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フレイムタン

 江村伊央えむらいおは自分をどこにでもいる女子高生であると自認していた。

 成績は中の上。部活は入っていないが、体力は人並み程度にはある。

 家庭環境も一般的なサラリーマンの父と、専業主婦の母の間に生まれ、下に弟がいる。

 そんな平々凡々を絵に描いたような事が唯一の特徴であった伊央だが、ここ数日は違っていた。


「ねぇ、伊央ー。どっか寄ってこうよー」


 伊央の傍らに赤い髪の少女が並んで歩いていた。

 少女の名はフレイムタン。

 『刀剣娘カルニヴァル』というスマホのアプリから出てきた『剣むす』である。

 どこかシックなドレス姿で、赤い髪をドリル状のツインテールにしていた。


「だめ。今日は早く帰らないと……」

「えー、つまんない」


 伊央が『刀剣娘カルニヴァル』に出会ったのは、本当に偶然だった。

 あまりゲームなどをしない伊央であったが、勉強中にスマホを弄っていた時に出くわし、登録したら選ばれた、という経緯だった。

 最初、突如現れたフレイムタンと名乗る少女に戸惑ったものの、数日ほどで気の合う友人となっていた。

 『刀剣戦争』というものに参加して戦わなければいけない、と言われたものの、所詮ゲームの話だろうと高をくくっていたというのもある。

 だから――伊央は近付いてくる男を怪しいと思う事はなかった。


「なあ、そこの彼女、ちょっといい?」

「え?」


 突然話し掛けられ振り返ると、軽薄そうな男性がそこに立っていた。

 一瞬ナンパだろうか、と身構える。

 しかし男性はスマホを取り出し、にやりと笑みを浮かべた。


「これよこれ。あんたも剣将なんだろ? だったらやろうぜ」

「あ、ゲームの事ですか? すみません、わたしまだ慣れてなくて……」

「ゲーム、ね。もしかして君、まだやった事ない?」


 だとしたら当たりを引いたかな、と男はうそぶく。

 嫌な予感がした伊央は走って逃げようとするが、彼女の行く手を男が阻む。


「まあ、こんな往来で堂々と『剣むす』を出してるんだ。よほどの実力者じゃなければ、とんだ大マヌケって事だよなぁ! やれ、エストック!」


 男の言葉に、虚空から『剣むす』が現れる。

 細見の小剣を正面に構えた『剣むす』は、出るやいなや、突如として伊央に切りかかる。

 神速の突きに普通の女子高生の伊央が対応出来るはずもない。

 気付く間もなく串刺しにされる――はずだった。


「ざけんじゃないわよ!」


 切っ先が伊央に届く寸前で、フレイムタンの剣が小剣を止める。

 刃が触れ合い、焔が飛び散る。


「ちっ、一撃で終わらせたかったが……」

「……海藤殿。あれは『フレイムタン』です」


 小剣の『剣むす』が落ち着いた口調で告げる。

 黒髪のおかっぱ姿。瞳の色は竜胆を思わせる紫色。


「フレイムタン、ね。レアリティは?」

「確かスーパーレアかと。魔法剣前衛型。それなりの相手です」

「なるほど、トーシロが使っても厄介って訳か」


 突如の事に混乱している伊央をよそに、会話が続けられていた。

 思わず腰を抜かしていた伊央を守るように、フレイムタンが前に立つ。


「伊央、相手は『エストック』よ」

「え?」

「細見の剣で、刺突の為に作られてる。打ち合いなら負けないけど、あの突きは面倒よ」

「ど、どういう事?」

「つまり――戦わなきゃ負けるって事!」


 フレイムタンが大上段から刃を振り下ろす。

 剣を振るう度に、刃先から炎が巻き起こる。


「なるほど、魔法剣と名乗るだけはあるか。火の魔剣って訳か」


 エストックは軽やかなステップで距離を取ると、再び切っ先を正面に構える。

 対するフレイムタンは、小さな体に似合わぬ巨大な剣を下段で構えた。


「に、逃げようよフレイムタン! なんでこんな……」

「逃げたって無駄だよ。これが『刀剣戦争』なんだから」


 そう言われてようやく伊央は気付いた。

 自分がとんでもない事に足を踏み入れているのだと。

 けらけらと男が笑う。


「なぁに、負けたって死にはしないさ。ただ忘れるだけだ」

「痛い事も、苦しい事も何もかも……忘れるだけ」


 エストックが飛び、真っ直ぐに突き進む。

 再びの突きの嵐を、フレイムタンは何とか捌いていく。

 しかし全てを防ぎ切る事は出来ず、フレイムタンのドレスが少しずつ切り裂かれていく。

 白い肌に赤い筋が浮かぶ。


「『剣むす』と剣将は一心同体。戦う意思を持たない将の下では、お前も力を出せまい」


 エストックが淡々と告げる。


「伊央は……戦いたくないって言った。あたしはその意思を守る」

「ふん……愚かな将に選ばれた己の不運を嘆くがいい――海藤様」

「ああ。スキル発動、【貫通増大】」


 海藤と呼ばれた男がスマホを操作し、スキルを使う。

 【貫通増大】は『剣むす』の刺突力がアップする能力向上タイプのスキルだ。

 エストックとは非常に相性の良いスキルでもある。


「はっ!」


 威力の上がった突きを繰り出す。

 フレイムタンは受けようとするが、切っ先はフレイムタンの右足を貫く。


「くうっ!」

「フレイムタンっ!」


 伊央の叫びは空しく響く。

 もはや逃げる事も出来ないフレイムタンを、エストックは見下ろす。


「終わりです――」


 死を告げる刃がフレイムタンを狙う。

 だが――


「ダメ!」


 フレイムタンを庇うように、伊央が飛び出した。

 それにより、エストックの刃先はフレイムタンを逸れ、伊央の右肩を刺し貫いた。

 鮮血が辺りに舞う。


「伊央!」

「愚かな将です。まさか『剣むす』を守る為に身代わりになるとは……」


 剣を抜き、エストックは刀身の血を拭う。


「それでは望み通り、剣将から刺し殺してあげましょう」


 再び刃を構える。

 伊央の意識は痛みで朦朧としており、逃げる気力もない。

 フレイムタンも足をやられて動けない。

 その時だった。


「何をしている!」


 男性の声が響いた。

 視線だけをそちらに向けると、警官が一人、そこに立っていた。他にも野次馬のような人だかりもある。

 このような往来で戦っていれば、騒ぎになるのも当たり前であった。

 助かった、と伊央は安堵したが、しかしエストックたちの行動は違っていた。


「面倒だな……やれ」

「はい」


 海藤の言葉に答えるようにエストックは警官へと一直線で飛ぶ。

 あまりの速度に、警官たちは何が起きたのか理解出来なかっただろう。

 エストックの刃が、警官の心臓を一刺しで貫いた事を。


「きゃあああああああああ!」


 野次馬の一人が叫び、周囲に響き渡る。

 逃げ惑う人間を、エストックは極めて冷静に刺し殺していく。

 その場が血の海になるのに、さほど時間はかからなかった。


「なんで……どうして……」

「別に構わないだろ。どうせすぐに生き返るんだし」

「え?」


 聞き返す伊央に、海藤は答えた。


「何も知らないんだな。戦いが終われば『刀剣戦争』で壊れた何もかもが元通りになる。それは人間の命だって同じなのさ。あいつらは時間が経てば、全部忘れて生き返る」


 そんな事、ありえるのだろうか。

 しかし現実に信じられない出来事が目の前で起きているのだ。

 伊央は体に力を入れて立ち上がる。ずきりと刺された肩が痛む。


「フレイムタン!」


 赤髪の『剣むす』を呼び戻し、伊央は駆け出す。

 逃げなければ、という意識だけが先行し、伊央の体を突き動かす。


「逃げても無駄だって分かってないみたいだな。まあ好きにすりゃいいさ」


 背後から男の声が聞こえてくるが、伊央はただ走る。

 路地を抜け、大通りを走り抜けていく。

 体から血を流した少女が走っている光景に、多くの人が驚き、声をかけてくるが伊央はそれを無視する。

 もし関わってしまえば、先ほどのように殺されてしまうかもしれない。たとえ生き返ると言われても、そんな事は許されない事だ。

 だから伊央はすべてを振り払って逃げる。

 曲がり角を曲がった時、ドンと衝撃が走る。誰かにぶつかったようだ。


「おっと、悪い」

「こ、こちらこそ……」

「あれ、江村?」


 伊央が顔を上げると、若い男性の顔があった。

 なんとなく見覚えのある顔だったが、今の伊央は意識が朦朧としていて考えられない。


「どうしたんだ……って怪我してるのか?」

「ご、ごめんなさい。急いでるんで」

「あ、おい!」


 声を振り切り、伊央は走り出す。 

 走る度に痛みが走り、意識が揺れる。

 いつの間にか、周囲の景色は街から少し離れた公園に変わっていた。


「鬼ごっこはもう終わりか?」


 背後から声をかけられる。振り返ると海藤と『剣むす』エストックの姿があった。


「死んでも生き返るってのは便利だよなぁ。色々と遊んでもバレないんだからな。殺す前に色々と楽しませてもらうさ」


 再び対峙する。伊央の息は上がり、これ以上は走れない。

 フレイムタンが正面に現れ、伊央を守るように大剣を構える。


「そんな満身創痍で何が出来る?」

「たとえあたしがどうなったって、伊央を守る」


 ただ真っ直ぐにフレイムタンは睨み返す。


「なら、楽にしてやろう。エストック、やれ!」


 エストックの慈悲無き刃がフレイムタン目がけて突き放たれた。

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