ちいさなこねこ
ふわふわ、わたし……
お母さんにくわえられ、ふわふわ子猫は家に帰って畳の上に着陸しました。
子猫は大きな瞳を輝かせ、大きなお母さんを見上げました。
「あのね、あのね! ふわふわっ!」
「そう」
お母さんはコロンと横になると長くてふわふわの尻尾を子猫の前でゆらゆら揺らしました。
「わあっ!」
子猫は金色の瞳を大きく開き、ゆらゆらしっぽを追って右を向いたり左を見たり、跳んだり跳ねたり転がったり。
黒い子猫は黒い毛玉になってころころ、ころころ転がります。
それを見ていた小鳥の奥さんたちが庭の樹の上から綺麗な声で言いました。
「あの子、生まれて随分経つのに、あんまり大きくならないのね」
奥さんたちの言う通り、小さな子猫は同じ歳の子猫より、とてもとても小さくて、ふわふわころころしていました。
それを聞いたお母さんは尻尾を揺らしながら小鳥を見上げて言いました。
「そうよ。やがて大人になるのだから、たくさん子供でいてほしいの」
すると鳥達は少し笑うように言いました。
「それにしてもよく転ぶ子ね」
ころころ転がる子猫はまだまだ走るのだってうまくありません。よそ見をしていたら転んでしまうことも多いのです。
「たくさん転んで、起き上ることを学んでいるの。転ぶことが恥ずかしいと思わないようにたくさん転んでほしいの」
そう言ったお母さんのとなりで子猫が元気よく転びながらニコニコと楽しそうに笑いました。
「それに、言葉もうまくないみたい」
小鳥は囀るような綺麗な声で言いました。
子猫はお話をしだしたのも、最近になってのことでした。みんなが楽しくお話していても、子猫はニコニコ笑うだけ。
お母さんはいいました。
「言葉はなくてもこの子とはわかるもの。それに早く獲った実は固くておいしくないでしょう? 時間をかけて実った実は甘くておいしい事をあなた達も知っているでしょう?」
子猫は楽しそうに笑うので、お母さんは少しも気にしていませんでした。
「そうかしら?」
「そうかしら?」
小鳥たちは笑いながらどこかへ飛んで行きました。
「ええ、そうよ」
お母さんは子猫を見つめ微笑みました。
「あっ、あっ、コロロギさんだ!」
どこからともなくコオロギが猫の親子が遊ぶ部屋の中へと迷い込んできたのでした。
テクテク歩くコオロギに子猫はパアッと顔を輝かせ、尻尾が上機嫌に立ちました。
子猫はお母さんの尻尾をほったらかして、テクテクコオロギの少し後ろをじっくりゆっくりそろそろ子猫。
子猫はこんなに近くでコオロギを見たのは初めてです。
すると子猫とコオロギを見守るお母さんのもとに茶色の多い綺麗なお姉さん三毛猫がどこからともなく訪ねてきました。
「あら、いらっしゃい。シャーロック」
茶の多い三毛猫のお姉さんに黒の多い三毛猫の母さんは体を起こして歓迎します。
「大きくなったわね」
「ええ、大きくなったでしょう」
黒い子猫を見つめながらシャーロックのほっぺが思わずニコニコしていました。お母さんは嬉しそうに目を細めます。
お姉さんが来たのに、子猫はテクテクコオロギに夢中です。
テクテク、そろそろ。
テクテク、そろそろ。
お姉さんもお母さんも子猫もドキドキ。
はじめてのコオロギさん、うまく捕まえられるかしら?
ゆっくりゆっくり慎重に。
テクテク進めば、同じ分だけそろそろ歩き、いつまで経っても子猫とコオロギの間は縮まりません。
お姉さんもお母さんもそろそろ歩く子猫を見守ります。
もうちょっと。あと少し……。
今、ああ……あっ、今だったら!
ググッと身を乗り出す三毛猫に、そろそろ子猫は手を出そうとしたりひっこめたり。
「あっ!」
突然、ぴょこんと子猫の耳としっぽが跳ねあがりました。
なんという事でしょう。
壁とタンスの隙間にコオロギが歩いて行ってしまいました。
コオロギが入っていけますが、子猫は入って行くことができません。
「コロロギさん、行ったった……」
隙間をのぞいても見ても、もうコオロギは歩いていってしまいすっかり姿が見えません。
子猫はコオロギさんが入って行った入口に座り込むと、ジッとそこを見つめました。
「あそこでコオロギを待つのね」
「でも、あそこではあの子の姿がコオロギから見えてしまうわ。うまく出来るかしら?」
お母さんとお姉さんは子猫の小さな後ろ姿をただただ見守ります。
コオロギはどうするのでしょう?
子猫はどうするのでしょう?
お姉さん三毛のシャーロックは考えました。
コオロギが目の前に出てきても、あの子は逃げたりしないでいられるかしら?
お母さんは少し心配しました。
コオロギが跳ねた姿を見て、あの子、驚いて泣いたりしないかしら?
子猫はまるで初めからそこにあった黒い置物のように、息をひそめてジッと動きません。
テクテク、……。
テクテク、……。
「……?」
すると、どうしたことでしょう。タンスの反対側からコオロギがテクテク出てきていしまいました。子猫はじっとしたまま気がつきません。
「あらあら」
「すごい集中力ね。いい子だわ」
シャーロックが満足そうに言いました。
テクテクコオロギがテクテクとお母さんやお姉さんの前を通り、家から出て行っても、子猫は黒い置物のままでした。
じっと動かない子猫は、それからもずっとその場でコオロギを待っていました。
でもコオロギはそこからは出てきません。だって、もう家にいないのですから。
やがて、日も暮れはじめたので、お母さんは子猫を咥え上げました。
「あ、お母さん、あのねあのね、コロロギさんがね」
「コロロギさんはきっと寝てしまったのね。だから、また明日にしましょうね」
「コロロギさんも寝たった?」
子猫はふわふわしながら首を傾げました。
「ええ、そうね」
「そっか……あ、お姉ちゃん!」
子猫はお母さんに連れられて初めてシャーロックに気がつき、嬉しそうにピョンピョン跳ねました。元気によく笑う黒い子猫を見ながら「私もこんな子がほしいわね」と思いながら子猫頭を撫でるのでした。
ひだまり童話館「ふわふわ」な話の拙作「ふわふわこねこ」と同じ親子で、その続きとなるお話です。