二戦目
「は? ゲームの中から美少女が飛び出してきた?」
翌日。
学校で授業を終えた俺は、放課後に後輩である久住瑠奈の所へ向かった。
俺に『剣ヴァル』をやれと勧めた張本人だから、何か知ってると思ったんだが。
「いや、美少女というか美女かな。美少女っていう年じゃない気もする。女の年はよく分からんけど」
「どっちも同じです。どっちも等しく、頭がおかしいという意味では」
そう言って久住は、可哀そうな人を見る目をした。
「俺だって信じられねぇよ。でも事実なんだ」
「童貞をこじらせすぎて、とうとう変な夢を見ちゃったんですね、分かります」
「うるせぇ」
久住は一学年下で、比較的こういったゲーム関係に詳しい。
容姿も整っており小さくて可愛いともっぱらの評判だ。
中学からの付き合いではあるので、今更そんな目では見れないが、客観的に見れば確かに美少女の部類だろう。
「ほら、こいつだよ」
俺はスマホを取り出し、『刀剣娘カルニヴァル』を起動する。
画面の中には、デフォルメされて2頭身くらいになったバルムンクが素振りをしていた。
きちんと訓練メニューをこなしてるらしい。
「あら可愛い」
「こいつが昨日出てきて、他の『剣むす』と戦ったんだよ」
「……先輩の家って今、親御さんいなかったですよね?」
「ああ」
「やっぱりあれですか? 親の愛情に飢えてると妄想の世界に逃げ込んじゃうんですか?」
「ちげーよ。その可哀そうな目で見るのはやめろ」
ちゃんと親の愛情を受けてるわ、多分。
「それとも、今までゲームとかアニメに耐性のない人が、突然こういうカルチャーに触れて脳のキャパを超えちゃったんですかね」
「俺は未開人か」
「そう言いたくもなりますよ。いきなり真顔で、美少女が飛び出してきた、なんて言われたら」
「そうか? いやそうだな。その通りだ」
昨日から色々あったけど、よくよく考えると俺の方がおかしい。
「本当に出てくるなら、今出してくださいよ」
「それがさっきから色々と触ってみたが、どうやって出てくるか、よく分からん」
そう答えると、久住がわざとらしく溜息をついた。
「先輩、それ、夢ってやつです。Dreamです。どれだけ世の童貞が夢見ても二次元の住人は三次元にはならないんです」
「童貞言うな」
これ以上は本当におかしい人扱いされそうなので、俺は諦めた。
しかし久住は俺のスマホを手に、何やらいじっていた。
「凄いじゃないですか、しょっぱなからレアキャラじゃないですかこれ」
そう言って彼女はバルムンクの画面を見せてくる。
「そうなのか?」
「このゲームは色々な剣や刀が出てくるんですが、こういう神話とかに出てくる剣はレア枠みたいですよ」
そういや昨日戦ったシャムシールとかは、固有名というより剣の名前だったな。
「じゃあ強いのかな」
「この手のゲームって、レアであればあるだけ強いんですよ。育て方でも多少は変わりますけど。ほら、ここのURって書いてるでしょ」
「ほんとだ。どういう意味だ?」
「多分、ウルトラレアじゃないですか」
「うるとられあ……」
「レアにも色々種類がありまして、ウルトラレアが一番上ってのが多いですね」
久住はこの手のジャンルに詳しい。
男から人気があるのも、こういう会話が出来るからだろう。
「それにバルムンクって有名ですしね」
「なんかどっかの英雄の持ってる剣なんだっけ」
「ドイツの英雄叙事詩の主人公、ジークフリードの持つ名剣ですね。ジークフリードと言えば竜退治が有名です」
「竜退治ねぇ」
そんな凄いヤツには見えなかったんだが。
人は見かけによらない、という事なのだろうか。
久住と別れ、校舎の玄関口に向かう。
下駄箱で靴を履きかえようとした時だった。
「よう」
声を掛けられ振り返ると、一人の男子生徒が立っていた。
どこかで見たような気もする。
「えっと……」
「横山だ」
「ああ、2組の」
言われて思い出す。同じ学年の横山だ。下の名前は分からないが。
クラスも違うし、話した事もない相手だったが、顔だけは知っていた。
「何か用か?」
「ちょっと話があるんだ」
少しにやけた顔で、横山が俺に告げる。
「……ここじゃあれだな。人がいない所で話したい」
「分かった」
特に断る理由もなかったので、俺は横山の後を追った。
玄関を出て少し歩き、校舎裏で足を止めた。
ここは表から見えない四角になっており、人気もない。
「話ってなんだ?」
「……お前、剣将だろ?」
突然の言葉に、俺は一瞬言葉を失う。
その一瞬の変化を、横山はしかし見逃さなかった。
「やっぱりな」
「何で?」
「何で分かったか? お前が久住と話してるのが聞こえたんだよ」
「…………」
迂闊だった。
ニヤニヤと笑みを浮かべて横山が続ける。
「別にここでどうこうしようなんて考えてないさ。俺も仲間が欲しいと思ってたとこなんだよ」
「仲間?」
「知らないのか? 剣将同士が『同盟』を組む事で、仲間を増やせるんだ」
ちゃんとチュートリアル見たのか、と横山が怪訝な表情を見せる。
正直、途中で読むのをやめてしまった。
「つまりその同盟を組めば、戦う必要はなくなるって事か?」
「そういう訳だ。だが信用出来ない相手とは同盟は組めないからな。お前なら信用出来ると思ったんだ」
同盟か。
出会った相手とは全員戦わないといけないと思っていた手前、そういうシステムがあるのは助かる。
「ありがとう。同盟を組もうぜ」
「そうだな」
スマホを取り出し、メニュー画面を見ていく。
確かに『同盟』というコマンドがあった。
これを使えば、仲間を増やせる訳だな。
「ただ同盟を組む前に条件がある」
横川がもったいつけるように言う。
「スキルを俺に渡せ」
「は?」
「持ってるだろ。スキルは譲渡が出来るんだ。とりあえず俺の方に渡せよ」
そう言ってスマホの画面を見せてくる。
確かにスキルの譲渡という項目があった。
「いや、俺持ってねぇよ」
「は? んな訳あるかよ。訓練してるだけでも一つ二つ手に入るだろ」
「本当だって。昨日から始めたばっかなんだし」
俺の言葉に、横川の表情が変わる。
先ほどとは違う、下卑た笑み。
「なんだ初心者かよ、ついてるな俺は」
「え?」
「じゃあスキルはいいや。代わりに――」
そう言って横川は、スマホを掲げた。
「てめえの経験値、いただくぜ! やれ、千人切!」
刹那、光が生まれ、人の形を作る。
着物姿の少女が刀を手に、突然躍り掛かる。
彼女の刀が眼前に迫った時、俺の前に影が現れた。
「危ないではないか、我が主よ」
「バルムンク!」
すんでのところでバルムンクが実体化し、俺を助けてくれたようだ。
剣と刀。二人の鍔迫り合い。
先に退いたのは和服の少女――千人切の方だった。
「あは、あはは、良い『剣むす』じゃない」
千人切と呼ばれた『剣むす』は、妖艶な笑みを浮かべ、こちらを見据える。
どこか虚ろな瞳だった。
「千人切とはこれまた厄介な相手だ」
「知ってるのか?」
「将軍家に仕えた山田浅右衛門家に伝わる妖刀だ。彼らの役目は天下泰平の世にあって、試し切りを行うというものであったと言う」
「ドイツ生まれのくせによく知ってんな」
同じ刀剣同士、そういうのは知っているのかもしれない。
千人切が妖しく嗤う。
「まさか西洋騎士に知っててもらえてるなんて、光栄だわぁ」
「気を付けろよ我が主よ」
そう言ってバルムンクは視線をこちらに向ける。
「相手は妖刀幻惑型の『剣むす』だ。厄介なスキルを使うタイプだ」
「勝てるのか?」
「私を誰だと思っている?」
彼女はそう述べると不敵な笑みを浮かべる。
どきりとする美しい横顔。
銀色の髪が煌めいた。
「貴方が選んだ剣だ」
レアリティについて
ウルトラレア > スーパーレア > レア > ノーマル
中にはウルトラレア以上の希少価値のある剣むすも存在する