魔石と恩恵とおっさんと ~スライムを添えて~
「朝の鐘が鳴ったな」
呟きながら部屋の窓を開けて外を眺める。早朝の街はすでに賑わいを見せていた。
今開けた窓ガラスは無色透明ではなく、見る角度によって若干色が変わる。この世界では、元の世界に匹敵するものは多くが魔術で作られる。魔術の錬金分野が編み出した魔術式は成分の抽出や還元にも使われるし、製造時に一定のサイズ、形に揃えることも出来る。
高位の錬金術師なら、魔力を通じてただの石ころを万物に変えることもできるとか。
ま、それはさておき。
「久しぶりにベッドで寝たなぁ」
ここはとある宿屋の部屋。この街には宿屋が多く何処に行こうか悩んだが、案内板におすすめされている場所に決めた。高すぎず、けれど安すぎず。
オレは恩恵のおかげで疲労しないという便利な肉体を持っているため、上等なベッドは必要ないのだ。しかしかといって安い宿屋も躊躇われる。なにせ大部屋に大勢で雑魚寝するのだ。しかも男女で別れたりせず。
それでなくとも、見ず知らずの人間のそばで無防備になるのは嫌だ。だからオレはベッドと机だけの簡素な個室を借りることにした。値段は一泊銅貨六枚。ちなみに平民の食事は一日銅貨三枚分の食材で十分だから、泊まるだけでこの値段はちょっと高い。それだけ冒険者は高給取りなんだろうさ。
ベッドに座っているオレの膝の上には丸い物体。この部屋用のお掃除スライムだ。
「空腹で動けないのか」
ほぼ真っ白になってしまって、幾ら叩いたり伸ばしたりしても何の反応もしない。普通なら普段の倍以上の速度で遠くに逃げたりするのだが。
この部屋では寝ただけで、部屋が散らかるような作業はしていないしな。
「とりあえずこれやるよ」
懐からだしたのは、小さな巾着袋。そこから数個取り出したのは少しくすんだ赤色と青色の石。手のひらの上でころころと転がるのは火の魔石と水の魔石だ。
刺激を与えると独特の反応をするそれらは、この世界では生活に必要不可欠なもの。くすんでいるのはこれらが質の悪い安価なものだからだが、通常生活を送るにはこれで問題ない。
しょんぼりたれ目になっているスライムを床に起き、目の前に魔石を数個置いてやる。
すると、しばらくそれをじっと見ていたスライムは、きれいに身をくねらせて水の魔石だけを食べた。
色が濃くなり、心なしかキリっとした表情になったスライムはこちらをじっと見つめてくる。別に仲間になりたいわけではないだろう。
「………」
何も言わず火の魔石をつまんで近づけると、スライムは慌てて部屋の隅に逃げていった。
チッ、やっぱり食べないか。食べたらどうなるのかぜひ知りたいのだが。
やれやれと首を振り、装備を整えて部屋を出る。目指すは冒険者ギルド(本店)だ。
荷物が入ったリュックを背負い、外套についているフードを目深に被る。たとえ向けられるのが好意の視線であっても、どうせ面倒事になるから願い下げだ。
道は混雑しており、進むのに一苦労した。あちこちから聞こえてくる大音声に、思わず顔を顰める。売り子が商品片手に叫んでいたり、どこからか聞こえる鉄を打つ甲高い音。たくさんの荷物を抱えて忙しく走り回っている人がいれば、同じパーティだろう数人が楽しそうに店を巡っていたりもする。
冒険者ギルドの中も、やはり人でいっぱいだった。軽食を食べられるテーブルスペースで談笑している人々の横を通過し、奥に向かう。空いている受付に向かうと、こちらに気づいたギルドの受付嬢がにこやかに話しかけてきた。
「冒険者ギルドへようこそ。ご用件をお伺いします」
「冒険者登録をしてもらいたいんだけど」
「かしこまりました。何らかの身分証明書はお持ちでしょうか?」
「持ってないな。絶対必要?」
「絶対とは言いませんが、お持ちになられた方を優先して紹介する依頼もございます」
「信頼できる人にしか任せられない仕事とか?」
「左様にございます。しかし仮にお持ちでない場合でも、数多くの依頼を成功させて頂ければ信用に値すると判断いたします」
「これから依頼をたくさんこなせばいいんだな。じゃあ別にいいや」
「それでは幾つか質問しますので、正直に答えてください」
この世界は識字率が低い。冒険者になる人間も多くが読み書き出来ないのだ。だから必要事項はギルドの職員が書き取る。これをもとに、冒険者カードを作るのだ。ちなみに初めてカードを作るのは無料。
「名前はアルスさん。女性で16歳。特殊技能は《火炎術》、《風鳴術》、《神聖術》。………間違いありませんか?」
いわゆるゲームとかで火属性、風属性、光属性(上位)とかって言われる魔法が使えるってことだ。。
「うん」
「嘘は言っていませんか?」
「言ってないけど?」
「……ほんとに?」
「……。人を疑うのがここのマナーなんだ?」
オレの言葉に、受付嬢は慌てて首を振る。
「と、とんでもない。でもそんな、こんなに若いのに三種類も…しかも《神聖術》が使えるなんて……」
そんな信じられないって顔をされてもなぁ……。
「ゴホン。それでは、この情報をもとにギルドカードを作成します。冒険者に成り立てなので、カードランクはEからになります」
「すぐに貰える?」
「いえ。発行するのは早くても明日になります」
「今日はダメ?」
「何か急ぎの用でも?」
「いや、金が無くって」
実際、懐には銅貨が数枚ほど。今日宿に泊まる分も無い。
職員は少し考える素振りを見せてから、「それなら」と言った。
「初心者向けの依頼を一つ紹介します。それをこなして私のところにまた来てください」
渡されたのは依頼書と、緑色の納品袋。依頼は《走鳥の羽根》五枚の納品。平原の魔物から取れる素材を獲ってこいというものだ。
「お気をつけて」
「ありがと」
オレは街を出て東に向かった。
東の平原は魔物の巣窟だ。偉い人たちが悔し涙を流すくらい、広大な土地が魔物に支配されている。
もちろん危険な場所ではあるが、今回の依頼は初めて魔物と戦う人に向けたものだ。強い魔物が集まる中心部まで行く必要はない。
街を出て五分ほど。ちらほらと魔物が見えるようになってきた。今回の獲物は鳥の魔物。ダチョウみたいな空を飛べない体で、大きなトサカとクチバシだから顔がでかい。
周りに人がいないか確認。かなり遠くにちらほらといるが、恐らく冒険者だろう。この距離なら問題あるまい。
とりあえず一匹に近づくと、こちらに気づいて襲い掛かってきた。腰につけた鞘に手を添える。あまりに遅い突進を半身になって躱し一閃。
オレの横を通り過ぎたときにはすでに真っ二つになっており、すぐにその身は虚空に溶けて消えていった。
右手には細身の剣。ナックルガードが付いた柄と、先が少し反り返った片刃の刃。
虹色に鈍く光る刀身には、精緻な模様がびっちりと彫られている。世界に二つとない業物だ。
人間が作った魔剣。絶対に壊れないという特性を持ち、劣化もしない優れもの。あちらこちらと旅をするオレにもってこいの宝物である。
魔物が消えた場所に歩くと、地面に緑色の小さな石が落ちている。
「残ったのは魔石だけか」
魔物は死ぬと死体を残さず消えていき、魔石だけが残る。朝にスライムにあげたのと同じものである。これは風の魔石だろう。
次の獲物を求めて歩く。今度の奴には突進に合わせて左拳で殴る。大きな頭が粉々に砕け散った後、魔石と一枚の羽根が落ちていた。
「よし」
何が良いのかと言えば、一つは目的の物がドロップしたこと。もう一つは、何らかの事故で恩恵が消えたりしていないということである。
まず、魔物は死ぬと魔石を残し消えるが、例外としてドロップアイテムが残る場合がある。これはその魔物の特徴となるものだけが、一定の確率で消えずに残ったものである。今回は鳥型の魔物であったため、羽根がドロップアイテムになっているのだろう。
出るかどうかは完全に運まかせなため、ドロップアイテムを集める依頼では同じ魔物を根気よく狩っていかなければならない。
そしてオレの恩恵。オレの肉体は決して頑健ではない。筋肉ムキムキではない。それでもオレが細い腕で魔物の頭を砕けたのは、神様から貰った恩恵のおかげである。
先日の魔法のことも含めて、オレは高い魔力と最強の体を望み、そして手に入れた。これによりオレは全く苦戦しないで敵を倒せたのだ。
一応魔物の名誉にかけて言っておくと、彼らは決して弱くない。最弱の魔物でもただの獣や魚より遥かに強い。そしてだからこそ魔物が落とすドロップアイテムは貴重で、高値で売れるのだ。
それはいいとして。
ぶらぶらと歩き回り、十七匹ほど狩った時に五枚目の羽根が手に入った。あとは納品袋に入れたこれを持ち帰るだけだ。ついでに魔石も拾い、踵を返そうとしたその時。
「おーい。そこのお嬢さん」
一人の男がやってきた。ぼさぼさの茶髪に、鋭い茶眼は左目に縦の傷痕が走っている。
「?何か用か、おっさん」
「いやなぁに、こんな場所に子供が一人きりってのは危ないと思っただけさ。あと俺はまだ二十代だ」
「余計なお世話だ。あと見た目は十分おっさんだぞ?」
肩に紋章の刺繍がある服は、もしかしたらどこかの制服かもしれない。腰に下げた剣も無骨ながら立派なものだ。しかし、無精ひげは伸ばしたまま、服装も着崩したりどこか汚れたりしている。
イケメンだが薄い笑みを浮かべた軽薄な顔と相まって、どことなく胡散臭さを感じる。
「確かに余計なお世話だったな、剣筋が全く見えなかったぜ。というかおっさんじゃなくてゼストと呼んでくれねぇか?」
「まぁ剣術を習っていた時もあったからな。で、ゼストの用はそれだけ?」
オレの言葉にゼストはつれないねぇ、と首を竦めた。
「見目麗しい少女を見つけてしまった俺の気持ちも考えて欲しいな」
「それってナンパのつもり?」
「俺を誘惑した責任を取ってもらいたいだけさ」
「ふざけたことぬかすな」
こちらの言葉は一切無視して、ゼストは右腕を上げ親指で自分の背後を示した。
「あそこの草むらで虎退治でもどうだい?」
「その誘い文句は女戦士に使うべきだな」
「あーあ、振られちまった。これで十二連敗だ」
「ずっとこんなことしてんのかよ」
「前向きさが俺の取り柄なんだ」
ニッと白い歯を覗かせて笑いかけてくる。とにかくうぜえ……。
ジトーっ醒めた目でゼストを見る。
「随分暇なんだな」
「いいや、これでも仕事の真っ最中さ」
「どんな?」
「言えるわけないだろ?ま、この街で人を探してるんだ」
「言ってんじゃねぇか」
「お嬢さんには特別サービスってことで」
「死ね」
決め顔でのウインクが死ぬほど気持ち悪い。
さっさとその場を去ろうとしたオレだったが、ふとあることが気になったので聞いてみた。
「なぁおっさん。あんたこの街に来てどんくらい?」
「あれ?おっさんに戻ったぞ?」
「黒髪黒目の男って知ってる?」
「……黒髪の男?」
ゼストは訝し気な顔をしてから、わずかに考え込む素振りをした。
「いや、俺は見たことねぇな」
「銀髪の女は?」
「…そっちもねぇな。そんな分かりやすい特徴があるんなら、見れば覚えてるはずだ。ああでも……」
「でも?」
オレが聞き返すと、ゼストはニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「これ以上は教えられないな」
「なんだよケチだな」
「どうしても知りたければ」
ゼストの視線が嘗め回すようにオレの体をなぞる。それで何となく言いたいことが分かったオレはギロリとゼストを睨みつけた。
「………体で払えってでも言うのか?本気で殺すぞ」
「いや、手を繋いでくれればそれでいい」
「意外と純情だった!?」
「はっはっは。生まれてからこの方、女と付き合ったこともねぇんだ」
「そうですか。あっちから凄い怖い顔した女の人が来てるぜ?」
今にも噴火しそうなくらい顔を真っ赤にした女性が、こっちに向かってくる。
「あれは恋人なんかじゃなくてただのどうりょ……ってメアリ!?」
紫の髪にシュッとした顔立ち。眼鏡をかけた仕事の出来る美人さんみたいな印象を受ける。服装は男女で違いがあるものの、基本的なデザインがゼストの服と同じだ。こっちのほうが十倍綺麗だけど。
「急に居なくなったから心配してみれば………!」
「ちょ、ちょっと待てメアリ!これには深いわけが……」
「あなたという人はどうして所構わず女性に手を出そうとするんですか!」
「なんだ嫉妬か?」
しょうがないな、とでも言うような身振りをするゼスト。それを見てメアリと呼ばれた女性はますますヒートアップする。
「そんなわけないでしょう!その女性に対するだらしなさを直せと言っているんです!」
「美しい女性に声をかけるなっていうのか?どんな拷問だ!?」
「なんであなたが怒るんですか!?うちの隊が他の隊になんて言われてるか知ってますか!?『尻軽部隊』ですよ!?この屈辱が分かりますか!?」
「機動力が高そうな名前だな」
「てめぇのせいで隊員がどんどんいなくなってるっつってんだよボケがぁ!!」
「おおっと」
メアリさん(こっちはさん付け)が抜刀してゼストに切りかかった。しかし怒っているせいか動きは単調で、ゼストは余裕の笑みを浮かべながら避けていた。
「悪いなお嬢さん、楽しい話はここまでだ」
「えっ?どこに楽しい要素があった?」
「ははは。この照れ屋さんめ」
「あはは。マジムカつくー」
「ではさらばだ!また会おう!」
「二度と来んな」
はーはっはっは!、と笑いながら逃げていくゼストを追っていくメアリさん。道中出くわしたパーティがメアリさんを見て必死に逃げていく様は、まるで天変地異から逃げ惑う人々のようだった。
「………帰ろ」
オレはさっさとギルドに戻った。
スライム特集終わり。
メアリさんは血圧を抑える薬を常用しています。
次回はいよいよ ――――