説明
「つまり、このソシャゲーである『刀剣娘カルニヴァル』の中から、君が出てきたんだな?」
戦いを終えて自室に戻ってきた俺は、目の前の銀髪の美女――バルムンクに尋ねた。
彼女はベッドに腰掛けて、頷いた。
「ああその通りだ。我が主が私を選んだ。覚えているだろう」
「選んだって、俺がやってたのはゲームなんだけどな」
そう言ってスマホの『刀剣娘カルニヴァル』のアプリを起動する。
画面が現れ、『剣むす』の管理画面が出てきた。
今、俺が所有している『剣むす』は一人、バルムンクだけのようだ。
「なんでゲームの世界の話が、現実に出てきてるんだよ」
「それは私に言われても困るな。そういうものだと理解してもらわないと」
「そう言われても……」
とりあえず、落ち着いて整理しよう。
「まず、『刀剣戦争』ってなんなんだ? 知らない間に参加してるみたいな事言われたけど」
「我々『剣むす』を扱い、剣将が戦争を勝ち抜き、最強の称号を目指す。それが『刀剣戦争』」
「剣将?」
「『剣むす』の所有者。つまり、我が主のような存在だな。先ほどのケイタという男もそうだ」
プレイヤーの事だろう。
そういえば『剣ヴァル』の説明画面にも、そんな事が書いてあった気がする。
「その『刀剣戦争』に勝てばどうなるの?」
「すべての富と名誉を与えられ、剣の王を名乗る事が出来ると言われている」
「富と名誉ねぇ」
眉唾ものだけど、それを言い出したらキリがない。
「私の役目は、我が主を剣の王にする事。それだけだ」
「さっきから気になってたんだけど、その"我が主"って俺の事、だよね」
「そうだ」
「その、なんか恥ずかしいから他の呼び方ないの?」
「我が主は我が主だろう?」
何をいまさら、という顔をするバルムンク。どうやら折れる気はないらしい。
「まあいいや、そんなのはどうでも。大事なのは、さっき襲ってきた連中の事なんだけど」
そう言って俺は、視線を窓に向ける。
先ほどのシャムシールと名乗った『剣むす』が壊した窓。
しかし今は以前と変わらない形で、窓もガラスも元通りになっていた。
なんか気持ち、前よりキレイなガラスになっている気もする。
「これ、さっき壊れたはずだよね」
「『刀剣戦争』での被害は、戦いが終われば自動的に修復される」
「なるほど。何から突っ込めばいいか、よく分からない事が分かった」
ゲームから出てきて剣を振り回したり、炎をまき散らしたりする連中がいる以上、窓が修理してあるくらいで驚く事はない。
「先ほど戦ったのはシャムシールという銘の『剣むす』だ。中東の曲刀の精だな」
「それって彼女が持ってた剣の事? それとも、彼女自身がシャムシールなの?」
「そのどちらもだ。我々『剣むす』は、剣の精であり、己の分身を使って戦う。私の剣もまた、バルムンクだ」
「ふーん」
ややこしい話だ。
「そういえば、向こうが君の事知ってたみたいだけど、バルムンクって有名人なの?」
「むしろ有名刃といったところかな……」
「…………」
どうやら糞つまんないギャグを言ったらしいけど、俺にはよく分からなかった。
軽く咳払いをした後、彼女は話し出す。
「我が身は古ドイツの英雄ジークフリートが持つ名剣だ。故にシャムシール如き鈍刀では相手にならん」
「へぇ、凄いんだな」
「もっと褒めても良いんだぞ、我が主よ」
少しおだてるとすぐに調子に乗る。
「まあバルムンクが有名かどうかはさておき、今後もあんな戦いに巻き込まれる事になるのか」
「それは違う。巻き込まれるのではなく、こちらから仕掛けるのだ」
「どうやって?」
「近くに『剣むす』がいれば分かる。先に仕掛けられれば有利に立ち回れる」
「正直、戦いたくないんだけどな」
辞退する事は出来ないのだろうか。
「我が主がそう思っていても、相手もそうだとは限らないさ。言っておくがこの刀剣戦争は我々『剣むす』の戦いではなく、剣将同士の戦いだ」
「どういう事?」
「つまり――相手が狙うのは私ではなく我が主、貴方という事だ」
本体を倒してしまえば、その時点でゲーム終了らしい。
無茶苦茶なルールだった。
「だが安心していい。私の目の黒いうちは、どんな相手からも我が主を守ってみせよう」
「……ありがと」
お前の目、青いけどな。
「それに戦いになれば我が主のサポートも重要だ。共に戦おうではないか」
「サポート?」
「先ほどの剣将も使っていたように、『剣むす』のスキルを使うのは剣将の判断だ」
そういえばスキルとか言って、炎を使ってたな、さっきの連中。
あれは『剣むす』の能力でもあるが、スキルの効力だという。
「それについて詳しくはゲーム内チュートリアルを見てほしい」
「いきなり現実に戻る単語だなおい」
「私は口下手だから説明しにくい。すまない我が主よ」
ペラペラと喋るわりに口下手とはこれいかに。
仕方なくスマホアプリの説明を眺めていく。
簡単に言ってしまえば、『剣むす』にスキルカードを装備させ、戦闘での使用タイミングは剣将が担うらしい。
スキルにはいくつかの種類があり、先ほどのように戦闘中に発動するスキルを『戦闘スキル』と呼ぶ。
他にも、常時発動する『自動スキル』や、味方のサポートにも使う『補助スキル』など。
「このスキルってのはどうすれば手に入るんだ?」
「戦闘に勝利したり、訓練メニューで手に入れたり出来るはずだ」
「訓練メニュー?」
また妙な単語が出てきた。
再び調べると、どうやら『剣むす』は訓練を行う事で能力の底上げが出来るらしい。
要はレベル上げって訳か。
訓練メニューはいくつかあり、適当に設定しておくだけで、『剣むす』が勝手に行うのだとか。
「へぇ、じゃあ何か設定してみるか」
「私は騎士前衛型だから、訓練メニューではその方面の能力を伸ばしてほしい」
「騎士前衛型?」
「我々『剣むす』はそれぞれ刀剣毎に特徴というか個性がある。私のような騎士前衛型は攻守のバランスに優れ、敵と真正面から斬り合うタイプだ」
「ふーん、まあそんな感じだな」
「先ほどのシャムシールなどは戦士遊撃型。騎士前衛型に比べると機動力に優れている」
トリックスターというやつだな、とバルムンクは付け加えた。
「能力を伸ばす際は苦手分野を伸ばすのも良いが、長所を伸ばした方が使いやすくなるだろう」
「その辺はゲームちっくなんだな」
よく知らないけどさ。
「まあいいや。この『素振り』って訓練でいいのか?」
「素振りは全体的にバランス良く能力が伸びる。最初はそれで構わない」
スマホを操作し、バルムンクの訓練メニューを素振りに設定する。
後は自動的にするらしいが……どこでやるつもりなんだ?
「そういえばバルムンクはどこに住むつもりなんだ? まさかこの家に……」
いくら両親が出張中とはいえ、変なコスプレした銀髪美人にうろつかれたら、ご近所さんからどんな噂を立てられるか。
しかしバルムンクは小さく笑う。
「私たちは普段はゲームアプリ内に存在している。なので実体化するのは戦闘時だな」
「あ、そうなんだ」
「しかし我が主が寂しいと言うなら、このバルムンク。普段から実体でいるのもやぶさかではない」
「結構です」
つれないな我が主、といじけてしまった。
しかしまあ、四六時中一緒にいる訳にもいかないし、姿を消せるならそれは良かった。
「アプリ内でも敵の『剣むす』が近付けば分かる。なるべく肌身離さず持ち歩くのだぞ我が主よ」
まあスマホくらいなら持ち歩けるか。
「他にもいろいろと大事な事はあるが、それは追々説明していけばいいだろう。大事なのは戦いはもう始まったという事だ」
「俺の中ではさほど大事ではないんだけどな」
「そしてもう一つ」
バルムンクは今までとは打って変わり真剣な目をする。
吸い込まれそうな瞳。
その眼差しに圧倒され、思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。
彼女は告げる。
「そろそろ見たいテレビが始まる時間だ。テレビを見ても良いだろうか?」
「…………は?」
「こう見えてもテレビっ子なんだ」
妙に現代慣れしてる名剣だった。