違反
先に動いたのはバルムンクだった。
剣を抜き、千人切に向かっていく。
対する千人切はゆらりとした動きで構えた。
剣と刀。
剣戟の音が響く。
「あは、あはは! さすがさすがさすがぁ! 伝説の名剣、私では受けきれないわね」
舞うように千人切が後ろに飛びのく。
一瞬の剣閃であったが、素人目にもバルムンクの方が上に見えた。
しかし千人切は余裕の表情を浮かべていた。
何をするつもりだ?
「横山様、参りましょうか」
「ああ、目のもの見せてやれ。スキル【幻鏡】」
言葉に反応し、千人切の姿が揺らめいた。
そして、ぼやけた輪郭は、あろう事か、ゆっくりと分裂をし始めたのだった。
一人、二人、三人……。
幾重にも分かれた千人切の姿がそこにあった。
「我が能力は『幻』。あなたに私が捉えられるかしら、猪騎士さん?」
「ふん、数が増えただけなら、すべて叩き斬るまでだ」
そう告げると、バルムンクが駆ける。
横薙ぎに刃を振るい、千人切を斬り捨てる。
しかし霧が散るかのように、千人切の姿が掻き消える。幻だ。
「では残念賞を。スキル【幻光刃】」
千人切の言葉に、横山がスキルを使用する。
周囲から光の刃が現れ、一斉にバルムンクに襲い掛かる。
「バルムンクッ!」
「安心しろ、我が主。この程度では私は折れぬ」
全方位から襲い来る刃を、バルムンクはしかし一閃で振り払った。
「お見事。どんどん行くわよ」
「お前のスキルが尽きるのが先か、我が刃がお前を貫くのが先か」
「あはは、ぞくぞくするわね」
バルムンクは走り、ふわふわと浮かぶ千人切の幻を斬っていく。
笑い声だけが木霊する。
幻影を斬る度に、手痛い反撃が千人切から放たれる。
バルムンクはそれを、避けずに受けきる。
「さぁさぁさぁ! 口だけなのかしら、ドイツの名剣様は!」
分身が口々にバルムンクを罵倒する。
バルムンクの刃は幻影を斬るだけで、本体には届かない。
「スキル【幻光刃】!」
幾度目かの相手のスキルを浴び、とうとうバルムンクは膝をつく。
まだ千人切の幻影は、少なく見ても十以上はいる。
こんなの無茶だ。
「バルムンク!」
「威勢のいい言葉の割に、もうおしまいかしらね。所詮は苔生した骨董に過ぎないのだわ」
千人切が笑みを浮かべ、バルムンクを見下ろす。
しかし――バルムンクは鼻で笑って見せる。
「まだ勝利していないのに、よくぞそれだけ吼えれるものだ。感心するよ」
「負け惜しみはそれくらいにしておきなさい。いくらあなたが優れた剣であったとしても、スキルも使えない木端では、勝負にならない。そんな事は『剣むす』であるあなたもよく知っているでしょう?」
「無論だ。無論だとも。だが、勝てないからと言って退く訳にもいくまい」
そう言ってバルムンクは立ち上がり、剣を構えた。
その姿は、まるで絵画のように美しく見えた。
「何故、勝ち目のない戦いを続けるのかしら?」
「お前たちは我が主を貶めた。戦う理由は十分だ」
「……なるほど、その覚悟やよし。遊びは終わりにしましょう」
そう言って千人切は手にした刀を大上段に構える。
無数の幻影が、バルムンクを囲むように揺れる。
どれが本物か、どれが偽物か。
俺にも、そしてバルムンクにも分からない。
けれど、次の一撃を避けないとバルムンクがやばいってのは、俺にも分かる。
「バルムンク! 逃げろ!」
俺の叫び声に、バルムンクは笑った。
幾千の刃に囲まれても、彼女はまだ戦いを捨ててはいない。
だったら――俺にも何か出来る事があるはずだ。
すぐさまスマホを取り出し、画面を操作する。
『スキル』の項目をタップすると、一つのスキル名が表示されていた。
いつの間に覚えたんだろう、と思ったが、そのスキル名に見覚えがある。
「バルムンク! 【大炎龍】だ!」
「承知した!」
スキルを使用すると、バルムンクの銀色の剣の先から、焔が生まれた。
炎は竜の形を作ると、周囲に吹き荒れ、千人切の幻をすべて吹き飛ばしていく。
熱波が離れた俺の頬にも届く。
「なっ!? スキルを持っていただと? しかもレアスキルじゃねぇか! てめえ、騙しやがったのか!」
横山が俺に向かって怒りをぶつけてくる。
「さっきお前が言ってただろ、スキルは倒しても奪えるって。これは昨日、戦って手に入れたもんだよ」
「ちっ、始めたばっかの素人かと思ったが……。千人切! 遊びは終わりだ、ケリをつけろ!」
「分かりました」
千人切の姿が再び薄く消える。
そして、その姿が先ほどとは比べものにならない数に分裂していく。
十や二十どころではない。百を超える数の分身を作り出していた。
「【刀幻鏡・狂い裂き】――――私の最高の固有スキルです。全SPを使い、鏡像を作り出す。しかし幻とはいえ実体を持つこの夢幻の煌めき、かわせるかしら?」
「かわす? 不要だ」
バルムンクや切っ先を構えると、不敵に笑う。
相変わらずこういう笑いが似合うほど、彼女は様になっていた。
「すべて打ち砕くだけだ」
彼女の言葉を合図に、俺は再びスキル【大炎龍】を使用する。
炎の龍が月々と鏡像を砕き、融かしていく。
バルムンクは踊るように竜を操る。
「まだよ、まだまだァ!」
千人切が一斉にバルムンクへと斬り掛かる。
前後左右、あらゆる方向からの攻撃。
だが――バルムンクは動じない。
「愚かな。名のある一振りであるならば、この私に直接刃を向ける意味が分かるはずだ」
無数の斬撃を、バルムンクは自らの剣の一本で受け止める。
それはまさに神業にも近い技量だ。
振り払い、返す刃を以て彼女は鏡像たちを破壊していく。
目にも止まらぬ斬撃の雨によって、千人切の数が見る見るうちに減っていく。
そして――
「お前で最後のようだな」
「…………」
バルムンクは長剣の切っ先を千人切へと向ける。
勝負あった、か。
嘆息したのも束の間だった。
突然、戦いを眺めていた横川が俺の方へと走ってきた。
「うわっ!」
横川は俺を抱えるように後ろから拘束すると、首筋に何かを当ててきた。
ヒヤリと冷たい金属の感触。
見えなくても、それがきっとナイフの類であるのが想像出来た。
「そこの女! こいつがどうなってもいいのか! 剣を捨てやがれ!」
「横川様ッ! いけません!」
俺を人質に取った横川がバルムンクに告げると、それを制止するように千人切も声を上げる。
「『刀剣戦争』は『剣むす』同士の戦いです。剣将が手を出すのはいけないのです!」
「うるせぇ! 元はと言えばてめえが簡単に負けてるからだろうが! こいつを殺せば俺の勝ちなんだろ!」
「剣将同士が争う事は規約によって禁じられています!」
「規約? んなもん誰が守るかよ! 勝てばいいんだろ、勝てばよ!」
「――規約違反を確認いたしました。これより排除いたします」
横川が叫んだ瞬間だった。
突然その場に声が鳴り響いたと思ったら、俺の首に当てられていたナイフの感触が消える。
同時に、俺を掴んでいた力が弱まり、その隙に転がるように逃げ出した。
振り返ると、横川が目を見開いて苦しんでいた。
「あ、が……なん、だよ、これ……」
「規約違反者をBANしました。運営からは以上です」
いつの間にか、一人の少女がそこに立っていた。
黒い衣服に身を包んだ少女は、虚ろな目でそう告げる。
運営?
「横川様……申し訳、ございません」
苦しみ倒れた横川の下へと千人切は走り寄る。
千人切の体が薄く透けている。
「……『刀剣戦争』の規約には剣将同士の戦いを禁じている。あくまでこれは『剣むす』の戦いであると」
「つまり、横川は俺を狙ったから?」
「そうだ。彼はBANされ、戦いに敗北した。愚かな事だ」
寄り添ったまま、千人切の姿は、まるで幻であったかのように消えてしまった。
後には、死んだように眠る横川だけが残っていた。
「まさか、本当に死んでないよな」
「安心していい。彼は気を失っているだけだ。『刀剣戦争』の記憶をすべて失ってな」
「そうか……」
以前にも見たが、ようやく理解が追い付いてきた。
それと同時にいろんな疑問が噴き出てきた。
いつの間にか、運営と名乗った黒服の少女は消えていた。
「……我が主よ、我らの勝ちだ」
「そっか……」
腑に落ちない思いだけが、俺の中に残った。
千人切
レアリティ:スーパーレア
クラス:妖刀幻惑型
属性:『幻』
ATK:642
DEF:499
SPD:728
-特徴-
藍色の和服に身を包んだ『剣むす』。
その由来は徳川お抱えの山田浅右衛門家に伝わる妖刀である。
接近戦はあまり得意ではないものの、幻術系のスキルを得意とし、相手を罠にはめて戦う事を信条とする。
特に固有スキル【刀幻鏡・狂い裂き】は自身の分身を複数出現させ、圧倒的な数でもって相手を制圧する強力な技である。