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E1-エスぺリオ・オリジェン-  作者: 心音
1章 鏡世界
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7話 岩塊

『どうやって……』


 お兄ちゃんは言葉に悩んだ末に、その一言を放ったようです。


「私の魔法だよ。鈴を伝って声が届いたりしないかなって思ったら、成功しちゃった」


 私は自慢気に言います。世界の移動で大半のエネルギーを使ってしまうなら、それ以上のエネルギーを生むように願えば良いんです。本当に成功するとは思っていませんでしたけど。


『アリスも、体育館に?』

「うん……くるみちゃんに言われてね。あ、こっちのくるみちゃんも眠っちゃったよ」


 理科棟の階段を静かに下ります。もうHRが始まっているようなので、見つかったら叱られてしまいます。


「もう着くから、先に行ってるね」


 一階に下りると、そう言って通信を遮断します。一筋の汗が頬を伝って落ちました。多分、魔法というものは体力か何かを蝕んでしまうのでしょう。


 ここからなら教室棟の一階を横切るのが最短です。まだ生徒のいない一年生の教室横を、足音を殺して走り抜けます。


 一つ、大きく深呼吸をして体力を取り戻すと、小石が敷き詰められた道を進み、体育館裏に近づきます。


「…………てよ」


 誰かがいるようです。忍び足で壁に沿い、その様子を窺います。


「オラ、さっさと立てっつってんだろ」

「…………」


 大柄な男の人が一人、そして少年が一人。少年は男に髪の毛を引っ掴まれ、振り投げるようにその体を壁に打ち付けられます。少年は壁に頭と背中を強打し、吐くように咳き込んでいます。


「やめてええええ!!!!」


 私は、男に蹴り飛ばされようとしている少年を庇うように、二人の間に立ち塞がります。リンと鈴が鳴り、男が私を見下ろします。


「ああん? 誰だてめえ……」

「やめてください、この人怪我してるじゃないですか!!」


 少年は前髪が長く、その表情はよく見えないものの、しきりに何かを呟いています。


「オイ、チビガキ。お前もケガしたくなかったらさっさと帰れ。今なら見逃してやる」


 男は殺気立った目で私を睨みます。私は心を落ち着かせて言い放ちます。


「ここは通しません」


「そうか、残念だ」


 男の蹴りが、私の脇腹を捉えました。



 * * *



 体育館に向かう途中、丁度校門を抜けて理科棟を横切った頃、アリスの声が聞こえてきた。その声は明らかに俺に向けられた言葉ではなく、そこにいる誰かへの叱責だった。もしかしたら無意識に魔法を使ってしまったのだろう。

 それが誰なのか分かったのは、体育館に着いて、その裏を覗き見たときだ。


 身長180cm程の巨躯で、短い茶髪、腕にはたくましいほどの筋肉が付いているチンピラ男だった。


 アリスと交信はできなかったのもの、状況は手に取るように分かっていた。


「おいお前、よくもアリスを傷つけてくれたな」

「アリス? 誰だそりゃ」


 鏡アリスを物陰に隠し、俺はチンピラの前に立った。チンピラが殺意のような何かを内包した睨みを飛ばすが、俺はなりふり構わず、チンピラに向かって拳を振り上げて--


「傷つけたのは……僕だ……」


 少年のそんな一言で、手を止めた。いや、動けなくなった。その声に恐怖したのだ。


 少年は自らの手のひらを見つめながら、肩を震わせていた。


「僕のせいだ……また僕のせいで誰かを傷つけて……」


 少年は独り言として呟くが、俺はその嘆きの声に足をすくませられた。そして、俺は無意識にか、チンピラから距離を置いた。いや、少年から離れた。


「僕がもっと……強ければ」


 少年から後光が差した。少年の背後で何かが輝いている。

 少年が両手で頭を抱えながら立ち上がると、大きな地鳴りが始まった。


「僕がっ、僕がああああああ!!!!」


 少年の頭上に無数の小石が集まる。それらは互いにぶつかり合い、一つの大きな岩塊となった。


 --ふと、あることを考えた。こちらの世界で死んだらどうなるのかということを。その答えに辿り着く前に俺は叫んでいた。


「逃げろ、チンピラあああああ!!」


 チンピラは腰が抜けたのか、その場で膝を崩した。


 そして、少年の虚ろな目に捉われて最期の瞬間を迎えた。ゆっくりと落下し始めた岩が、チンピラと地面を同化させるようにチンピラを押し潰したのだ。灰色と土色を基調とした岩塊は、インクのような赤い液体を塗られ、鉄の臭いを纏っていた。

 足元に敷き詰められた砂利を浸すように、泥を含んだ血が広がってゆく。


 俺は催しかけた吐き気を抑えた。少年の目が俺を捉えていた。


 再び地鳴りが始まり、小石が少年の頭上に集う。その塊が完成すると同時に、俺は走り出した。落下速度は大したことはないと、先程の一回で理解した。だとしたら、走れば避けられるはずだ。


 そんな慢心は許されなかった。岩塊は落下を始めた。


 --俺ではなく、物陰から出てきてしまった鏡アリスに向けて。


「しまっ----」


 手遅れだった。距離が遠すぎて、助けるに助けられない。


 次の瞬間、岩塊は無慈悲にも大地を抉るように刺さっていた。

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