」

「どうしたんだ?」


「鏡が取れないのよ」


 鏡は男の死と共に男から離れ、その場にたゆたう。それはシェルターの中でも十分にあり得ることであって、隙間を覗くと確かに中に鏡があった。


 鏡を回収するためにはテレスがそれに触れる必要があるのだが、生憎指一本入る隙間さえなかった。くるみは何かを思いついたのか、適当な病室を開けては中を確認し、そこに目当てのものがないと分かると診察室の方へ姿を消した。


 俺は病室の点滴台を分解し、金属棒を手にする。それをシェルターに向かって叩きつけるも、手が痺れるだけで結晶は傷一つ付いていなかった。


 くるみは慌ただしく戻ってきたと思うと、何かガラスの瓶を手にしていた。


「なんだそれ」

「ちょっと中から借りてきたの。多分これで溶けるでしょ」


 くるみは俺達を避難させ、得体の知れないそれをシェルターに瓶ごと投げつける。その瞬間白い煙が立ち上ったが、生憎溶けてはくれなかった。


「これまさか……血の分子構造を変えてかなり堅い別の物質を作ったのね」

「なるほど、黒鉛をダイヤモンドに変えたようなものか」


 まさか、さっきの謎の液体は王水か何かじゃないだろうかと危惧しながらも、別の方法を考える。ダイヤモンドは衝撃には弱かったはずだが、先程壊れなかったので、恐らくルビー等と同じでコランダムだろう。


「よし、爆破しましょ」


 くるみが名案を提示した。そうだ、剣は床に刺さっているのだから、床を壊してしまえば鏡だけが取り出せる。


「爆破って言っても、病院にはダイナマイトとかはないんじゃないか?」

「そうね……どこかで調達するのも面倒よね」


 くるみが「じゃあ、この案は没で」と言いかけたとき、テレスがてくてくと歩いてきた。


「ダイナマイトが……あればいいの?」

「ああ、一応そうだが……」


 テレスは、両の手のひらを上に向け、手を前に差し出した。その様相は、まるで雪を手に受けようとしているようだ。


「たしか、むかし読んだ。主成分は……にとろげる……? それと……しょうさんあんにん……?」


 すると、テレスの手の上に何か黒色の物体が生まれてゆく。それはソフトボール大の球状になり、テレスの手の中に落ち着いた。


「テレスちゃん、まさか……」


「これで……いーい?」


 テレスは可愛らしく首を傾げた。俺はそれを抱きしめたい衝動を抑え、くるみが時限発火装置を作るのを横目で見ていた。


 やがて、爆破し終えた病院にて、崩れかけた足場を移りながら俺達はまた一つ鏡の破片を手にしたのだった。

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